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『紙つなげ!』という感動の奇跡。たとえそれが未曽有の悲劇によって生まれたものだとしても。

本を読んで涙したのはいつ以来だろう。
心を打つ珠玉のノンフィクションは少なくないが、通勤電車でページを繰るのを躊躇してしまうほど涙腺に響く作品は久しぶりだ。

本には、人それぞれ出会うタイミングというものがある。HONZでレビュアーとして活動していた頃、『エンジェルフライト』に感銘を受けた私は、本書のことは刊行当初から認識していたし、きっと素晴らしい作品なのだということは読む前から分かっていた。でも、なぜか当時は書店の棚を前にする度に本書が目に留まりながらも、手を伸ばすことができなかった。潜在的な意識のどこかで、本書をきちんと受け止めるだけのキャパが(少なくとも当時の)自分にはないと思ってしまっていたのかもしれない。それでも、初版刊行から8年近くが経ってしまった今だけれど、やはり本書に出会えて本当に良かった。

本書は、2011年3月11日に発生した東日本大震災で深刻な被害を受けた日本製紙石巻工場の再生の物語だ。国内の出版業界を支える最大手の製紙会社である日本製紙において、石巻はまさに基幹工場だった。N6号と呼ばれる当時最新鋭のマシンに加えて、8号機(通称「8マシン」)では単行本や各出版社の文庫本、コミック用紙といった高度専門性を要求される紙を抄っていた。この8号が創り出す紙は他の工場では決して作れない品質を誇り、まさに日本の出版業界の命綱というべき存在だった。その石巻工場が、あの震災によって誰も想像できなかった津波の被害に襲われ、壊滅的な状況に陥ってしまう。

日本製紙の工場従業員たちは、極限状況において現場社員の見事な避難誘導にも支えられ、奇跡的に誰1人として死者を出すことはなかったものの、彼らの生活の中心にあった石巻工場は、一夜にして瓦礫の山と化してしまう。それだけではない。当然ながら、家族や親類を喪った人達もいれば、自宅が津波に流されて行き場を失った人達も数え切れない。誰もが傷つき、絶望的な状況に置かれ、眼前の状況に一切の希望を見出せずにいた。

そうした過酷な状況の中で、彼らは石巻の再生に賭ける。工場長として現場をリードした倉田は、瓦礫に埋もれ復旧の道筋など全く見通せない工場の悲惨な姿を前にして、それでも「半年でもう一度抄紙機を回す」という決意を掲げると、日本製紙は全社レベルで石巻の復興を支えていくことになる。いや、日本製紙だけではない。他の製紙会社や国内外の出版業界にも助けられ、そのような状況下で、石巻工場の現場を担う人間たちは、奇跡への挑戦へと邁進していくのだ。理屈だけでは到底語り尽くすことなど叶わないであろう心の挑戦、まさに「熱意の挑戦」に。

断言してしまうが、絶対に読んだ方がいい。
きっと心を揺さぶられるはずだ。これが人間の強さなのだと。東日本大震災という未曾有の悲劇の当事者にとって、それは望まれた奇跡ではなかったのだとしても、佐々涼子という素晴らしいノンフィクション作家によって紡ぎ出されたこの物語は、心で生きるということの意味を私たちに教えてくれるはずだ。


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