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白いワンピースの少女と、「ドラえもん のび太と『白百合のような女の子』」のパラドックス

日本人の多くが胸に秘める夏の日本の原風景。その中にいる白いワンピースの少女について考える。不思議なことに、知らぬ間に彼女は私の心の中にも存在していたからだ。

色褪せることのない白いワンピースの少女というファンタジー

抜けるような青空と入道雲、きらめく海、蝉時雨。田園風景を抜けるまっすぐな道、寂れたバス停、誰もいない神社。ひまわり畑、あぜ道と用水路、むせかえるような夏の匂い。

そんな日本の少年時代の原風景に現れるのが「白いワンピースの少女」だ。きっと黒髪ロングでスーツケースを引いて麦わら帽子を被っている。

現代に至るまでこの白ワンピ少女のイメージは受け継がれ、Pixivでも2021年に特集記事が掲載されている。

使い古され、使い回されながらも心の奥底に潜むこのイメージは何なのだろうか。そしていったいどこから私たちの原風景に滑り込んできたのだろうか。

白ワンピ少女はどこから来たのか

これについては、ネット上ではいろいろな議論がすでになされているが、最も興味深いのが2018年のこの連ツイでのやり取りだ。

「風立ちぬ」を筆頭としたサナトリウム文学に登場する病弱な少女や、モネの「日傘をさす女」の描写などが下地となって脈々と受け継がれ、アニメやマンガ、さらにいわゆるエロゲを含め多方面でアイコンとして定着していったというものだ。

白ワンピの少女には明確な元ネタが存在しておらず、夏の原風景の中に溶け込みながら作り手のイメージの上で踊るように今日まで受け継がれていると言える。

The Boomの「からたち野道」の中で脳内再生され、井上陽水の「少年時代」でもそんな描写はないのに風景の中に立ち現れる。

田舎暮らしをしたことがなくても、不思議と胸に迫る郷愁をまとい、彼女らは静かに佇み、時に振り返って微笑む。

私の中の「白いワンピースの少女」はどこから来たのか

そう考えると、白ワンピの少女は多くの人々の心の中に存在し、それぞれの来歴で何処より来たりしイメージということになる。

どの作品で出会い、印象が刻み込まれたのか。世代でも触れてきた文化でも大きく違うだろう。

私の中での彼女との出会いは、ドラえもんの「白百合のような女の子」だ。

ドラえもんを偏愛し、コミックスを片っ端から集めていた私にとって、タイムマシンを用いて戦中に学童疎開した父親、のび助に会いに行くエピソードは事のほか印象深かった。

この作品の時点で既にアイコンとなっていたことがうかがわれる白ワンピの少女は、とある夕暮れのび助にチョコレートを渡す。

「この世界の片隅に」を思い出すまでもなく、疎開が行われていた時点で、チョコレートは間違いなく高級品だ。大人になっても繰り返し思い出すほど印象深い出来事であっただろう。

そしてこの作品に、藤子・F・不二雄は非常に面白いパラドックスを仕込んでいる(以下ネタバレあり)。

野比のび太が先か、野比玉子が先か

結論から言うと、この女の子の正体は過去に戻り、少女の写真を撮ろうとしたのび太である。

ひみつ道具によるハプニングで髪の毛が伸び、干してあったワンピースを着た結果、のび太は「白百合のような女の子」となる。

そして、ドラえもんがたまたま持っていたチョコレートをのび助に渡し、その瞬間の写真が撮影される。

ワンピースの少女からチョコレートを渡された歴史が先か、その話を聞き、その瞬間を写真に収めようというエピソードが先かというパラドックスがここにはある。

父親から思い出話を聞かなければ、のび太とドラえもんは過去のその時点に戻ることはなく、チョコレートをあげることもなかった。

ここに思い出が語られることによりエピソードが発生するというタイムマシンの円環のパラドックスがある。

そして、実はこれに隠れてもうひとつのパラドックスがあるのだ。

のび太はのび助と妻の玉子との子どもだから、当然玉子の面影がある。しかものび太はどちらかといえば玉子似に描かれている。

そして、白百合のような女の子の強烈な体験が、のび助の女性の好みに影響を与えた可能性がある。現代まで語り続けるのだから十分あり得る話だ。

大人になって玉子と出会った際にも、この女の子への憧憬が残っていた可能性があるのではないか。

つまり、のび助は玉子の面影のある女装したのび太の顔(=白百合のような女の子)を玉子に重ね、恋に落ちたのではないだろうか。

妻との間の子どもの顔が異性の好みに影響し、妻に恋するきっかけとなったなら、これは非常にロマンチックなパラドックスと言える。

もちろん作品中でそうした言及は一切ない。完全に私の妄想だ。だが、あの藤子・F・不二雄である。背後にそうした2つ目のパラドックスをこっそりと潜ませていたのではないだろうかと思うのだ。

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