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幸せとは何か? 幸せが実現できるかもしれない場所、ユートピアとは何か?

すべての生命はHappyを目指して日々進んでいると思うのですけれど、そもそも何が幸せ、Happyなのか?をちゃんと自身でビジュアル化して明確化していないのかなあ?と感じます。
そんな想うところを、まとめてみました。



ユートピアとは?

「どこにも無い場所」
「現実には決して存在しない理想的な社会、理想郷」
更なるNegativeな側から見ると「現実の社会に不満をもつ人が夢想する理想的な楽土」
東西文化差異、宗教差異、国家観差異で様々なイメージが多様に存在ますね。
個々人それぞれのユートピア談義、大切になりそうです。
「どこにも無い場所」では無く、ここに今この世界に存在できる理想郷/楽土、
それをみんなでイメージ拡げて共有していきたいですね。


UNIVERSE25の実験サイト

ユートピアとは何か?を突き詰めてみた壮大な実験/UNIVERSE25

知る人ぞ知る実験、1968~1972年に米国の動物行動学者ジョン B. カルフーンが実施した実験です。
「もし、ユートピアが実現したら、その世界は持続的な世界になるのか?」を、ねずみを対象に行った実験です。
この現代、一般的には「人口が増え続け、このままでは地球がもたない」と危機感をおぼえて色々な施策を打つ方々がたくさんいます。
このような制御は、人類が自らしなければいけないのか? それとも自然の摂理が勝手に制御できうるのか? そんな疑問を感じてカルフーンが熟考して、この実験をしてみたのだと思います。
この実験、簡単に一言でいうと、
「食の心配もなく、水の心配もなく、気候も安定温暖で、病原菌の心配も一切ない。しかも十分な生活空間が確保されている世界。そんな環境/世界があったら、そこでの生命体はどんな未来を迎えるのか?」を探る実験です。
この理想環境2.7*2.7mの実験施設に8匹のねずみを住まわせてみて、どうなるのか?
実験の詳細、御興味ある方は以下を参照してみて下さい。
https://web-mu.jp/history/6250/
この実験、25回繰り返し行われました。
いきなり結果から言うと
大きく4つのプロセスを経て「絶滅」。
  フェーズA 成長期
  フェーズB 停滞期
  フェーズC 衰退期
  フェーズD 絶滅期
物理的には、最大4000匹弱が、そこそこ余裕を持って暮らせる世界。
フェーズAでは順調に人口増加も、300日後にMax620匹で頭打ちになるフェーズBへ。
そこからディストピアの始まりです、フェーズC
群れは1/3の所謂上級市民と2/3のホームレスに分かれていきます。
巣の数は十分あるのに、なぜか巣では無い地べたで暮らし始めるホームレス群。
この群は、無気力になり繁殖行動すらしなくなる。
一方のの上級市民は?
こちらもまた想定外の行動パターンになっていきます。
なぜか、これらの上級市民は特定の場所、即ち巣に集中しだします。
15匹収容の巣穴に、100匹以上がぎゅうぎゅう詰めになって暮らす、他にいくらでも巣穴はあるのにです。そして、食事も飲水も、特定の場所だけで行うのです、しかも決まった時間に一斉に。
場所も他にもたくさん、時間だって制約は無いのにです。
更に、そこからオスの異常性が発現。それは繁殖行動に現れます。上流市民のメス複数に限らず、ホームレス地区のメスを所謂レイプ、それにとどまらず、オス同士、子供へも。性格は攻撃的になり、ホームレスエリアのネズミたちが餌場に来ると襲い掛かかるという凶暴性。カルフールは彼らを、アルファオスと名付けました。アルファオスはこの世界で圧倒的な支配者。
その前では、ホームレスネズミのオスは、攻撃されても反撃もせず、ただただ彼らの暴力が止むのを待つ耐えるだけしかしなくなります。ホームレス・ネズミのメスはアルファオスにレイプされて生まれた子供を守る術もありません。オスが守ってくれないので。なので、メスたちはなんと、子供を自分たちの居場所から排除し子育て放棄、そしてメスの集団を形成していきます。
このあたりで何か気づきませんか? 今の人間社会に、潮流に、もしかしたら酷似してるかも?
男が滅法弱く、女が強い。そして子供たちは・・・・?
そしてフェーズDへ。
カルフールが「美しいねずみたち」と呼んだ、きれいなネズミたちが多くなるフェーズ。子育て放棄された世代のネズミたちが支配的になる世界、すなわちホームレス/ニートネズミが加速度的に増え、アルファオスが減っていく。やがてすべてがホームレス/ニートのみになる世界です。発情しても求愛の仕方が、わからないのである時期を境に出生率ゼロになり、そこから絶滅に向かいます。このころの彼らは、ただ食べて飲んで・・・そしてあとは、ずっと自身の毛づくろいしかしなくなるので、とても綺麗になっていくのだそうです。これを「美しいねずみたち」と呼んだそうです。そして絶滅を迎える


UNIVERSE25から見えてくるもの

カルフールが設定したユートピアは”衣食住足りて病気の心配も無い環境”でした。
そもそも「幸せとは何か?」を考えたときに、幸せとは衣食住足りて病気の心配が無い先にある”何か?”と言うことになるのか?と思います。自分自身も何も疑うことなく、そう定義づけている自分に気付きました。どうでしょうか? 結構な方々がそう思い込んでるのではと考えてしまいました。
実は、幸せとは、「衣食住と健康を確保維持する活動、即ち暮らしの中にあるモノ」では無いかと思いました。個人的に大好きな映画で、自身が思うユートピアはこれだな!を表現した映画「美しき緑の星」の世界観です。

美しき緑の星: https://labelleverte.fun/

山の中腹、平原で自然の中で、衣食住を共有し、余暇はカラダづくりや丘で自然界と通信し合う。
そう、自然界とヒトの互恵が保たれた世界。五感を極限まで使い果たし観察、感じることに豊かさを求める世界。科学的な産物は、一部の農作業に使う刃物程度。それも厳密な管理下で。それでいて自然界の法則を学ぶことは忘れない。量子物理学的な学びを年齢の高低あまり拘らずみんなで共有みたいな・・・
現代社会の先にあるディストピアに気付いた、ある惑星の物語です。
その視点で振り返れば、自然界の動植物たちは、当たり前に自然界との互恵の中にいて、普通に幸せだよね? なんて思うのです。
UNIVERSE25の実験サイトの作りが、現代の都市をシミュレーションしているかもしれないと言うのも興味深いですね。高さ方向に巣を大量に配置したのは、まさに現代社会の構想ビルの都市です。
現代社会と比較すれば、人もネズミもほとんど大差なしに感じますね。
高階層症候群なるものを知っている方々も少なくは無いと思いますが、3階以上の階層に住むと、子供が出来にくくなったり、病気や鬱になりやすくなると言われています。これはUNIVERSE25実験の結果と無関係と言えるのでしょうか?
意図したのか、偶然なのか、自然の必然なのか? 
「人類自らが都市に集まり、縦方向に住処を集中させ、強者の象徴を高階層に求める」


今を一生懸命生きることこそが幸せである

もし”暮らす”という行動そのものの中に幸福があるのだとしたら、幸福はいつもそこに足元にあるものということになります。二幸対立論に惑わされてしまったけれど「過程こそが結果であり、結果が過程である」という。現代社会、経済社会の中に、もしも真の幸福が無いとするのであれば、少しずつ経済に費やすエネルギーや時間を減らし、その分で暮らしに向き合っていく、
そう”今生=今を生きる”ことが大切なのでは無いでしょうか? 未来だって、今の積み重ねの結果でしか無いのですから。 未来の”幸福”のために、今の幸福を捨てる何て一体何をやっているのだろう?って気づけるかもしれませんね。現実離れしていますでしょうか? 
みんなが、そう思って臨めばいいだけと思いますけれど。

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