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じさつとたましい39

「はい、じゃあ今日から看護助手さんとして入ってくれるすえむつさんです」

「す、すえむつです。よろしくお願いいたします」

岩井さんの紹介の後、おどおどと名乗った。

大学で残りの単位を取りながら、
まずは週2回フルタイムでバイトをすることになった。

問題なければ、来年度はそのまま就職になる。

両親はもはや、大学さえ出てくれば良いんだよスタイルだった。

「はいじゃあすえむつさん、こちら看護助手15年目の鳴沢さん。今日はこの人について回って、お仕事を習ってくださいね」

鳴沢さんは小柄なボブヘアの50代くらいのおばさんだった。
チャキチャキしてそうで、いかにも口うるさそうな予感だ。

「はーい、よろしくぅ。あ、岩田さーん。ポットやっぱダメだかんね。新しいのくれって総務に言っといてね。じゃ、行きましょうか」

やっぱりチャキチャキしていた。
挨拶をこちらが言い切る前に、鳴沢さんは動き始めていた。

「じゃあ、病衣配っていきますから。
病衣は、バスタオルとフェイスタオルもついて
1日590円です。契約している人に配っていきます」

カートに病衣を乗せて、患者さんに配っていく。

ちらちらと患者さんがこちらを見てくる。

「ほらっ、挨拶しなさいな。みなさんこの子新人さん」

鳴沢さんに押されて、挨拶をした。

「あっ、すえむつです。よろしくお願いします」

みなさん丁寧にお辞儀をして挨拶を返してくれた。

「失礼しまーす」

鳴沢さんが419号室に入っていた。ここは個室のお部屋だった。

「松前さん、この子新人さんだから。よろしくしてあげてね」

松前さんは、寝たきりの初老の女性だった。
目を見開き一点を見つめている。

「すえむつです。よろしくお願いします」

少しそばに寄って挨拶をしたが、松前さんからはなんの返答もなかった。

いわゆる植物人間ってやつなのかな、こんな人もいるんだなと思った。

その後も、病棟を周り、病衣を配っては挨拶をしてまわった。
鳴沢さんに話しかけてくる人も多く、鳴沢さんも軽快に返していた。

看護助手の業務は、多岐にわたっていた。
食事の配膳と片付け、病衣配り、看護師さんと患者さんの体を洗うお手伝い、買い物に行けない患者さんの買い物代行、
ケアで使う道具の補充や準備などなどだ。

午前は、病衣を配って、買い物代行をして、道具の補充をして、昼食を配ったら昼休憩になった。

「はいお疲れ様でした。お昼にしましょう。岩井さん〜お昼行っちゃっていいんだよね〜?」

岩井さんがパソコンから顔をあげ、こちらに歩み寄ってきた。

「すえむつさん、お疲れ様でした。大丈夫?疲れてないですか?
何か午前で質問とかありませんか」

「いや、もう見るのに必死で…」

ここで質問の一つも出てこないところが、さすがの社会性のなさだと自分で苦笑した。

「いいんですよ、まずは一通り見てみてください。しばらくは鳴沢さんとお仕事してもらって、
徐々に独り立ちしていきましょう。じゃあお昼行ってらっしゃい」

休憩はナースステーションの中にある、休憩室で
看護師さんと一緒に取った。

「お疲れ様」「どう〜?」など、話しかけてくれたが、

緊張して正直休んだ気にならなかった。

鳴沢さんはスマホの世界に入り込んでいて、
休憩中は全く話さなかった。

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