ミサイル着弾は火種になり得るのか

 ポーランドにロシア製ミサイルが着弾し、ポーランド市民が2名亡くなってからちょうど1ヶ月になる。それがロシアからの攻撃によるものなのか、確認されるまでは世界中で話題になり、各国のメディアでも大きく取り上げられた。その後、ポーランドでも米国をはじめとする西側諸国でも、ミサイルはロシア製ではあるがウクライナから撃たれた迎撃ミサイルの一部がポーランドに着弾したという見方が強まった。それとともにメディアでの話題性も消滅していった。だが、この事件については、事実が断定されたわけではない。
 ゼレンスキー大統領は着弾直後にミサイルはロシアが発射したものだと言い切った。だが、その後、ロシアはそれを否定し、ポーランドも西側諸国もその可能性が薄いことを認めた。その上で、このミサイル着弾は、ロシアがウクライナを不当に攻撃していなければ起きないことなので、責任は全面的にロシアにあると述べ、ウクライナから撃たれてものであっても、ウクライナに非はないことを強調した。
 これは、ウクライナが西側諸国の説を認めやすくするための配慮にもとれた。だが、ゼレンスキー大統領は自国の専門家の見解を信じ、専門家をポーランドに派遣して確認するまでは、考えを変えることはできないと述べた。これに対し、ドゥダ大統領はゼレンスキー大統領が置かれた難しい立場に理解を示す発言をし、非難することはなかった。
 数日後、ウクライナの専門家がポーランドに派遣されたが、ポーランドのニュースでも「結果が出るには時間がかかるかもしれない」との報道にとどまり、事件から1ヶ月経った今でも、ウクライナ側からは何の釈明もされていない。
 ロシアのウクライナ侵攻が始まってからもうすぐ10ヶ月になる。これまで、ポーランドはどこの国よりもウクライナを支援し、市民レベルでも多くの避難民を快く受け入れてきた。ウクライナとポーランドの間には、ヴォルィーニ大虐殺など苦い歴史がある。だが、ドゥダ大統領は「今後精査していかなくてはならない歴史で、それは今のウクライナとの関係に影響するものではない」と述べ、市民レベルでもその意識は同じだった。
 だが、今回のミサイル着弾では、たとえそれが事故であったとしても、一般市民が2名亡くなり、1ヶ月たった今でも被害者の遺族に対して、ゼレンスキー大統領から何のお詫びの言葉もないことに対して、不信感を抱く者も少なくないだろう。
 さらに事件から数日後、ウクライナは在独ウクライナ大使アンドレイ・メルリクが、外務副大臣に就任したことを発表した。メルリクは今年6月のインタビューで、ヴォルィーニ大虐殺(ヴォルィーニでポーランド人の女性と子供が大虐殺された事件)を主導したと言われているバンデラを弁護する発言をしたことでポーランドでは話題になった人物だ。ミサイル着弾直後にそのメルリクを副外務大臣にしたことは、当然ポーランドでも報道された。このウクライナ政府の決定に不信感を抱く専門家も少なからずいる。
 11月に行われたアンケート調査ではウクライナ避難民に対するポーランド人の意識は5月の調査結果と同様に約7割の人たちがウクライナ避難民を好意的に捉えている。その数はわずかながら増えているくらいだ。ウクライナ人が長期的にポーランドに滞在することに対しても肯定的で、インフレが進み、経済的に困難な状況にありながらも、ポーランド人のウクライナ人への意識は今のところ変わっていないようだ。
 ポーランド人はロシアに対する脅威がある。そのため、ウクライナはポーランドやその他の西側諸国のために戦ってくれているという意識が高い。ウクライナがロシアに占領され、ポーランドとロシアの国境が拡張されることをポーランドは恐れているし、それはどうしても避けたいに違いない。
 だからこそ、市民感情が逆方向に翻らないようにするには、今回のようなミサイル着弾に対するゼレンスキー大統領の対応やウクライナ政府内人事などへの配慮が重要になってくる。
 ドゥダ大統領とゼレンスキー大統領の関係は非常に良好で親密だと言われている。今こそドゥダ大統領は、ゼレンスキー大統領からの遺族への謝罪を促す助言をし、メルリクの副外務大臣就任ついての真意を聞くべきではないか。両国の関係が悪化することはロシアの思う壺であり、ポーランドにとってもウクライナにとっても何の利益にもならない。
 

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