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うしなう 1

 ほんとうのお父さんにあいたい? 夕食を食べている最中にママがわたしの顔を見つめながらとうとつに訊いてきた。わたしは鶏の照り焼きでママは魚のフライだ。なぜかいつも食べるものが違う。
 正直、でた。またかその話。とおもいつつ、口を開くかわりに首を横にふった。
 別にあいたくないよ。そんな感じで。ほんとうにあいたくなどはないのだ。今さらだし、わたしはもうハタチ。どうでもいいといえばどうでもいいのだ。けれど、腑に落ちない点はいくつかあり、それをママには訊けないではいる。ママはあまり喋らない。娘なのになにを考えこのひとは生きているのだろうかと考えてしまう。それくらいに謎が多いのだ。離婚をしたお父さんはだからわたしのほんとうの父親ではない。お兄ちゃんはほんとうのお父さんの子どもだとママはいっていた。
 え? わたしはその事実を知ったとき、頭の中がパニックになった。お兄ちゃんはお父さんの子で、じゃあ? ええ? どうゆうことなの? と。
 頭の中を整理し小さな脳内で冷静になり考えた。
 ママはいわゆる『不倫』をしていたのだ。だからわたしは『不倫』の子で現実的に考えてみるとすごいことなのだ。ママは、ほんとうに好きだったひとなのよ。とうっとりした口調でいってのけるけれど、おいおいちょっと待て待て。不倫じゃないかとは口が裂けてもいえないでいる。
「そうそう、昨日さ、ドラックストアで愛菜ちゃんにあったよ」
 愛菜ちゃんはわたしの幼馴染だ。
「へー。ゆりちゃんもいたの?」
 うん、いた。わたしは鶏の照り焼きを箸でつつく。ひどく蜂蜜の味がする。ママ、蜂蜜入れすぎだよと心の中でおもう。
「ほら、2週間前にあったでしょ? 愛菜ちゃんの誕プレ持ってさ。ゆりちゃんがそのときよりもデカくなってたの」
 デカくは違うかとおもいつつそうつづけた。
「2歳前だったよね? ゆりちゃん。その時期の子はね毎日毎日大きくなってるからね。ほんとうにデカくなってたんじゃない?」
 ふっふふと口の端で笑いながらママは缶ビールをひとくち飲んだ。
「かわいいでしょ? ゆりちゃん」
「かわいいよ。うん。かわいい。赤ちゃんが欲しくなるよ」
 ええー! 彼氏もいないのにぃ? とママが笑う。
「まあそうだけどさぁ」
 図星だし肩をすくめるしかなくて甘ったるい鶏の照り焼きを口に入れた。半分で限界に達した。もう食べれない。ママ、もう無理。まずいもん。
「残して明日弁当に持っていけば」
「……」
 二の句が継げない。このひとは味オンチで昔から料理が下手。嘘と裁縫だけがうまい。
「シングルマザーかぁ」
 ママの声がテーブルに落ちる。愛菜ちゃんは、愛菜ちゃんも不倫して子どもをゆりちゃんを産んだ。好きだったけどね。今は大嫌い。ゆりにはあわせない。そういっていた。ひどく綺麗な顔立ちで男が途切れたことがない。麻友ちゃんは奥手なの? それともメンクイ? それともあっちなの? 愛菜ちゃんは笑いながらけれど半分本気モードで質問をしてくる。
「奥手」
 奥手って、ウケる。愛菜ちゃんはまた綺麗な顔で笑った。
 わたしはゆりちゃんだ。不倫相手の子どもだし女だしでなぜか他人事とはおもえない。ゆりちゃんの目ん玉はひどく澄んでいて濁りなどはなく愛菜ママしかみていなくて無垢で綺麗だった。
『ゆりちゃん。わたしたちは同士よ。がんばって』
 ゆりちゃんの手を握りしめあうたびテレパシーを送っている。きっと伝わっているに違いないとおもいたい。
「ゆりちゃんね、愛菜ちゃんのこと『パパ』とも呼ぶんだって。ママとパパ兼用してるっていってた」
 なにそれウケるね。ママが顔を赤くしてまた笑う。わたしも同じように笑った。
 立ち上がりお皿を持ってシンクにいく。
「あー、麻友。冷蔵庫からビール取って」
「まだ飲むぅ?」
 つい語尾が上がり声が尖った。テーブルの上には缶ビールの空き缶が4本とストロングの缶が2本規則正しく並べてある。ここで几帳面をだすこともないだろうに。  
 はい。飲み過ぎ注意。眉をひそめてキンキンに冷えた缶ビールを渡す。サンキューというとすぐ手に取りプルトップを引いた。
 うまっ! ママの歓喜の声が小さく耳に入る。もうなん本も飲んでいる。うまっっていうほどうまくないのだとおもう。ママは毎年毎年酒の量が増えていく。酒とタバコがあればいい。などどどこかの演歌歌手の歌のような台詞をいっていたことをおもいだす。離婚してからママには男の影はない。けれどまだ40代。わたしから客観的にみてもまだ若いっておもう。ママにはいま好きなひと。あるいは付き合っているひとはいるのだろうか。たまにいなくなるときがあるけれどそのときに男とデートしているのだろうか。恋愛は自由だし離婚をしているから誰かと付き合っていたって別に構わない。構わないけれどわたしはその男の横で微笑んでいるママの姿をみたくもないし想像もできない。これは偏見なのだろうか。ママはいつまでもママであってほしい分わたしの前では女をみせて欲しくはないなんておかしな話しだろうか。ゆりちゃんは男グセの悪い愛菜ちゃんに振り回されている。いまはいいよ。まだ小さいし。けれどさ、物心をついたときまでにはやめたほうがいいのちゃうか? それはおせっかいなのだろうか。
「お風呂はいってくるね」
 お皿を洗いタオルで手を拭きながら顔を真っ赤にしているママにひと声かける。スマホで何度も観ている映画に釘付けでその問いにこたえはなく内緒で捨てた鶏の照り焼きの甘ったるい匂いが台所中に充満している。

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