冬の匂い
あれはいつ見た夕焼けなのかを忘れた
切れ切れの雲のように
語りつくせない感情を
言葉に結ぶことができないままに
心と呼ばれる場所で
大切にしまったはずなのに
禁断の箱を開けてしまった時から
始まるぼくたちの時間を
神話のカタチにして今日に
伝承してきた、と
教えてくれたひとも
とうの昔に消えてしまった
世界という言葉
それはまるで失われた足跡
見えない影を嗅ぎまわるぼくたちは
帰り道を忘れた老いぼれ犬
とぼとぼと
すがる杖も標もないまま
吠えることも忘れた老いぼれた犬
蜜と乳の源流から
大陸のあちこちに散らばって行った
ぼくたちの時間
途方もなく長くて一瞬の旅の途上で
信じるということが
深まる空の藍色ににじむ朱をまとっていく
あいまいに溶けてしまうもののように
冬の匂いを感じたくても
どんな山間の村の煙突からも
煙はあがることはないだろう
帰り道を忘れたぼくたちが
寒い竃で煮えたスープの鍋が
食卓の堅い皿の上には
ほどよい具合に焼けたパンがあるというのに
冬の匂いを
感じることができなくなったぼくたち
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