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第23回 パワハラ防止法への対応処方箋 -職場でのコミュニケーションへの提言-

1.なくならないパワハラ言動
 仕事を辞めたいと考えたことのある人は、8割を超えているというニュースを見た。そして、その理由として最も多いものは、パワハラまがいの言動を含めた職場での人間関係の難しさであるという。職場でのいじめ・嫌がらせは、世界中どこの国でも問題となってきたが、未だにパワハラが横行し、防止法まで制定されるに至っているといったことは、少なくとも先進国では聞いたことがない。
 上司による部下へのパワハラ行為については、裁判例や労災認定事例も多く、また、一時期、政治家や芸能人なども含めてマスコミで話題になったことから、ほとんどの会社では何らかの注意喚起を行っているものと思われる。もっとも、職場のパワハラ体質は、職業や会社の歴史に根差したと思われるような場合もあり、なかなか改善しにくいものとなることがある。しかしながら、「パワハラ防止法」(正式名称は割愛)が制定された現在、問題に対する意識は一層引き上げることを求められるものであり、会社内における業務指示や労働者間のコミュニケーションのあり方については、きちんとチェックしてみる必要がある。パワハラをテーマとするのは2回目(「いじめ・嫌がらせ」の回を除く)であるが、今回は、防止法に沿った対策として、事業主またはこれをサポートする弁護士・社労士が何をすることを求められるのかについて、具体的に話をする。

2.防止法が定める「パワハラ」の定義
 パワハラ防止法は、パワハラの定義について、①職場における優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもので、③労働者の就業環境が害されるものをいうとしている。これらすべてに該当した場合に、パワハラ行為であると判断されるものであり、例えば、言動を行った者が被害者との関係において優越的立場になかった場合、業務上の指導の範囲内であるとみられる叱責であった場合、または当該言動が行われたとしても労働者の就業環境が害されたといえない場合には、この法律が禁じるパワハラとはみなされないこととなる。もっとも、①にいう優越的な関係とは、仮に同期の同僚や部下であっても、集団で行われた言動である場合や、言動を行った者が被害を受けた労働者が従事している職務に詳しく、その協力を得なければ業務が円滑に進行しないといった関係にある場合には、これに該当するものとされており、その射程はかなり広いといえる。また、②「業務上必要かつ相当な範囲」であったか否かは、多くの場合、言動を行った者とこれを受けた者では捉え方が異なるものであり、少なくともそうした言動を受けた者がパワハラであると感じたと主張すれば、まずは、その可能性があると考えることが必要となろう。さらに、③「就業環境が害された」か否かは、言動を受けた労働者が、「能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、就業する上で看過できない程度の支障が生じるもの」であるとされているが、被害労働者本人が、同言動を受けたがために就労し得ない気持ちになったと言われれば、これも無視するわけにはいかなくなる。
 パワハラ防止法は、そうした言動を受けたとする労働者のために、相談窓口を作ることやその他必要な措置をするよう求めている。パワハラの定義は一見厳格なものであるように見えても、労働者がパワハラ言動ではないかと相談してきた場合には、その事実関係を調査・確認した後に定義に該当するような行為であったか否かが明らかになるものであることから、どのような相談内容であっても、一応これを受けて検討することが求められるものである。

3.いかなる対応が必要なのか
 パワハラ防止法は、上記相談窓口の設置のほか、当該発言者のみならず、労働者全体に対して、パワハラとなるような言動をしないように注意を喚起することを求めるとともに、事業主自身(法人の場合役員も)に対してもそうした発言をしないよう努力義務を課している。同法の要求を満たすために、事業主がやるべきことをフローとして示すと、以下のとおりとなろう。ただし、これらすべてについて、法が明示的に求めているものではない。あくまで、パワハラ言動が社内で問題になったことを想定し、最善の準備及び対応を例示するものである。
 ① 就業規則等において、パワハラとみられる言動を禁止するとともに、そのような言動を受けた場合には相談窓口に相談できる旨を規定する。その際、同相談を行ったこともしくはこれに協力等したことを理由として、解雇その他の不利益な取り扱いを受けることがないことを明記する。なお、いかなる言動をパワハラとみなすのかについても、就業規則において定義づけするか、もしくは指針の内容どおりであると明記しておくことが望ましい。
 ② さらに、就業規則において、パワハラとみなされる言動を行った者及びこれに協力した者については、懲戒処分の対象になることを明記し、その内容による処分の種類を明らかにしておく。
 ③ パワハラ相談窓口を設けるとともに、相談者、事実関係の調査者、調査方法(聞き取り対象者、調査期間)、関係者の秘密保持義務、結果の伝達方法、事実確認が困難な場合の対応策(調停申請や第三者機関への紛争処理依頼)等を就業規則、もしくはその他の規定(例えば、パワハラ防止等規則)で明確にしておく。なお、調査の結果、パワハラ言動の事実が確認された場合の事後手続き及び確認されない場合の処理方法も明記しておくことが望ましい。
 ④ 相談者については、人権への配慮や対人コミュニケーション能力についての十分な研修を行うとともに、相談の進行についてのマニュアルを作成しておき、これに沿って行うよう指導をしておくことが望ましい。
 ⑤ パワハラ言動をしないよう、労働者に研修及び広報をするとともに、アンケート調査やメールによる目安箱の設置など、問題を事前に把握する努力をする。

4.パワハラ予防と社内コミュニケーションへの考え方
 法律ができたことにより、パワハラ言動への予防策を行うことは義務となったが、仮にこうした法律がなかったとしても、この問題に対して積極的に対応することは極めて重要であることを確認していただきたい。なぜなら、パワハラは、仮に一人の個人の性格特性に根差したものであり、また、被害者が一人であるといった場合にも、組織全体を疲弊させることになりやすい。こうした言動を許す背景には、言っても無駄で、見て見ぬふりをするという組織全体の無力感があることが多く、必ず士気が落ちているといえるからである。
 とはいえ、この問題にあまり過敏になることもお勧めしない。社内恋愛とセクシャルハラスメントの境界が難しい場合があることと同様、業務の指導の範囲内の指導か否かの限界も見極めが容易でない場合がある。極度に神経質になると、もはや適切な指導や叱責ができなくなり、かえって労働者が困惑するといったことにもなりかねない。業務遂行上必要なことは適宜指導すべきであるし、問題があれば是正させるために叱責することも必要であろう。ただし、指導については、相手方は異なる考え方をしている可能性もあり、また、十分な情報を持っていない可能性もあることから、相手の意見を聞く態度を持つことが肝要である。また、叱責をする場合には、その理由となった問題に関して十分な確認を行った上で、その労働者の性格や日常の態度も加味して、冷静な態度で臨むべきである。もし、自分が感情的になっていると感じたら、必ず中立な態度をもってその労働者を擁護する立場を取る他の管理職等を同席させるべきである。

5.管理職の素養とは?
 パワハラ言動が問題となる職場は、必ずしも人間関係が殺伐とした状態になっているとは限らず、むしろ、互いに親しい関係にあると思って厳しい言い回しをしたところ、思いのほか相手が傷ついてしまったという場合も少なくない。この点、コミュニケーションが難しいといった感覚を持つ人もいようが、問題はそのようなことにあるのではない。人間関係においては、仮に家族であっても言ってよいことと悪いことがあり、ましては他人の集合体である職場において、感情的に言いたいことを言うなどということは許されるものではない。組織においては、一定の立場になると偉そうな態度をしたくなる人や自らの感情を抑えきれない人もいるが、そもそもその特性において、そうした立場に立ってはいけない人であるといえよう。仕事ができる人とは、自分より能力がある部下を上手に使いきれる人であり、がむしゃらに行動している限りにおいては、組織の上位に立つべき人とはいえないものである。

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