見出し画像

84円切手を貼ったラブレター、とその続き

「凍てつくような寒さの雨の中で、精一杯の愛を込めて。」
三枚目の便箋の末尾をそう締めた。
ファミリーマートで買った84円切手を封筒に貼って、郵便ポストに投函する。

初めてとは言わない。人生何度目かのラブレターだった。
居ても立っても居られなかったので思いの丈を1500字書いたが、
もし、もし悪い返事が返ってきたなら、と考えると、書いた手紙をベランダから紙飛行機にして飛ばしてしまいたい衝動に駆られた。
まっすぐスーッと眼下の街中を飛んで、そのまま誰にも届かないといい。

ー「性的な関係を検討するようになったのはごく最近ですが、それ以前から友達や、浅い家族的な観点から愛していました。」
お返事は400字詰めの原稿用紙で、そこにはたしかにそう書いてあった。
びっくりした。そして何より、嬉しかった。

嬉しかった。インターネットが発達した現代において、手紙を送りつけるなんていう私の「悪趣味」に、なんの躊躇もなく打ち返してくれたことも、とても嬉しかった。
そうでした。何を恐れることがあったのでしょう。あなたは元々そういう人でした。私はそういうところが好きなのでした。きっと、あなたもこういう「遊び」を面白がってくれるということを分かっていたから、私もラブレターを書いたのでしょう。

◼️

私はカレー以上に、煮込むことで味の変わる食べ物を知らない。ぐつぐつと弱火で20分放置させることが肝心だ。クミンやターメリックが蜂蜜とヨーグルトと混ざり合って、びっくりするほどコクが出る。私は我慢強くないので煮込む間、空腹に耐えきれずにスナック菓子をつまみ食い。まぁそれも良しとしよう。でもこのカレーはどうか一緒に待ちましょう。
どれだけ煮込んでも形が残ったままの鶏肉があって、そこに、私たちがどれだけ溶け合っても交わらない部分を見つけましょう。あなたと私の相容れないところの、その輪郭を両手で触って確かめたい。私に少し似ているあなたの、私に全然似ていないところがわたし大好きなの。出来上がるまで一緒に待てるわね。出来上がったカレーを分かち合って食べましょう。

どうか、ずっと好きなままでいたいです。今までたくさん恋愛をしてきたけど、傷つけたり、傷つけられたりするのはもう勘弁なの。そういう安直で分かりやすい痛みや気持ち良さはもうお終い。私の傷跡と経験とを総動員して、あなたとのこの関係を守りたいのです。

私たちを定義づける名前はなんでもいいのです。それは、私たちの外側にいる人のためのものだから。ただ、私たちだけはお互いをきちんと分かっていたい。お互いのことを大事に思っていたい。心の中の特別な位置に、すっぽりハマってさえいればそれでいい。
いずれ私たちがキスやセックスをしなくなってもいいと思っています。セックスなんてまるでしなくなったねって笑う私たちもありありと想像できます。

(ただ、手を繋いだときの、あの、心臓をキュッと掴まれたような感覚だけは、なくなるとしたらさみしく感じます。指先を掴んでみては、手に思考が取られてどうしても話題に詰まってしまうあの瞬間は、ひどく愛おしい。)

ー「めいちゃんの良いところは、色んなことや人に興味を持って愛せるたぐいまれなる能力だと思います。自分はそれを制限したり束縛したくないです。」

そう、私はあなたから解放されるために、他の男の子とセックスをします。
私自身をあなたに縛り付けてはあなたをひどく苦しめないために、他の男の子とセックスをします。このままじゃあ、どこまでもあなたに持たれかかって、際限なくあなたを傷つけそうなの、私。どうしようもないほど私は依存体質だから、せめて依存先をたくさんにすることで乗り切ろうとしています。これは私自身のことだから、あなたに問題をなすりつけたくない。

でもね、実際ね、苦しいですね。とっても、苦しいですね。どうして、相手が他の人と一緒にいることが、私たちの何かを脅かすと思うのでしょうか。どうして、どうして人を好きになるってこんなに怖いの。何が私を臆病にさせるの。不思議ね、こんなに……
「その女、私よりかわいい?」「その女の子はさ、私より面白いことを言えるの?」「どうして私じゃなくてその子なの?」どうして、どうして。

あなたの好きな人が増えるのは喜ばしいことで、私は、あなたの人生がよりよい方向に向かうことを、祝福したいです。心の底から。その喜ばしい出来事が、私を何も損なわせないということを実感していたい。ただそこにある愛を、子どものような素直さで信じていたい。

遠くにいてもあなたを感じます。海の街に流れこむ潮風のように、あなたの居場所を私の中に感じます。出来るだけおだやかに、じっくりと進めましょう。
大好きです。どこにいても、何をしていても、いつでもあなたのことを想っています。

2020年3月5日木曜日、午前3時19分。あなたではない男の子の家で、タバコをふかしながら。
荒井めい

相手の手紙の言葉を引用しているのは了承とってあります。上の写真は夜の東京の街を深夜徘徊したときの写真です。(ヘンテコなデートです)

めいちゃのツイッターフォローしてね!
https://twitter.com/farb_

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?