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第36回 信頼関係のある職場構築のための処方箋 -職場の不整脈の傾向と対策-

 
1.はじめに
 いよいよ新しい年度が始まり、会社は新入社員を迎え入れることとなった。未だパンデミックの影響が続く現状において、新入社員も大変であろうが、受け入れる企業側も様々な苦労があるものと思われる。おそらく、ほとんどの産業において企業経営の環境は大きく変わっているものと思われ、新入社員の研修や仕事の内容にも変化が生じるものとなろう。昨年の春は、突然に襲ってきたパンデミックに混乱し、採用内定の取消しや他社への出向などが問題となったが、さすがにこの春はそのような報道は耳にしておらず、少し胸をなでおろしている。
 今回は、多くの職場の実情を垣間見てきた経験をもとに、職場で何が起こっているのか、そして、職場において信頼関係を作り上げていくためには何が必要なのかについて話をしていく。これまでの記述と多少重複する部分があるかもしれないが、改めて自らの職場に当てはまる事項がないかを確認していただき、改善への参考にしていただければと思う。

2.過重労働スパイラルに至る要因
 過労死事件においては、直属の上司のみならず職場の同僚さえも、被災労働者が長時間労働をしていたと認識していないことが多いことは、以前にも述べたところである。一定規模以上の会社では、月ごとに時間外労働手当の上限額が設定されていることが多く、そのために時間管理が行われている。当該上限時間を超えるような場合には、一切の時間外労働を禁止することや上司から個別の指示を仰ぐよう決められているところも多い。ところが、こうした環境が整えられていたとしても、一定の業務を任されている労働者の場合、任務の期限や取引先との関係の中で仕事を遂行せざるを得ないことがあり、結果としてサービス残業ないしは無届の持ち帰り残業をするといったことになる。多くの場合、直属の上司はこうした事態を認識しているが、自らの力では解決できないため、黙認するか、「早く帰りなさい」といった形式的な指示をするに留まる。上司に一定の能力がある場合には、協力する姿勢を見せるなり、上位の役職に問題点を報告するといった行動をするが、そうした能力や気力を欠く上司の場合には、見知らぬふりをして、自らの責任を回避することに奔走する。

3.業務負荷に偏重が生じる理由
 部署もしくは個人の業務負荷に偏重が生じる理由は、以下のような点にある。第1に、経営者ないしは経営幹部が各部署の業務量について正確な把握をしておらず、特定時期に一定の部署に仕事が集中するといったことに理解が及ばない。そして、例えば、組織において特定部門が力を持っているような場合には、他の部門の状況に関する関心は薄れ、それらの部署が人員不足に陥っているという情報を得ても対処が遅れる。問題が複雑になるのは、人員が足りていないという部署においても、必ずしも人数が足りていないわけではなく、仕事をできる人材が足りていないという場合である。当該部署の上司としては、職員の能力不足を公にすることははばかられるものであり、特に自分の能力に十分な自信を持てない場合には、座して事態の推移を見守るということになりやすい。すると、仕事は、能力のある労働者か、やる気や体力のある若年労働者に集中することになるが、こうした事態は、度々さらに深刻な事態を引き起こすという負のスパイラルに入る危険性がある。人員不足により一部労働者の負担が増えると、当該労働者が辞めるないしは病気になるといったことが生じ、一層仕事ができる人材が減るという結末を繰り返すのである。一般的に、一生懸命仕事する人は挫折しやすく、相対的に能力の低い人は現職にしがみつく傾向があるため、このスパイラルに入ると、職場は無能な人ばかりが残ることとなる。派遣労働者や非正規雇用労働者によって穴埋めをしようとするも、能力のある穴埋め要員は、空気を読んで限定的に仕事をするか、もしくは職務に比して待遇が悪いと感じられる場合には辞めるという選択をする。

4.人間関係の悪化する理由とそのパターン
 過重労働スパイラルのほか、職場に不整脈が生じるもう一つの原因として、職場の人間関係の悪化がある。職場での人間関係が悪化する要因は様々であるが、典型的には以下のようなパターンがあると言えそうである。第1に、経営者もしくは中心的な管理職員が、きつい物言いをするといった、パワハラ気質を持っている場合である。特に、当該人物が有能であり、一目置かざるを得ないような場合には、不満が内部に鬱積しやすく、人間関係がぎすぎすすることになりやすい。第2に、仲の悪い職員が、それぞれに周りの人間を巻き込むパターンである。いずれかのグループに属さなければ居心地が悪いこととなり、本音によるコミュニケーションはできなくなる。第3に、管理職が無能であるため、他の労働者は焦燥感を持つか、もしくは当該管理職を無視するといったパターンになる。必要な情報の伝達が滞ることや、管理職に迎合する者と反発する者に分かれるといったことになりやすい。第4に、仕事はそこそこできるが、あまりに真面目で完璧主義である労働者又は管理職がいるため、不要な仕事が増えてしまい、不満が募るというパターンである。一部においては正論であるため、批判はしにくく、裏で揶揄するといった形になり、人間関係にひずみが生じる。

5.信頼関係の構築が難しくなる背景
 言うまでもなく、組織や職場の人間関係の問題を一掃し得る特効薬などは存在しない。個人の問題と組織の問題は表裏一体の関係にあり、おそらく両方の問題点を共有し、同時に改善していくという姿勢がなければ解決には結びつかない。仕事は、多くの場合、単に賃金を得るための所業であるというに留まらず、自らのプライドをかけた生きがいになってしまうが、プライドはコンプレックスと親和性が高く、これを持ちすぎる人は依頼心や攻撃性が高まり、バランスあるコミュニケーションができなくなることが多い。一方、組織においては、部署の独立性が高くなると、あたかも人格を持つがごとく1つの性格を帯びてしまい、他所との共通理解が難しくなることが生じる。当該部署においてのみ理解される価値が生じると、内部の結束は強くなるが、組織全体としては浮いてしまうことになりやすい。

6.信頼関係のある職場にするための処方箋
 組織が、その目的のためにスムーズに動いていくためには何が必要なのか。改革の視点としては、4つあると考える。第1に、会社目標の再認識である。会社の各部署は、それぞれに異なる役割を担っているとしても、目標とする到達点は一致しているはずである。ところが、仕事が細分化していくと、自らの職務が会社の目標にどう関わるのかが見えにくくなる場合がある。経営者が訓辞を行うといったレベルではなく、各仕事の位置づけについて、研修等により再認識する機会を度々設けることが必要である。第2に、「当たり前」を見直す感覚を浸透させることである。いずれの業界にも常識があり、また、歴史ある会社には独自の「当たり前」が存在する。しかし、あらゆることが変化している現在、本当に会社組織に共通する常識などがあるかは疑わしい。「当たり前」感覚が、労働者の自由な発想を封じ込める元凶となることは多いように思われる。自由な発言を許す空気と、それを吸収して労働者の成長に結びつける包容力のある管理職の存在が、会社への愛着と労働者相互の信頼関係を構築するキーであると言えよう。第3に、仕事の属人化を徹底的に見直すことである。仕事は、組織で行うものであり、一人で抱え込むことは「無能さ」の表れであるという意識を浸透させる必要がある。意識転換のためには、仮に会社の利益になっていたとしても、管理職が無理な労働をさせていたといった場合には、厳しい制裁の対象になるといったシステムを設ける必要がある。仕事の属人化を避けるためには、組織を超えて仕事の進行を調整する第三者的な役職を設けるといったことが考えられる。第4に、職場の無関心を排除する取り組みを行うことである。パワハラやセクハラ問題が表面化する前には、必ずと言ってよいほど、何人もの傍観者がいる。自らに火の粉が降り注がないようにひたすら祈っているという場合もあろうが、他の労働者の気持ちなどには全く無関心であるといった場合も少なくない。できれば目安箱といった顔の見えないシステムではなく、オープンに問題点を指摘し合える機会を設けることが望ましい。

7.ピンチをチャンスに!
 労働者を個人として評価し、また部署同士も競争させるといった機運が強くなっている近年の会社組織において、底流に流れる不協和音を修正することは容易ではない。コロナ禍によって労使ともに苦しみを味わっている現在の状況は、組織や仕事のあり方について、膝を突き合わせて見直す絶好の機会であると言えるかもしれない。患部が重篤な事態に至る前に、手術する機会を与えてくれたと考えれば、コロナ禍の思い出も悪いことばかりではなくなるのではなかろうか。

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職場の実態を知り尽くした筆者による労務問題に携わる専門家向けのマガジンである。新法の解釈やトラブルの解決策など、実務に役立つ情報を提供するとともに、人材育成や危機管理についても斬新な提案を行っていく。

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