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特集:エストニア国防軍の再建と発展(Part 3)

エストニア独立回復から現在までの、エストニア国防軍の再建と発展について解説してきた当記事、今回は1994年のロシア軍完全撤退から1996年頃までのエストニアのNATOとの関係強化までの時期を追います。

1994年8月31日、最後のロシア軍部隊がバルト三国を去り、旧ソ連による半世紀にも及ぶ同地域の軍事支配は完全に終わりを告げました。しかし、ロシア系住民や領土問題を巡るエストニア・ロシア政府間の対立は依然として続いており、エストニアにとっての急務は大国を含む集団安全保障の枠組みに加盟する事でした。

かつては対ソ連を目的とし、1994年当時は欧州地域における包括的な安全保障機構への転換を目指しつつあったNATO(北大西洋条約機構)への加盟を目指すエストニアでしたが、ドイツによる加盟反対により早期加盟の道は閉ざされ、

同じ北欧地域の非同盟主義国家であるフィンランドとスウェーデンとの集団安全保障の模索も、両国による軍事同盟案の拒絶によって頓挫してしまいます。(ただし、フィンランドとスウェーデン両国はエストニアに対する”ソフトな安全保障協力”には同意し、将兵の教育などで協力関係は続きました)

1994年、エストニア議会では平時国防法と戦時国防法の二種類の法律が可決され、国防軍や民兵部隊の平時と戦時における役割が可視化、またこれら法律によってエストニア大統領には軍の指揮権が無い事が確定しました。大統領に与えられた軍関係の権利は、軍最高指揮官の任免について議会へ申請出来る権利のみとなりました(有事の際には議会承認を得ずに最高指揮官を任命可)。また、前年の1993年に制定された新エストニア憲法では、現役軍人は政党の会員や代議士になってはならないとされ、1993-94年にかけて、エストニアではNATO加盟の下地ともいえる「軍の民主化」(シビリアンコントロールの徹底)が図られます。

そして、旧ソ連駐留軍のエストニア完全撤退の数ヵ月前にあたる1994年2月3日、エストニアはNATOの「平和のためのパートナーシップ」(Partnership for Peace, PfP)へ正式に参加します。これは、欧州地域における包括的な軍事機構へ転換しつつあったNATOが旧ソ連諸国との信頼関係醸成のために新設したプログラムで、ソ連支配下では全くといっていいほど行われてこなかった国防予算の透明化や軍の民主化などをNATOが支援するというものでした。

PfPに加盟し、その後のNATO加盟を目指すエストニアは1995年、紛争が続く旧ユーゴスラビアのクロアチアへ派遣されたNATO軍主導のIFOR(和平履行部隊)、その中のデンマーク軍部隊(※デンマークは当時すでにNATO加盟国)へ、国防軍から一個歩兵小隊を派遣します。「ジョイント・エンデヴァー」作戦(Operation Joint Endeavour)と呼ばれたIFORのクロアチアへの展開において、エストニア軍歩兵小隊は現地への派遣前に3ヵ月間、デンマークでの訓練を受け、現地ではデンマーク軍と密な連携を取り、NATO本部から高い評価を受けました。

2015年、クリスマスを迎えたエストニアの首都タリン。タリン(Tallinn)の名前の由来は「デンマーク人の街」(Taani linn)で、エストニアは1220年から1346年頃までデンマークの支配下にあった。

現在のデンマーク国旗のデザインも、タリンでの戦いの際に空から突然降って来た旗がモチーフだという言い伝えがある。

1996年、エストニアのアンドルス=ウーヴェル(Andrus Öövel)国防大臣(当時)は自身の論文の中で「エストニアの将来の国防を考える上で、EU(欧州連合)とNATO(北大西洋条約機構)の存在は不可分だ」と述べ、エストニアの経済成長には海外からの投資が必要でそのためには自由経済並びに国家の安全保障が重要である旨を強調しました。

NATO加盟に向けて、建前よりも実利を取るエストニア人らしい行動ではありましたが、全く問題が起き無かったわけではありません。

エストニアの初代大統領(1992-2001年)となったレンナルト=メリ(Lennart Meri)は新エストニア憲法の規定上、軍に対する指揮権を有さないはずでしたが常に軍を自分の指揮下に置きたがり、欧州諸国からは「軍部と大統領の政的分離が不十分」との批判を受け、また国防省と軍参謀本部は指揮権を巡る争いに巻き込まれて有事の機能不全が予測されました。

この指揮権を巡る問題は、2000年代のエストニア軍のアフガニスタン派遣まで尾を引く事となります。

(続く)

【出典】

Herd, G., P. & Moroney, J., D., P. (eds.). (2003). Security Dynamics in the Former Soviet Bloc. RoutledgeCurzon.

Luik, J. (2002) Democratic Control of the Estonian Defense Forces. Connections, Vol.1., pp.5-16.

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