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[第3回]育休をとれない ~会社と家庭の板挟みになるパパたち~

こちらの記事は,『チャイルドヘルス2023年3月号』に掲載されたものです.



【はじめに】


『チャイルドヘルス』は,子どもの保健と育児を支援する専門誌として,毎号,子どもにかかわる専門職の皆さんに役立つ情報をお届けしています.
本誌の2023年1~12月(26巻1~12号)にて,連載「奮闘するパパ,揺れるパパ」をご執筆いただいた渡邊先生は,産後ヘルパーの会社を運営されています.このほか,マタニティ夫婦向け講座の「両親学級」の講師を務められたり,男性育児に関する書籍を多数出版されたりするなど,幅広くご活躍されています.
子育てを頑張りたい,でも,世間にはびこる「性別役割分業」「子育て神話」に戸惑っている……そんな迷える男性にどう向き合ったらいい? 
渡邊先生が紹介してくださる事例をみながら,一緒に考えていきましょう!


【渡邊大地先生 プロフィール】


株式会社アイナロハ代表取締役。札幌市立大学看護学部助産学専攻課程非 常勤講師。1980 年,北海道札幌市生まれ。産婦人科や自治体などで産前産後の夫婦向けの両親学級,ワークショップを実施。受講者は累計 2 万人を超える。『産後が始まった!』(カドカワ,2014),『ワタナベダイチ式!両親学級のつくり方』(医学書院,2019)ほか著書多数。


 子育て世代からよくあがるパパの戸惑いエピソードを紹介しつつ,現場でそれにどう向き合っていくべきかを考えるコーナーです。
 今回は,育休取得に苦戦するパパとママについて考えてみたいと思います。

パパたちは「育休」を知っているのか?

 
 何年も前の話です。
 私が講師を務める両親学級のなかで,パパたちに「育休は取れそうか,どのくらい取るのか」を尋ねました。
 「うちは取れなさそうです」「難しいといわれました」「1 日だけならいいといわれました」など,悲しい声が続いたなか,フランス人のパパ(妻は日本人)が,「私の会社は育休がありません」と流暢な日本語で答えました。
 育休がない,というのも奇妙な話だと思いましたが,彼がフランス人ということなので,もしかして大使館などに勤めていて,日本の法律とは違う制度のなかで働いているのかもしれないと思い当たりました。
 ところが,「大使館勤務でしたか?」と尋ねると,「いいえ,○○鉄道です」と,思いっきり地元の企業名を答えるじゃないですか。
 彼によると,フランスでは男性社員に育休の説明をしないということはありえないとのこと。しかし,いま勤めている会社では,妻が妊娠したと告げても一切育休の話がないので,てっきり自社は育休というものを放棄していると思った,というようなことでした。
 確かに,これまでは育休を積極的に周知する会社は少なかったようですし,なかには「育休」と,会社独自の「特別休暇」等を混同していて,「うちは育休が 3 日間と社内規定に書かれています」というのを聞いたこともあります(おそらく,「特別休暇 3 日間付与」のことだと思われます)。
 パパたちがどれだけ育休を正確に知っているかは,まだ不安が残りますよね。
 それに加えて,男性の育休に関する制度は目まぐるしく変わっています。
 最近の制度改正を簡単に紹介すると,2022 年 4 月から,男性社員がパートナーの妊娠・出産を申し出た場合に,会社側が育休制度をレクチャーし,取得の意向を確認するなどの働きかけをすることが義務化されました。
 2022 年 10 月からは,「出生時育児休業」いわゆる「産後パパ育休」制度がスタートし,特に出産直後の休暇が推奨されることが明確になりました。

 さらに,2023 年 4 月からは,従業員数千人超の企業は,男性社員の休暇取得状況を年に1 回公表することが義務づけられます。
 ただでさえ,育休制度はわかりづらいのに,こう何度も改正が行われるのでは,人事部の社員でさえ正確な把握は大変なのではないでしょうか。
 ちなみに,以前私も育休制度の不明点を地元の労働局に電話で問い合わせたところ,不明点を解説してくださったあとに「……あ,ごめんなさい。今のはなかったことにしてください,もう一度説明しますね」と職員でさえ間違うということがありました。


育休をめぐるパパたちの悲哀


 いずれにしても,男性社員がパートナーの妊娠・出産を申し出た場合に,会社側が育休制度をレクチャーし, 取得の意向を確認するなどの働きかけをすることが義務化されてから,間もなく丸1 年になります。理屈のうえでは,育休取得対象の働き方をしている男性であれば, だれもが育休制度を正確に知る環境が整っていることになります。

 さて,現実はどうでしょうか。
 もちろん,これを機に(または,はるか以前から)男性の育休取得を積極的に推し進め,いつ公表しても恥ずかしくない成果を上げている企業もあるでしょうし,社内の広報誌などに取得男性へのインタビューを掲載する企業もあると聞きます。
 ですが,私が両親学級をするなかで聞くのは,そんな素敵な話ばかりではありません。

●妻の妊娠を告げたら,上司から「育休制度について ネットで調べておいてね」といわれた

●月に1 回行われる育休の説明会に参加するようにいわれ,会場に行くとほとんどが女性社員で,男性の育休制度については「女性とおおむね同じです」といわれた

●育休の取得意向について人事側から「3 日もあればいいよね?」といわれた

●育休の取得意向について人事側から「ほかの人と同じくらいでよろしく」といわれた。社内の男性育休取得経験者は,ほとんど 1~3 日しか取得していない

●妻の出産時期が会社の繁忙期に当たり,社長から「業務が落ち着いてから休んでほしい」といわれそのとおりにしたが,繁忙期を過ぎて再度相談すると「もう奥さんも慣れたから大丈夫だろう」と渋られた

などなど。こんな話が,2023 年の現代に実在するんです。

 制度として認められている以上,働く側は胸を張って育休取得できますが,経営層の考え方や社風として育休を煙たがるような会社だと,あまり強く権利を主張することで会社に居づらくなると思い,涙を飲んで社風に従うパパが多いのも現実です。

 以前,ある大企業の人事の方から聞いた話です。その会社では,人事の評価が「A・B・C・D・E」と 5 段階あり,わかりやすくいうと上から順に「優・良・可・不可」,そして 5 番目は「特に会社に損害を与えたような場合」の評価で,過去に一度でも「E」を取ると,今後二度と出世がなくなる,というものだそうです。その E 判定の一例が「男性で育休を取得すること」と規定されていたといいます。数年前に廃止されたと聞きましたが,数年前まではあった,ということですから,パパたちが育休取得に臆病になるのもわかりますよね。



育休を取らないという選択肢にも理解を


 私の意見としては,育休は取得したほうがよいと思っています。
 理由は,次のとおりです。

①出産後の育児はママ一人では体力的に厳しすぎるから

②出産直後のかかわりが,その後の親子関係に大きく影響を与えると思うので,直後こそパパが子どものお世話をする時間を多くとるべきだと思うから

③会社は自分のことを一生責任もって世話してくれるわけではないので,一生に一度しかないわが子の誕生直後は家族を優先するべきであって,それを認められない会社には見切りをつけた方がいいと思うから

 でも,実際にはそんなことをいっていられないパパが多いこともわかっています。生活していかなきゃいけないですもんね。 
 それでは,現場の皆さん方は,パパにどのようなアドバイスや支援をしたらよいのでしょうか。

◉人手を頼るのも父親の仕事
 
現在の制度では,育休取得から6 か月までは,もとの給与のおよそ 2/3 が保証されます。それに加えて社会保険の免除などもあるので,給与の 80% ほどがカバーされています。仮に月給が手取り 25 万円だとすると,育休を取ると 20 万円保証されて 5 万円を失うことになります。2 か月の育休取得で 10 万円を失う計算です。
 10 万円あれば,産後ヘルパーを 10 回は頼めます。育休を取ったと思って,産後ヘルパーを利用するというのは,ママの負担を軽減する意味では有効です。

◉定時退社や早退も十分ありがたい
 
夕方以降必ずパパがいてくれる,というのもママにとっては心強いですよね。というのも,育休をしっかり取って自分の休暇に充て,「だったら働いてきてよ」と思われるケースは多々あります。それなら,メリハリをつけて仕事をきっちり切り上げ,夜の家事育児はパパが担当する,という分担にするほうがよっぽどありがたい場合もあります。


 制度が変わっても,パパたちだれもが満足に育休を取得できているわけではありません。パパたちの状況に応じて,親身なアドバイスができるといいですね!

 本連載では,皆さんからの「こんな状況のパパとのかかわりに悩んでいる」という声を求めています。現場の悩みを教えてくださいね。


【おわりに】


今回の記事は,いかがでしたでしょうか?
次回もどうぞお楽しみに!

※雑誌『チャイルドヘルス』では,他にも子どもの健康や育児に役立つ情報を掲載しております.
また,kindle,kobo,kinoppy,hontoの各電子書店で,一部の号を電子書籍として販売しております.そちらもぜひご覧ください.

 


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