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官能小説「不自然な母親」第3話


 歯ブラシを洗い、蛍光灯を消してキッチンを離れると、奥の部屋に行き、眠る母の体をそっと覗き込んだ。
 母はパンティ以外、何も体に着けていなかった。
 暗がりでも、傾けた体の内側で少し横に流れたおっぱいや、その頂きで楕円に伸びた赤茶色の乳輪がはっきりと見えた。腕の脇で息をするたびに胸が大きく持ち上がっている。
 
 熟睡しているのを確かめ、そばに落ちたワンピースを布団の端に退けた。急に母に触れたい衝動に駆られていた。枕元にちょこんと正座をし、おっぱいに恐る恐る手を伸ばすと、乳輪のそばの柔らかな膨らみにそっと中指を押し当てた。
 
 起きる気配はまるでなかった。

 静まり返った部屋に寝息だけが響いている。後ろめたくなってすぐ腕を引いたが、もう一度触りたくなって、また腕を持ち上げる。
 呼吸をする母の体に指を伸ばした。指先が乳輪に触れると、胸がひどく高鳴った。その指先をそっと谷間の方に滑らせると、母が途端に寝返りを打つ。

 慌てて腕を引っ込めた。
 布団の上で大の字になり、母は僕が触った乳輪の上をぽりぽりと掻いた。
 口が一瞬動き、何かを呟いた気がした。息を殺してその動きを見守ると、顔を横に向け、再び寝息を零し始める。

 眠った事を確かめると、さらに好奇心が膨れ上がった。仰向けになった母の胸を今度は手のひらで包みたくなる。用心しながら、脂肪の山にそっと手を伸ばした。母の乳房を気づかれないよう触った。母の肌はひんやりとしていた。僕の手は反対に熱を帯び、指の間に汗が滲んでいる。
 
 母はやはり起きなかった。
 すぐに手を離すと、またじっと様子を伺う。
 部屋の中は蒸し蒸しとしている。汗が頬を伝って布団の上に滴り落ちた。ドキッとして、伸ばした腕を引っ込めた。
 手元に汗を拭くタオルがなく、母のワンピースを拾って、髪や額、頰の汗を拭いた。
 涼しげに眠っている母が不思議で仕方がなかった。
 
 気を取り直すと、今度は四つん這いになって、おっぱいのすぐそばに顔を近づけた。

 乳首のそばまで鼻先を寄せた。意を決して舌を出し、母の乳首をちろりと舐めた。
 
「……困ります」

 突然、母が何かを呟いた。
 びっくりして体をのけぞらせた。

「叱られます……」

 不意の寝言に唖然とし、母を顔を覗き込む。
 しばらくすると口の動きが止まった。また部屋に静寂が戻る。
 
 母は寝苦しそうに腰をくねらせ、片膝を立てた。
 起きるのではと思い、一旦、そばを離れたが、鼻息が聞こえると、また体を起こして、母のそばに行った。今度は足元から母の体を眺める。
 パンティを持ち上げた恥骨の膨らみに自然と目を奪われた。薄地のパンティに、薄っすらと母の割れ目が浮き上がっていた。

 ズボンの中で、縮こまっていたおちんちんがすっかり膨れ上がっている。
 用心深く、寝顔を見つめ、その恥骨の膨らみに手を伸ばした。すぐそばまで指を持って行くと、さすがに躊躇して一旦は指の動きを止めたが、もう衝動を抑えることは無理だった。そのまま、そっとパンティに指先を押し当て、母の割れ目を撫でた。

 母がまた何かを呟いた。
 何を言っているかは聞き取れなかったが、誰かの名前を呼んでいるようにも聞こえた。

「堪忍してください……もう私……帰ります……」

 少し眉間にしわを寄せ、独り言を呟く母の表情になぜか惹かれた。パンティの奥へ指を滑らせる。熱い部分に指が触れた途端、母の呼吸が止まった……。

 顔を上げると、眠っていたはずの母の目が開いていた。
 大きな黒目がジロリとこちらを向いている。

「あ……」 

 慌てて自分の布団に戻ろうとしたが、遅かった。母は布団に肘をついて体を起こすと、逃げようとする僕の腕を素早く掴んで引き戻した。

「あんた……」

 掴まれた腕を解こうとしたが、強い力で拒まれた。背中を向けると、顎を手のひらで押さえ、母は強引に僕を自分の方に向かせた。

「今、何してたん……」
「いや……」

 慄いた顔の僕を見て、母は呆れたように溜息を零した。

「あほやな、ほんま……」

 僕を押さえつける腕からすぐに力が抜けた。僕は途端に母の拘束から解放される。

 立ち上がると、母は何度か僕を振り返って首を振った。押し入れを開け、衣装ケースからパジャマを取り出すと、腕を通さず、肩から羽織ってそのまま部屋を出ていった。

(まずいことになった……)

 キッチンを覗くと、お茶のポットを冷蔵庫から取り出して、グラスに注ぐ母の背中が見えた。母は注いだお茶を一息に飲み干すと、グラスをシンクに置き、振り返って、僕に声をかけた。

「何見てんの。こっちおいで」

 返事もできず固まっていると、母はまた溜息を零した。

「聞こえへんのか。こっちき(来)い」 

 恐る恐る立ち上がると、母のそばまでゆっくりと歩いて行った。母は羽織ったパジャマの前を手で押さえ、零れた乳房を隠した。

「寝てる時、時々あんなことしてるんか」
「してへん……」
「今日が初めてか?」
「そうや……」
「母さんの体触って、何が面白いんや」
「もうせえへん……」

 母が手の甲で軽く僕の頰を叩いた。

「謝り」
「ごめん……」

 俯き加減に謝ると、母はちらりと時計に目をやった。

「一時間くらい寝てたんや……もう11時やん」

 化粧台の引き出しを開け、母はごそごそと中を漁って化粧落としに使う洗顔用のペーパーナプキンを取り出した。
 僕が布団に戻ろうとすると、ぎゅっと手首を掴んで引き戻す。
 
「どこ行くんや。あんた、お風呂入ってへんやろ。まだ間に合うわ。今入り」
「もう今日はええわ」
「あかん……。汗かいてるし、そのまま寝たら布団汚れるわ」

 母は給湯器をいじり始めた。

「12時までやったらガスの音つけてもお隣さんに文句言われへん。今、入り。シャワーだけでええから」

 背中を押されて浴室の前に立つと、母が隣で羽織っていたパジャマを脱いだ。
 床に置いた脱衣カゴに脱いだものを入れ、そのままパンティも脱いで全裸になる。
 
「何……」
「あんたも脱ぎ」
「一緒に入る気か?」
「あかんのか。お母さんの裸見たいんやろ。中でなんぼでも見せたるわ」

 僕のシャツをお腹からまくると、母は僕を上半身裸にさせた。
 脱がせたシャツをカゴに投げると、ズボンに手をかける。

「何、恥ずかしがってんの」
「自分で脱ぐわ」

 後ろを向いて、ズボンを下ろした。
 パンツ一枚になり、その後、少し躊躇していると、母は僕のお尻をパンっと弾いた。

「はよし……。なにもぞもぞしてんの」

 この数カ月で、体の変化が色々とあり、母の前で裸になることを避けていた。毛を見られたり、少しずつ大人のそれに近づく肉茎を母の前で晒すことに強い抵抗があった。
 股間を隠しながらパンツを下ろすと、母がちらりと僕の股間に目をやった。股間を覆った僕の手を強引に解く。

「普通のおちんちんや。隠すことないわ。男やろ。もっと堂々としとき」

 屈んだまま顔を上げると、すぐ目の前に薄毛に覆われた母の恥部が見えた。母は僕の視線など気にするそぶりもなく、ゴムを手に髪を後ろでくくっていた。

「ほら、はよし」

 背中を押され、先に浴室に入ると、母も後ろから入ってきて、ドアを閉めた。
 狭い浴室で向かい合うと、恥ずかしくて顔が真っ赤になった。母はしゃがんで、シャワーのお湯を調節し、僕の体を流し始めた。

「手えどけ」
「どけへん」
「洗ったあげるわ」
「自分で洗うわ」

 母は再び股間を押さえた僕の手を強引に解いた。

「隠してるからおかしい見えるねん。あんたのおちんちんがどうなってようと母さん平気や。そんなとこ、みんな汚いもんや。二本あるとかそんな話やったら別やけどな」

 石鹸で泡を作ると、母はハンドタオルを畳み、僕の体を洗い始めた。厳しく僕を睨んでいたさっきの顔と違い、すっかり表情が穏やかになっている。

 手が僕の体を這うたびに目の前でおっぱいが揺れた。目のやり場に困ってそわそわしていると、母は僕の目を見つめ、不思議そうに笑い始めた。

 泡立ったタオルが僕の胸から腹へと下り、下腹部の上で止まる。
 母はタオルをそっと湯船の縁に置くと、手のひらで泡を作り、僕の目を見つめて、突然、縮こまった肉茎を手のひらで包んだ。

「なに……」
「じっとしとき」

 石鹸の匂いがぷんと鼻をついた。ヌルヌルとした手が僕の肉茎の上をゆっくりと履い始める。恥ずかしくて頭の中が真っ白になった。母の腕を掴んで、引き離そうとするも、母は強引に僕の肉茎を握り直す。

「自分で洗うわ……」
「動かんとき。ええからじっとし。悪いようにはせえへんから……」

 ひんやりとした手の感触にすっかり翻弄されていた。縮こまっていた肉茎が急に持ち上がり、母の手の中で膨れ上がっていく。

 亀頭の先端を少し扱かれただけで、感じたこともない不思議な快感が下腹部に広がるのがわかった。少し怖くなって腰を引いたが、母は手の動きを止めようとしない。僕の目をじっと見つめ、手の動きを少しずつ速めていく。

 何度か扱かれると、体が震えてよろけた。母が僕の背中に腕を回し、倒れそうな体を支えた。
 下腹部に差し込まれた右手はひっきりなしに動き続けている。その度に僕の胸の上でおっぱいが揺れた。

 朦朧として母の肩を抱くと、母は自分の頰をそっと僕の髪に押し付けた。

「自分でしたことあるんか?」
「ないよ……」

 横っ腹を不自然な刺激が襲った。嫌な予感がして、慌てて母から離れようとしたが、腰に回った母の腕は解けなかった。手の動きがさらに速くなり、全身が震えた。何が起きるか自分でもすぐにわかった。

「あかん……おかしなる……」
「ええよ、そのまま出し……」

 母の手に誘われるように、僕は母の手に白い液体を噴き出させた。

「ああっ……」
 
 母がそっと僕を抱き寄せた。風呂場の床に自分のザーメンが滴っているのがわかった。ぐったりとして母の首元に顔を埋めると、母の声が急に優しくなった。

「大丈夫。ええからな。全部出し……我慢せんとき。母さん、平気やから……」

 溜まっていたものを全て出し終えると、母はぎゅっと僕を抱き寄せた。お湯を出し、シャワーで僕の体を洗い始める。

「後ろ向き」

 背中を向けると、母は僕の体を抱き、射精したばかりの肉茎を後ろから優しく手のひらで包んだ。
 背中にぎゅっとおっぱいが押し付けられた。後ろからおちんちんを触られるとこんなにも気持ちいいのだと、この時初めて知った。

 洗い終えると、お湯を止め、母は風呂場のドアを開けて、僕の体をバスタオルで包んだ。

「先、上がっとき。母さん、化粧落としたり、いろいろあるから」

 背中を押され、風呂場から出ると、明かりの瞬くキッチンで呆然と立ち尽くした。
 思っても見なかった母の行動にすっかりと驚いていた。

 しばらく宙を見つめていたが、少しずつ我に返り、体を拭いた。畳の部屋に戻ると、寝間着に着替えて布団に横になる。
 ちょうど風呂場の音が止んだ。バスタオルを巻いた母が出てきて、僕の方を覗き込んだ。

「陽平、起きてるか?」
「うん……」
「明日、野球何時や」

 明日は土曜で学校が休みだ。朝から少年野球の練習に行くことになっていた。

「8時半集合や……」

 声に力が入らなかった。

「目覚ましかけときや」
 
 母に言われて枕元の目覚まし時計をセットする。

 母はバスタオルを外し、自分の体を拭いていた。拭き終えると、床に置いたカゴの前でパジャマに着替え始める。
 パンティを履く母を見ると、なぜかまた興奮し、股間が硬くなった。屈んだ母の背中越しに乳房の一端が見えると、僕は掛け布団の下にそっと手を入れ、ズボンの中で膨れ上がった肉茎を握った。
 すっかり興奮し、お風呂場での光景がその後、ずっと頭から離れなかった。

 翌朝、けたたましく鳴る目覚ましの音で目が覚めた。
 布団から体を起こすと、母を振り返った。
 母はまだ隣の布団で眠っていた。
 起き上がって、母を起こさないよう、カーテンの隙間から外を覗いた。外は晴天だった。

 いつのまにかクーラーがついている。夜中に母がつけたのだ。だが、僕はすっかり汗をかいていた。母を見ると、母の首元も汗が光っていた。
 そばに腰を下ろし、母の背中をそっと揺すった。
 
「おかん、時間やで」

 しばらく揺すっていると、母も目を覚ました。
 僕を振り返ると、しばらくぼんやりと僕を見つめ、布団を捲る。

「陽平……」
「何?」
「ちょっとこっちおいで。入ってき」

 手を引かれたので母の布団に入ると、いつものようにぎゅっと体を抱き寄せられた。
 
「暑ないんか?」
「暑うてもええわ……」

 母は自分の胸に僕の頭を抱いた。おっぱいが頰に押し付けられ、途端に母の甘い香りに包まれる。

「昨日のこと内緒やで」
「うん……」
「人に言うたらあかん……おかしい親子や思われる」
「言わへんわ……」
「あんた嫌やなかったか」
「嫌やなかった」
「ほんまか」
「ほんまや……」

 母の手がそっと伸びて、朝勃ちした僕の肉茎を掴んだ。

「もうこそこそしたらあかんで……。昨日母さんにしたこと、他の人にしたらあんたえらいことなるねんで。ちょっとしんどいな思たら母さんに言い。母さん、あんたのためやったらなんでもしてあげる。あんたのおちんちんくらいいつでも触ってあげるわ」

 母はそう言って、僕の体から腕を解いた。布団を捲って起き上がると、そっと僕の体を撫でる。

「用意し。今日、車で送ってあげるわ」
 
 大きく伸びをし、母は立ち上がった。

「ユニフォーム、破れたところも縫っといたからな。すぐ着替え。遅れるで」

(5)

 少年野球の練習は3時に終わった。
 練習が終わると、校門の前で母が迎えに来るのを待った。

 コーチや監督はとっとと車で帰ってしまった。しばらくみんなと居残って話をしていたが、一人、二人といなくなり、気がつくと、僕一人、鉄の門扉の前に座り込んでいる。

 ぼんやりと宙を見つめていると、昨夜のことがまた脳裏に蘇って来る。急に母が恋しくなって、母のことを考えながら時間を潰す。
 
 しばらくすると、ようやく車の音が聞こえた。
 立ち上がると、母の車が門の前に現れた。

(あれ……)

 助手席に誰かが座っているのが見えた。
 車が止まると、それが高橋さんだとわかった。

「陽平、遅なってごめんな」
 
 母が運転席の窓を開け、僕に手を振った。

「乗り。高橋さん遊びに来てはるから、あんた後ろ座り」

 隣で高橋さんがにこにこと微笑んでいた。

 荷物を抱え、助手席の側に回ると、高橋さんが車を降りて、シートを倒してくれた。
 後ろの席を見て、僕はドキッとする。
 見知らぬ中学生くらいの女の子が狭いシートの奥に座っていたのだ。
 
 高橋さんが僕の背中を優しく押した。

「うちの娘です。仲ようしてな」

 母が後ろをチラチラ振り返りながら、「はよ乗り。後ろから車来るから」と僕を急かした。
 慌てて後部席に滑り込んだ。

 バットとカバンを膝に乗せると、窮屈なシートにもたれ、高橋さんの娘に挨拶をした。
 
「詩織ちゃんって言うねん。あんたより二つ年上や。今、中学二年生やねんて。べっぴんやろ」

 長い髪の内側で、くりっとした目がこちらを向いた。
 華奢で清楚な女の子だった。母の言う通り、唇が細く、眉や鼻のラインが整っていて、綺麗な顔をしていた。まるでお人形さんのような雰囲気だ。
 
 太った高橋さんから、なぜこんな子が生まれてくるのか、少し不思議な気持ちになった。もしかしたら高橋さんも若い頃は痩せて、彼女のようにほっそりとしていたのかもしれない。
 
 子供特有の人見知りな癖が出て、車が動き出すと、僕も詩織さんもそれぞれ窓の外を見つめて無口になった。
 母は聞き上手な高橋さんを相手に意気揚々とし、家に着くまでの間、場を盛り上げようと一人喋り散らかしていた。

 車がアパートに着くと、高橋さんと僕が先に降りた。詩織さんも狭いシートの奥から這い出してくる。

「ちょっと待っててな」

 母はアパート脇の駐車場に車を置きに行った。高橋さんが嬉しそうに僕の顔を見上げた。

「すごいな。日に焼けて……。真っ黒やん。毎週、野球行ってんの?」
「はい」
「どこ守ってんの」
「ライトです」
「背番号とかあるの」
「13です」

 高橋さんが興味深そうに僕の背中を覗き込んだ。
 詩織さんは隣で目の上に手をかざし、眩しそうに目を細めている。

「この子、小学校の時、バトミントンやっててん」
「そうなんですか」
「でも、今は何もしてへん。真っ白やろ。陽平くんと違ってちょっと運動不足や。一緒にキャッチボールでもしたって」

 高橋さんは僕と話しながらひたいの汗を何度もハンカチで拭った。対照的に詩織さんは汗ひとつ掻かず、涼しげな顔をしている。

 母が戻ってきたので、4人で階段を上がった。
 母と高橋さんの後ろを歩くと、急に詩織さんが小声で話しかけてきた。

「今何年なん」
「6年やで」
「大人っぽく見えるな。お母さんに顔似てるわ」

 表情が緩み、あどけない子供のような笑みを浮かべている。鼻にかかった甘い声が妙に子供っぽく、年上と話している感じがしなかった。急に親近感が湧き、緊張が解けた。

 部屋に入ると、母は事前に準備をしていたのか、いつもより広々とした家の中に高橋さん親子を通した。
 一番最後に入り、入口でスパイクを脱いでいると、詩織さんのソックスが見えた。見上げると、彼女は僕が靴を脱ぐのをそばで、じっと見つめていた。

 母は高橋さんを奥に座らせると、キッチンに戻って来て、スイカを切り始めた。僕は詩織さんと部屋に入ると、机の前でユニフォームを脱いだ。

 詩織さんは興味深げに机の上に並んだ漫画に見入っていた。しばらくすると、ハッとしたように原秀則の『さよなら三角』を抜いて、中を開いた。

「私もこれ持ってた」
「もっとあるで」

 机の引き出しを開けて、中に並べた漫画を見せた。詩織さんはしゃがみこんで、気になる漫画を手にとった。

「男の子やのに、こんなんが好きやねんな」

 『きまぐれオレンジロード』や『タッチ』の表紙を興味深げに眺め、詩織さんは悪戯げな表情で僕を見上げた。

 母は切ったスイカを皿に盛り、奥の部屋に運んでいた。
 畳の上にはいつもご飯を食べる机がすでに置かれていて、高橋さんがその脇でかばんから何やら紙の束を取り出していた。
  
「陽平、こっちき(来)。スイカ食べ」

 クーラーの効きが悪いので、母は窓を開け、部屋の隅に置いた扇風機のスイッチを押した。

「暑くてすみません」
「ええのよ。気にせんといて」

 涼しい風が回る中、4人で向かい合ってスイカを食べた。
 詩織さんは少し口をつけただけでスイカを置き、僕の机から持ち出した『きまぐれオレンジロード』をパラパラとめくって読み始める。

「急にごめんな。押しかけて。でも、もうすぐ選挙やし、どうしても話しときたいことあってな」

 母と高橋さんは僕らがいるにもかかわらず、横で選挙の話を始めた。僕は机に戻って、汚れたソックスやズボンを脱いだ。戸を少し閉めて、普段着に着替える。
 振り返ると、詩織さんが側に立っていた。

「外行こう」
「え?」

 声が聞こえたのか、母が僕らを振り返った。

「外行くんか?」
「いや……」
「ちょっとだけ散歩してきていいですか?」
「詩織ちゃん、大丈夫?今日暑いで。気持ち悪くなったりせえへんか。日射病なるで」
「大丈夫です。陽平くんに帽子借ります」

 詩織さんは机の上に置いていた僕の野球のキャップをかぶって、嬉しそうに微笑んだ。

「7時くらいまでは明るいけど、暗くなったらすぐ帰ってきてな。おばちゃん、夕食作って待ってるからな」

 母がそう言うと、詩織さんは頷いて僕の袖を引っ張った。

「ほんまに外行くん?」
「うん。ここにおって何するん?」

 詩織さんがドアの方に歩いて行ったので、僕も後ろに続いた。
 母と高橋さんはあまり気にとめる様子もなく、また向かい合って自分たちの話を続けた。

 外通路に出ると、夏の強い日差しに晒される。歩くとすぐに汗が噴き出して来た。
 一階を見下ろすと、アパートの前にタクシーが止まっていた。
 階段を降りると、外行きの格好をした峯村さんがドアの鍵を閉めていた。

「暑いなあ」

 僕に気づき、峯村さんが振り返って笑みを零した。

「隣のお嬢さん誰?あんたの彼女か?」
「違います」
「二人で何してんの」
「ちょっとこの辺、散歩です」
「やめとき、こんな暑いのに」

 僕らに歩み寄り、峯村さんが眩しそうに目を細めた。

「あんたは平気やろうけど、女の子、気分悪なってまうで。なんで家おらへんの?」
「お母さんが大事な話してるので……」
「遊ぶところないんやな。かわいそうに」

 峯村さんはカバンに入れたばかりの鍵を取り出し、僕に渡した。

「おばちゃんな、今日、お客さんとお茶してから店行くから、はよ出んねん。家空いてるから、使ってええで。二人で漫画でも読んでたら。ジュースもあるし」
「いや、いいです……悪いです」
「遠慮しんとき。帰るとき鍵かけて、ポストに鍵入れといてくれたらええねん。こんな暑いのにあんたどこ歩くん」

 鍵を僕のポケットに押し込み、峯村さんはタクシーの後部席に乗り込んだ。

「綺麗な子やな。何年生?」
「中二です」
「陽平くんと仲良くしたってな。この子、ええ子やで」

 タクシーのドアが閉まった。峯村さんは窓越しに僕らに手を振ると、そのままアパートから去って行ってしまった。

「誰、あの人」
「うちの真下に住んでる人」
「すごい化粧やったな」
「水商売してはんねんて」
「ホステスみたいな感じか?」
「スナックや言うてはった。どんなとこかしらんけど」

 鍵を見つめていると、その鍵を詩織さんが急に奪った。

「どうしたん?」
「部屋行こう」
「外歩くんちゃうんか」
「お母さんの選挙の話、横で聞くの嫌やっただけや。歩きたかったわけちゃう。部屋あそこか?」

 峯村さんの家の方に歩き出したので、慌てて後を追った。
 ドアの前まで来ると、鍵を渡されたので、鍵を開け、中に入る。

 入口で靴を脱ぐと、詩織さんは物怖じもせず、家の中に上がり込んだ。
 僕もすぐ靴を脱いで部屋に上がった。

「すごいなこの部屋。陽平くん、よう来るん?」
「何回か入れてもうた。あのおばちゃん、なんか知らんけど、いつも遊びにおいでって誘って来るねん」

 奥の二段ベッドの前に来ると詩織さんはそのままベッドの上に倒れこんだ。

「あんまり無茶したら怒られるで」
「ジュースあるって言ってはったな」
「飲みたいん?」
「うん」

 詩織さんは二人きりになった途端、急に気が大きくなっていて、子供のようにはしゃいでいる。

 冷蔵庫を開けると、コーラの瓶が入っていた。一本だけ抜き、栓を開けて詩織さんのところに持って行った。

 詩織さんはベッドから出て、カセットプレイヤーの置かれた棚を覗き込んでいた。
 
「C-C-Bあるわ。知ってる?」
「髪の派手な人やろ」
「普段何聴いてんの?」
「あんまり音楽聴かへん。テレビで歌番組見るくらい」

 コーラの瓶を受け取ると、詩織さんは四つん這いになって、隣の本棚に視線を移した。

「漫画だらけや」
「子供さんのらしいで」
「子供さんいんの。何歳?」
「もう大人や。大阪で一人暮らししてはんねんて」

 何冊か抜き取っては戻し、詩織さんは棚の下段に手を伸ばした。
 四つん這いのお尻が都度、僕の目の前で揺れた。

「これ……」
 
 下段から一冊漫画を抜き出し、詩織さんは僕にそれを手渡した。

「何?」
「弓月光。知らん?」
「知らん」
「ちょっとエッチやで。読んでみ」

 見るだけで恥ずかしくなるようなヒロインのヌードが描かれた表紙だった。タイトルからして『みんなあげちゃう』だ。恥ずかしくなって一、二枚ページをめくってすぐに本を置いた。

「子供がこんなエッチな漫画買うて来ても平気なお母さんやねんな」

 詩織さんはさらに下段の本を漁り、ついこの間、僕がこっそり読んだエロ雑誌や女優のヌード写真を見つけて引っ張り出した。

「五月みどりって……。ここの家の子、どんな子なんやろうな」
「有名なんかその人」
「私もよう知らん。昔のスターちゃう」

 写真集をパラパラとめくり、詩織さんは本を僕に渡した。

「見たい?」
「別に見たない」

 本を出しっぱなしにしたままベッドに戻り、詩織さんは布団の上に横になった。
 僕は出された本を一冊ずつ元の位置に戻した。

「陽平くんのお母さんすごいな」
「何が?」
「仕事。うちのお母さんが褒めてたわ。営業上手やって」
「よう喋るからな」
「年上のおっちゃんにモテるらしいで。マメやし、優しいし……世話好きやねんて。仕事の話聞いたりせえへんの?」
「あんまり」

 僕も床に横になって、目の前のテレビをつけた。夕方の中途半端な時間で、大した番組はやっていなかった。 
 
「竹下景子にちょっと似てるし、胸もあるしな。お母さんのこと心配にならへんの?」
「何が」
「保険の営業ってな、お客さんの家上がり込んだり、お客さんと一緒に食事したりするねんで」
「よう知ってんねんな」
「うちのお母さん、家で仕事のことばっかり聞かせて来るねん。あの人はどうやとかな。こんな人おったとかな……」
「うちのおかんの話もするん?」
「しょっちゅうや。入社して来て、お金持ちのおっちゃん相手にいきなり契約取ってんて」

 香田さんのことを口にしたので驚いた。

「色目使って契約取って来る人もおるみたいやで。お客さんに体触らせたりな。お母さんがそうやったらどうする?」

(第4話に続く)



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