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鍼と陣痛〜出産編②

いざ入院

順調にこのまま進みそうだから、すぐに病院に入院の流れに。ミッドワイフの二人とは病院で落ちあうことに。
10分おきくらいにくる嫌なアタタに耐えながらDDの運転で病院へ。祝日だからか誰もいない。廊下を歩きながらもアタタに襲われてDDにぶら下がりながらよろよろ進む。一足先に到着していたステファニーはパリッと青のスクラブに身を包み、今までのカジュアルな雰囲気から医療従事者のモードに切り替わってる。

通された分娩室は広くて新しく、ソファーやバスタブもあって、なんなら簡素なホテルみたい。個室なのにも安心。
遅れてアマンダも合流、改めて生年月日とか住所とかの事務的な確認をされ、なにやらパソコンに入力してから、出産までの流れを説明される。
まずは4種類の体操で赤ちゃんをオプティマルポジションに誘導。それから陣痛促進第一弾、ブレストパンプでナチュラル陣痛促進剤、というかホルモン、オキシトシンの分泌を促進。さらにもうひと推しでオキシトシンの点滴。その間でいい感じに子宮口が開いたタイミングでエピドゥラル、ということみたい。

書類記入やハンコなんかの事務手続きは日本でもあったけど、少なくともわたしのお世話になった産院では流れ、本当にストラテジー的なものを共有してもらうことはなかったから面白かった。そういえば、日本ではバースプランとかいうのを書くことが勧められたことを思い出した。書くほうも見る方も形式的というか、特に書くこともなかったのを無理に捻り出したような感じだったし、実際のお産では全く無視されていたような気がする。導入された時は意義があってトレンドになったんだろうけど、いつの間にか形骸化して、それでも止めることは積極的にはしないという日本によくあるパターンの一つではないかなあ。ちなみにミッドワイフではどこで産むかは決めといて、と言われたけどバースプランなんてのは聞かなかった。

どこで産むか、というのは病院、バースセンター、自宅のどれにするかということ。
自宅だけは選択肢になくて、バースセンターか病院かの二択だった。バースセンターは出産のためだけに用意された特別なホテルのようなところで、実際見学には行かなかったけれど、きれいで高級感ある内装、そこにベッドやソファーはもちろん、水中分娩のための大きなジャグジーやら、家族の待機できるライブラリーやらカフェやら至れり尽くせりの夢の空間。ただ医師が常駐していないので、低リスクの妊婦のみを受け入れていて、エピドゥラルも不可。
エピドゥラルというのはいわゆる無痛分娩。せっかく無痛分娩が保険適応のカナダで出産するんだから、もうこれは無痛分娩一択でしょう!とわたしは病院を選択した。
それでもやっぱりこちらでも自然派、みたいな人たちはいて、自然分娩はエコでクール、みたいなのはあるよう。
日本で問答無用、強烈な痛みに耐えて2度出産を経験した身としては言ってら、という感じだった。

陣痛体操


アマンダの作戦会議を受けて、今のこのまだ耐えられる程度の痛みのうちにエピドゥラルを打ってくれるわけじゃないんか、けっこうやること多いな…と思ったけど、言われるままに立ち上がって体操のポジションに。

なんのための体操かというと、赤ちゃんを理想的な位置に誘導するためで、前回の検診のときパーフェクトポジション、と言われていた赤ちゃんがどうも反対側に移動しているらしい。具体的には赤ちゃんの頭が骨盤にはまった状態で、胴体は左側、手足が右側という位置からぐるりと回転しながら産道を通るのがスムーズな流れらしい。お腹を見ると、右側がこんもりと盛り上がっている。ありゃ〜、ずっと左が盛り上がって右の方でキックを感じていたのになんで今こっちになってんの。

指導者ステフ、当事者わたし、付き合いでD D、3人輪になって第一体操、腰を左右に突き上げる。
途中で陣痛がきたらベッドのヘリに縋りついてアタタと痛みを、やり逃す。
このときステフの指導でDDに骨盤を外側からギュッと押してもらうとだいぶ痛みが和らぐ。

続いて第二体操。DDに背後からお腹の下から掬うように体ごと持ち上げてもらう。これが結構痛くて途中陣痛がきてるのかよく分かんなかった。ようやく具体的な役割を与えられて張り切ってやってくれてるDDに、痛いからやめてくれ、とも言えず耐える。

ベッドに移動して第三体操。今度は仰向けに寝たまま腰を上げてブリッジの姿勢になり、それから腰を左右に振り上げる。赤ちゃんが左に寄ってきた、寄ってきた!と励まされて頑張るわたし。

最後の第四体操は左側を下に横向きに寝て足を開いて重力で赤ちゃんを移動させる模様。
しばらくやって、もう一度仰向けになって確認してもらうと、こんもり、つまり背骨の線が右から真ん中に移動してるって。
地味だけど効いてる〜!というか、こういうことをミッドワイフが2人がかりで付き添って指導、誘導、鼓舞してくれることにびっくり。
日本ではしばらくしたらまた様子見に来まーす、と言って分娩室に放置されてた。赤ちゃんの理想的なスタートポジションのことだって知らなかったし、やみくもに痛くてますます長く感じた。

オキシトシン、そしてツボ押し


陣痛体操もつつがなくこなしてネクストステップ、ブレストパンプ。赤ちゃんに母乳を吸われるとオキシトシンというホルモンが分泌される。しあわせホルモンとも呼ばれるオキシトシン、分泌されると子宮が収縮して産前の状態に戻るのを助ける役割を果たす。それに授乳をすると幸せな気分になるから赤ちゃんのお世話をますますしたくなる、という仕組みで、人間の体はつくづくよくできていると思う。

子宮が収縮することを逆手にとって陣痛を促進するために搾乳をするという。そこで産後いるものをリサーチしてるうちに気になってたメデュラの電気搾乳機登場!
ボトル付きの吸盤を両乳房にくっつけて電源をオンすると、シュコシュコと搾乳が始まって、まるで牛の乳搾り。
最初はなんだかな、と気恥ずかしい気持ちだったけど、もうなんでもありな気分になる。
しばらくすると少しずつ本当に黄色い母乳が出始める。そしてそれが目的なんだけど、確かにぎゅーっと子宮が締まる。
痛いよ、痛いよ。もっと痛いよ。

このあたりで陣痛は耐えられる程度ではなくなってきて、歯を食い縛り、まともに息もできない。
そういえばわたしは鍼灸師。ここらでツボ押しの威力を試さなければ…!
歯医者で麻酔にも使われるとかいう、痛みのがし兼子宮収縮作用のある代表的なツボ、合谷。これを痛みがやってくるタイミングで親指と人差し指の間にあるこのツボを力一杯押す。
お、確かにちょっといいかも…。でも期待していたように痛みがなくなる、というわけでは全くない。痛みが逃れる、というのが適切で、痛みの全体量は変わらないけど局所から分散するという感じか。
後悔したのがDDに三陰交のツボの場所を事前に教えてなかったこと。このツボも分娩促進の効果があるのだけど、足首にある。モニターに繋がれてるし起き上がるわけにはいかないので自分では手が届かない。ここも同時に刺激してればかなり痛みが分散されたと思う。

ツボ押しではなく鍼を試したかったけど遠慮したのは、次のステップがオキシトシンのインジェクションだったから。どこに点滴の針を刺すのかわからなかったので邪魔してもいけないので、鍼はその後か、と待っていた。でも本来痛み止め目的に鍼をする場合、痛みを感じないくらいから始めた方が効果はあるとか。

鍼と陣痛


痛みが本格的に耐え辛いものになってきて、エピドゥラル、忘れてるんじゃない、と思ったけどそうではないらしい。まだ子宮口が十分に開いてないらしく、予定通り次のステップ、人口オキシトシンの点滴に移ることに。
この時点で3時間は過ぎていたけど、左腕にバンドを巻かれ、浮き出た血管に点滴のための針を刺す手順に思いがけず時間を取ることになる。

みみずのような血管が腕中浮かび上がっているのに、どれも注射針を指すとなると不適格らしい。真っ直ぐ太い血管が理想的なのにどれもグネグネに縮こまっている。最初にステファニーが挑戦するもうまく行かなかったよう。ヘルプを求められたアマンダも違う血管で攻めてみるもやはり失敗。
「あなたの血管はすごく丈夫で針が刺さらないわ〜。健康な証拠ね!」とあくまで明るい。
看護師を呼んで来て、今度は右腕で試すもこっちの血管も同様にグネグネで素直に針が刺さらない。その間にも陣痛は襲い、ぐあ〜!と吠えている間、一旦休止して待機、終わったら再挑戦。時間は刻々と過ぎ、わたしの両腕に無数の絆創膏が貼られた。エピドゥラル…!心の中でわたしは悲鳴をあげていた。

本職の看護師も失敗し、いよいよ当直の医師が登場。グレーがかった明るい髪色のかっこいいおばさまで、頑張ってるわね!と朗らかに声をかけてくれてから、もう一度左腕にバンドを巻き直す。めぼしい血管はすでに失敗の絆創膏が貼ってある中で、残ったぼこぼこの血管に見事に針を刺し仰せ、一同喝采。それだけ済ませると、来たときと同じように朗らかにグッドラック!と言ってその女性医師は去って行った。さすがの貫禄でかっこいいよな…と思っているうちに、手際よく点滴に繋がれる。

アマンダや看護師さんは丈夫で健康な血管と言ってくれたけど、なんなのあの看護師泣かせのグネグネの血管は。瘀血っていうことに繋がるのかあ、とぼんやり考えていると、これまでにない、猛烈な痛みが襲ってきた。
もう耐えられずにぐああああああと吠える。あまりの痛みに胃液なのか唾なのか、液体が迫り上げてくる。おええ〜。

相変わらずミッドワイフたちはその調子!それでいいのよ!と明るく励ましてくれる中、いよいよ耐えきれなくなり、鍼を試すことにした。
ステフにやってもいいのか確認すると、これまで誰からも聞かれたことがないから分からないけど、ワイノット?ということでDDに用意してた鍼を出してもらう。
この時点で3時間は過ぎていた。合谷に深々とひと刺し。さあ、目覚めよわたしのツボ!

痛い、痛い、全然痛い。ツボ押しよりよりシャープに痛みとは別の刺激が与えられて、やはり痛みの抑制というよりは拡散か。それでもないよりは絶対いい。
陣痛が襲うたび、親指の途中に刺した鍼を猛烈な勢いで刺激する。これで子宮口も開いているのか?子宮の収縮を促進させながら痛みを抑えるというツボの意味が分からん、と今さら思う。

絶叫しながら執念深く鍼をグリグリしている妻を何もできずに見守るDDは、おそらく想像を超えていただろう出産の痛みの壮絶さに呆然としていた。それでも何か、と水を差し出していらんと却下されたり、吐き戻し用におけを準備しておいたのにタイミングが違ってたり、いつもの気の利かせ方が発揮できない。今まで一人でなんでも思い通りこなしてきた人間の、自然の驚異を前にした小ささよ(大げさ)。とにかくあんなにあわあわしている無力なDDを見るのは初めてだった。

つづく








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