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じさつとたましい38
「なんで、すえっちゃん、あれなの、就職の見学行って真っ先に出てくるのが岩井くんと私の関係なのよ」
呉越先生はお茶を淹れながら爆笑していた。
病院見学の翌日、呉越先生を訪ねたのだった。
「内緒よ〜内緒。言っとくけど、岩井くんの方が変な人だからね。で、見学はどう思ったの?」
「はぐらかさないでくださいよ。気になります。呉越先生のこと呉越くんって呼んでたし。男と女の何かって感じがしました!」
恋バナパワーとでもいうのか、なんとなくAの一件以来、まだ残り香のように漂っていた、呉越先生との気まづさを押し倒すかのように話してしまっていた。
「あはーっ!すえっちゃん面白いわねえ。まあいつか教えてあげるわ。ほらほら、何茶にする?ダージリン?アッサム?あ、ダージリンしかなかったわ」
もわもわと湯気が漂うダージリンが、私の前に置かれた。
「それで、どうだった?」
先生が仕切り直すかのように、真面目な表情を作った。
「あの、ワンピースの中年の女性がいて。最後に会ったAと、その、雰囲気が似てたんです」
Aと最後に対面でしたやりとりについて、呉越先生に話した。
「A相手なのに、そんな話ができたんです。なんでだろう。でも、そんな話ができても、やっぱりAは癒えなかったというか。それでも自殺しちゃうんだっていうか。そしたら、あの会話に意味は全くなかったんじゃないかって」
病院見学の感想を訊かれているのに、話がズレてしまった。
「あ、すみません。病院見学は…そのまだ迷ってます。今まで知らなかった世界だし」
「すえっちゃん、いいのよ。私たち会社の面接してるわけでも、口頭試問してるわけでもないわ。
会話なんて生き物なんだから。真面目しすぎると、会話もやれやれと思ってしまうわよ」
「か、会話もやれやれ…ですか」
「まあ、それはいいとして。Aさんはさ、亡くなる前に、そんな話があなたとできたの。現実から抜け出て、深いとこで出会いなおすような会話が。家族同士で。それは大事なことだったと思わない?」
「…。わかりません。あと家族ってとこ強調しないでください。Aは家族だけど家族じゃない。Aが死んでよかったけど、私は自死遺族になっちゃったんです。岩井さんに言われました。精神疾患の方と関わったことありますかって。私自死遺族ですよ〜ってなんとなく大声で言ってやりたい気持ちになりました」
なんだか病院見学に加えて、呉越先生と会うことで扉が開いてしまっているようだった。
いけないいけないと思いつつ、ダージリンを飲んだ。
呉越先生は困ったような顔を少ししていたように思う。
「今、私の表情や雰囲気微妙だな〜って思ったでしょ。話しにくそうにすえっちゃん話してたわね」
呉越先生の言っていることはよくわからなかった。
「すえっちゃんが感じた話しにくさ、気まずさっていうのがね、私に投影されたの。私は実際気まずいような顔をしてなかったかもしれないけれど、すえっちゃんがすえっちゃん自身の内面を私に映してみたのね。投影っていうの、投影」
やはりよくわからなかったが、急に怒りも湧いたし、悲しくもなった。
なんとなくこころが離れたような会話になってしまったように思われたのだ。
「呉越先生なんだか…いつもと違います」
「ごめんなさい。私も、投影と言った瞬間、すえっちゃんが言葉にした何か重要なことが吹っ飛んでしまったように思ったわ。昔ね、岩井くんと話していて、岩井くんにも言われたの。あの時ははっとしたわ。一般的な用語として当てはめた瞬間、無視されるものがあるのね。岩井くんはそういうことがわかる人よ。すえっちゃん。Aさんが亡くなった時にみた黒い海、Aさんとの最後の会話。私は預言者でも占い師でもないから、絶対とは言えないけれど、でも一度岩井くんのとこで働いてみてもいいと思うの。すえっちゃんが、今混乱して、対峙できなくなっている、そう、たましいに、人生に。きっと効いてくれるんじゃないかって。私、祈りたいの」
忙しい時間だ。恋バナをして。なんとなく、心のダムが少し決壊して、私の話が無になるような返しをされたかと思えば、たましいやら人生やら…。
よくわからないけれど涙が出ていた。
ついでに、サラサラと鼻水も出た。
よくわからないけれど…。よくわからないけれど…。
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