フリーになったのが遅すぎた


 新卒から24年、同じ会社に勤めて、2015年の春・46歳の時に、退社してフリーの音楽ライターになったの、遅すぎた。もっと早くなればよかった。と、思う時がある。
 その歳まで会社にいたからこそ、関われた仕事や、出会えた人や、経験できたことは、決して少なくないので、全面的に「遅すぎた」と思っているわけではない。あと、それより早く会社をやめられなかった自分の事情も、ないわけではないので、しょうがない、とも思っている。
 しかし、シンプルに、音楽方面のライターが仕事を得るタイミングとして、2015年に、46歳で、というのは、遅すぎたなあ。という事実があるのだった。

 まず僕は、ジャーナリスト志向ではないし、実際も違う。好きなアーティストのインタビューをしたりライブレポを書いたりしたい、という、「バンドブームの時代の女子高生か、おまえは」みたいな理由で、ライターをやりたいタイプである。
 となると、仕事をくれるのは、音楽雑誌や音楽ウェブメディアよりも、アーティストのマネージメントやレコード会社のスタッフ、ということが多くなる。「あいつ、詳しいからインタビューを頼もう」とか、そういうことですね。
 そういうわけで、オフィシャルのインタビューをしたり、レポやレビューを書いたりすることもあるし、雑誌やウェブメディアから仕事が来る場合も、「事務所からの(レコード会社からの)ご指名です」みたいなことが多い。
 にもかかわらず、数年前、自分が書いたことに対して、音楽ジャーナリストの人から「そういう姿勢はジャーナリストとしてどうかと思う」みたいな苦言が、ツイッターで飛んできて、びっくりしたことがある。
 ジャーナリスト? 誰が? 事務所の指名で仕事しているライターだよ? ジャーナリストなわけないじゃん。現に、ジャーナリストと名乗ったこともないし、名乗りたいとも思わない。別に自分の仕事を卑下しているわけではない。ただ、ジャンルが違うでしょ、という話だ。以上、書いていて思い出したので、ちょっと脱線しました。

 話を戻す。そういうふうに仕事を受けている相手である、マネージメントやレコード会社のスタッフは、自分が会社員の頃、長年仕事で関わってきた人で、だから仕事をくれる。というのが、ほとんどなわけだが、そこだ、問題は。
 であるならば、もっとも多くのマネージメントやレコード会社と仕事をしていた時期、たとえば20代後半とか30代の頃に、フリーになった方がよかった。
 それから、そんなふうに自分と長年仕事をしてきた各社のスタッフって、僕よりちょっと歳上から同年代くらいだが、自分が54歳の今、そういう人のほとんどは、もう現場にはいない。偉くなっているか、やめているかのどっちかだ。
 つまり、今、現場にいて、「ライターどうしよう?」というような仕事をしているのは、主に、自分より全然下の世代のみなさんであって、そういう人たちは、僕のことなど知らないのだった。
 でも、中には、「読者でした、学生の頃、読んでました」というので仕事をくれる人もいるのでは? と思った方もいるかもしれない。それにも遅すぎるわけです、僕の年齢でフリーになると。某音楽サイトのスタッフに、「お母さんが知ってました、兵庫さんのことを。読者だったそうです」と言われたこともあるぐらいなんだから。

 それから、時代の問題もある。たとえば僕は、1998年・29歳の時、邦楽ロック雑誌のROCKIN’ON JAPANの編集部から、(当時は)洋楽雑誌のbuzzの編集部に異動になったのだが、その時はちょっと考えた、退社してフリーになることを。
 で、結局踏みとどまってbuzzに移り、移ったからこそできた経験や、好きになった音楽がいっぱいあるので、正解だったと思っているのだが(特に、ロンドン等の海外に取材仕事で何度も行けたのは、今思い返してもあの時代ならではで、相当ラッキーだった)、ただ、その時やめていた方が、フリーとしての仕事は、うまくいったと思う。
 自分が若くて、現場のみなさんが同世代だから、というだけではなくて、音楽ライターというものに、今より全然需要がある時代だったからだ。
 音楽雑誌もそれ以外の雑誌も、まだいっぱいあったし、インターネットは今ほど発達していなかった。つまり、プロモーションの中心が紙媒体だったので、その分、仕事が多かったであろう、という話です。
 ウェブメディアは原稿料が安い、というのは、フリーになる前から知っていたし、それも覚悟でフリーになったが、そもそも仕事の中心がウェブに移る前の時代だったらねえ……という。
 あと、CDが本格的に売れなくなる前の時代なので(下がり始めてはいたが、今ほどではない)、今よりはレコード会社にもおカネがあった、というのも大きい。同じく、出版社にもだ。

 その音楽ウェブメディアも、自分がフリーになった2015年と、2023年の現在を比べると、仕事をもらったことがあるサイトだけでも、ふたつがなくなった。2015年の頃の方が、ウェブサイトの数も多かったし、その分、仕事の機会も多かった。
 しかし。その当時も、仕事をもらえるのはありがたいので、喜んで請け負いながらも、内心、不思議には思っていた。
 とてもざっくりしたことを言うと、ウェブメディアって、雑誌と比べて、「そのメディア自体の読者だから読む」ということが少ない。お目当てのアーティストの記事がそこにアップされたことを、アーティストの公式ツイッター等で知って、そのメディアにまっすぐ行って、読み終わったら離れる、という読者が多い。だから、「ファンにお知らせする」機能はあっても、「ファン以外の人に届く」確率は、雑誌と比べると、低いと思う。
 なのに、なんでみんな、雑誌と同じように、いくつものメディアの取材を受けるんだろう? と不思議に思っていたら、みなさんだんだんそのことに気がつきはじめて、じわじわ減っていった挙句、コロナ禍が大きなきっかけになって、さらにガクンと減ったのだった。いくつもウェブメディアで取材をやるアーティストが。
 同時に、2015年にapple musicが、2016年にSpotifyが、日本での運営を始めて、本格的にサブスクの時代になったことも大きい。よりいっそうCDが売れなくなり、レコード会社がさらに儲からなくなり、雑誌からウェブに移っても、雑誌の頃と同じように、収益を主にレコード会社の宣伝費に頼っていた音楽サイトの多くが、困ることになった。
 今、僕に仕事を依頼してくれている音楽サイトの多くが、チケット販売会社が持っているサイトだったり(ぴあとイープラス)、イベンターが自社のライブの宣伝のために作ったサイトだったり(ディスクガレージ)、というふうに、ライブ業界に母体があるサイトである。

 というわけで、今、自分はこんなに仕事がないんです。ということを訴えたいのか、こいつは。
 と、思われそうだが、ここまで書いてきて、自分が思ったことは、どっちかというと、その逆だ。
 こんなふうに、どの方向から考えても逆風だらけな状況である自分なのに、まだ仕事がなくなりきってはいない。ギリだがなんとか食えている。ということの方が、むしろ不思議に思えてきたのだった。
 現に、なくなりきって、地元に引っ込んだり、やめたりしている同業者、いるし。それ、まったく他人事ではないし。
 あと、僕は、フリーになった時に、「営業して仕事をもらう、ということをしないで、どこまでいけるかやってみる」と決めたのだが、それは今もまだ続いている。8年後もその状態でいられるとは、正直、思っていなかった。
 今、仕事をくれているみなさんに、感謝せねば。
 いつもありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
 あと、ご新規のみなさんも、お待ちしております。お気軽にご連絡ください。とも言いたいところだが、こんなことを延々と書いている奴に「そうか、じゃあ仕事を頼んでみよう」という気になるとは、到底思えないのだった。

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