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【ホラー考察】リンフォン

リンフォン、という単語を目にしたことがあるだろうか。洒落怖の殿堂入りとして扱われている有名な短編だ。
リンフォンは、ローマ字で綴ると「RINFONE」であり、並び替えると「INFERNO(地獄)」と読める、というオチで物語は終わっている。
このリンフォンとは一体何だったのか、考察を進めていく。


リンフォンのあらすじ

男は、アンティーク好きな彼女とともに、骨董店に入り、正20面体のソフトボールくらいの大きさのパズルを見つける。店主は、ラテン語と英語で書かれた説明書を手渡し、「熊」→「鷹」→「魚」へと変形することを教えてくれた。二人はそれを購入し、変形させることに夢中になっていく。

■ 月曜日
リンフォンは熊になる。

■ 水曜日
リンフォンは鷹になる。

■ 木曜日
彼女の携帯に「彼方」という不審な宛先からの着信が来る。

■ 金曜日
リンフォンは魚のような形になるが、尾びれと背びれを上手く作れず完成しない。相変わらず不審な着信は続いている。
その夜、男は夢で谷底から這い登る裸の女に足をつかまれ「連れてってよぉ!」と言われる。

■ 土曜日
気分転換に占いに赴くが、占い師の飼い猫が異様な反応を見せる。占い師はリンフォンを凝縮された極小サイズの地獄だと言い放ち、今すぐ帰って処分しろと命ずる。
恐ろしくなり、二人はリンフォンを捨てる。後に彼女が「RINFONE」とは「INFERNO(地獄)」のアナグラムであることに気づく。

という話だ。

リンフォンの作られた地域

そもそもの前提として、説明書がラテン語と英語とあるので、日本では作られていないものとする。

そしてラテン語についてだが、基本的に現代では死語と見做していいだろう。
しかしアメリカなどではラテン語の知識は一定の教養と格式を表すものという位置付けであり、モットーや記念碑に記す言葉として選択されている。また欧州諸国では、日本での「古典」「古文」ないし「漢文」に相当する科目として存在している。

以上の事実から鑑みて、アメリカやイギリスなどの英語圏、もしくは欧州の何れかの土地にて作成されたのだろう。但し、作成された年代までを特定するには文章内からの情報がなかったため、割愛する。

またラテン語を語る上で、ともに西洋古典語と括られたり姉妹語と評されるギリシア語についても触れておきたい。ラテン文化はギリシア文化に大きく影響を受け、ラテン語の中には多くのギリシア語が入っている。このギリシア文化に関連する話については後述する。

リンフォンの変形

リンフォンは「熊」→「鷹」→「魚」に変形する。ここで説明書に出てくるラテン語に変換すると「ursa」→「accipiter」→「piscis」だ。
ちなみにギリシア語は「arktos」→「okypteros」→「ψάρι」となる。

そして、ラテン語における各単語の意味を深掘りする。

熊:ursa

ursaは、ursine の「くまのような」という意味から、「ursus」というクマの意味になり、天文学ではおおぐま座を意味する。また、「メスのクマ」という意味もある。

鷹:accipiter

様々な意味の accipiter は、フランス語である accepter という 14世紀という意味がある。また、acceptare である「喜んで取る、受け入れる」、 accipere  の「努力せずに受ける、得る」の由来もある。

魚:piscis

こちらも ursa と同様に天文学ではうお座を意味し、魚の尾を紐で結んだ2匹を示す。フランス語の poisson (ポアソン) である「魚肉」が由来ともされ、またイタリア語の pesce 「魚」ともいわれる。

以上より

おおくま座とうお座という2つの星座が出てきた以上、星座をモチーフとして作られたものとすると符号が合いそうだ。

ただし、鷹に関する星座は存在しない

しかしながら、同じ鳥類であるわし座は星座として存在していることは周知の事実だろう。
ワシとタカについては、両者ともにタカ目タカ科である。
今ではイルカとクジラのように大きい方をワシ、小さい方をタカとして区別してはいるものの、昔は同一の個体として扱われていた。
そこで、星座に関連する変形という点と、大小の差異しかないという点から、タカではなくワシに変形していると考えたらどうだろうか

鷹(タカ)ではなく、鷲(ワシ):aquilae

ワシに変形していると仮定し、ラテン語での検討においてもワシを指す aquilae を用いる。これは、天文学でもわし座を意味する。余談だがイタリアでは、都市の名前 L’Aquila (ラクイラ) としても使われる。

これでバラバラだと思われた3つの変形について、星座という繋がりができた。

考察

さて、上記を考慮して、リンフォンは「熊」→「鷹 (タカ)」→「魚」に変形するのではなく、「熊」→「鷲(ワシ)」→「魚」に変形すると仮定して考察を進めていく。

ここでラテン語とも親和性が高いギリシア語から転じ、各星座にまつわるギリシア神話を紐解いていく。

 ursa とは、おおぐま座である。
おおぐま座は、トレミー48星座の1つであり、ギリシア神話にも頻繁に登場する。月と狩の女神アルテミスに純潔を誓う従者であったカリストという娘を見初めた神ゼウスは、男性に対する警戒心の強いカリストに対し、アルテミスの姿に化け手籠めにした。そうして騙されたカリストは、ゼウスの子を身籠ってしまい、アルテミスの怒りを買う。
アルテミスに追放されたカリストは、後にゼウスとの子であるアルカスを産む。その事を知りゼウスの心を奪った彼女の美しさを妬んだゼウスの妃ヘラは、カリストに呪いをかけ熊へとその姿を変えてしまう。泣く泣く熊として森で生きていたカリストを、何も知らずに成長したゼウスとの子アルカスが射殺そうとしたところ、ゼウスが憐れんで急ぎ天へと舞い上げ、両者を星へと変えた。
そしてカリストはおおぐま座、アルカスはこぐま座へとなった。

そして、 accipiter のわし座も、トレミー48星座の1つである。ギリシア神話では、トロイアの王子である、絶世の美少年と呼ばれたガニューメーデースをゼウスの神の宴の給仕させるため、天へ連れ去るときに遣わせたワシである (ゼウスがワシに身を変えたという諸説もある)。

最後の pesce のうお座だが、これもトレミー48星座の1つだ。愛・美の神アフロディーテとその子供のエロスが、ナイル川にて開かれたオリンポスの神々による宴に招待された。その楽しい宴の場に現れた、神々でさえ手こずるという恐ろしい怪物テュフォンに襲われそうになった二人は急いで魚に姿を変え、川に逃げ込んだ。そしてお互いが離れないようにそれぞれを固くリボンで結んだ。その形がうお座の元になっている。

そして、このテュフォンの襲撃によって生み出された星座がもう一つ存在する
この宴の最中、真っ先にテュフォンに狙われ命を落としそうになっていた羊飼いの神、パーンは大慌てで変身してしまったことにより、下半身が魚で上半身は山羊という姿に奇妙な姿で逃げまどった。そして、その姿を気に入った神々はそれをやぎ座としたのだ。

以上、変形した動物の形をラテン語に直して現れた四つの星座から、リンフォンの変形は三段階ではないのではないかと類推する。

リンフォンは隠された変形がある

リンフォンは四段階の変形をする。最後の変形とは四つ目の星座、テュフォンによって生み出されたとも言える、やぎ座の山羊である。

星座にまつわるギリシア神話とは主神ゼウスの物語であり、そして宴を襲ったテュフォンは、この星座の物語に幾度となく現れるゼウスを倒した唯一の怪物であり、パーンを驚かしやぎ座を作り上げた。星座との関連は切っても切り離せないだろう。
テュフォンとは、奈落そのものとされた神タルタロスと、大地の女神ガイアとの間に生まれた子である。一説によると、テュフォンはタルタロスによって、神々ですら忌み嫌う澱んだ空間、冥界のさらに下方にあるとされる奈落へと幽閉される。この奈落こそが、地獄と言われているのだ。

結論

以上から、リンフォンはギリシア神話における星座の成り立ちになぞらえた変形をすると考えられる。つまり、
「熊」→「鷲(ワシ)」→「魚」→「山羊」
と変化し、山羊の形を完成させたが最後、やぎ座を作り上げたゼウスの宿敵テュフォン同様地獄へ幽閉される、若しくは地獄の門が開き、引きずり込まれると考えるのが道理に適っていないだろうか。

魚の形を完成させただけではおそらく地獄の門は開かなかったはずだ。

しかしながら、あの男女たちがもしも『山羊』を完成させていたら、この世にはいなかったのだろう。

いや、彼らだけでなく、我々も。


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