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短編小説

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2021年12月の記事一覧

ふたりだけの夜に

ふたりだけの夜に

 おじゃましまーす。なのか、ただいまー。なのかいつも部屋にはいるたびに考えてしまいそうこうしているうちに玄関でサボを脱ぎきちんとそろえついでに直人の安全靴もそろえて無言のままリビングに上がりこむ。ソファーにはいなくテーブルに座っているのでもなく直人は万年床のぺちゃんこの布団の上でまるで子どものように丸まって眠っていた。ゴルフウエアのままだったから、ああまたゴルフだったんだなとおもいつつ直人から視線

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クリスマス・イブの前日に

 涙があふれてしょうがない。感情がむき出しになりどうしょうもない。とにかく今の状況に心と体が追いつかない。
 薄暗い部屋。窓のない場末のホテル。たまに温度が下がって自動でスイッチが入る暖房の唸るような音だけが泣き声を少しだけだせるチャンスだった。だからそのときだけズズズと鼻水をすすりホロホロと涙を流した。
 あ、と気がつく。
 わたしはきっとこのひとを失ったら死んでしまうだろうと。
 「……な、泣

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チャルメラ

チャルメラ

 あたたかいものが冷え切っている足先にあたり、はっとして瞼をあげる。薄暗い部屋。天井からゆっくり目と体を左に向ける。比較的大きな背中をじっとみつめる。
 あれこんなに背中さ大きかったっけ? と。規則正しく上下に動いている肩に耳を澄まさなくても聞こえてくる寝息。ああそうか寝ちゃったんだ。わたしはその背中に手をのせる。滑らかでまだ水分を吸い込みそうな綺麗な肌に。
 なんじだろうか。すぐ帰るといっていた

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過信

過信

 1台空いた駐車場の向こうにわたしの大好きな男がうつむきながらスマホをいじっている。わたしがすでにいることは気がついてはいない。だからメールを打つ。
『マッサージするの? 今日?』
 あれれ。そんな顔をしニタニタしながらスマホを指でなぞっている。まだわたしの存在には気がついてはいない。
 いつも待ち合わせをするドラッグストア。午後3時。なのに駐車場は日曜日のコストコ並みに車が停まっている。店内には

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うしなう 1

うしなう 1

 ほんとうのお父さんにあいたい? 夕食を食べている最中にママがわたしの顔を見つめながらとうとつに訊いてきた。わたしは鶏の照り焼きでママは魚のフライだ。なぜかいつも食べるものが違う。
 正直、でた。またかその話。とおもいつつ、口を開くかわりに首を横にふった。
 別にあいたくないよ。そんな感じで。ほんとうにあいたくなどはないのだ。今さらだし、わたしはもうハタチ。どうでもいいといえばどうでもいいのだ。け

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