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2012チルドレン 人類滅亡案

 視界がぼやけている。誰かが柊一に呼びかけている。

「おい! 大丈夫か」

 意識を取り戻した柊一。目の前にいる男性は「良かった」と安堵する。

「こんな寒い夜にどうした? 具合でも悪いのか?」

 彼は柊一に優しく接する。

「ここは……」

 見覚えのない場所。さっきまで自分はビル街にいたが、ここはどこかの河川敷。川の流れる音が聞こえるほど静かな場所。

「もしかして記憶失ってんのか」
「いや記憶は失ってないです。でも、さっき自分はビルにいて」
「ビル? やっぱり記憶喪失じゃねーか。名前は? 家は?」

 自分を名乗る柊一。住所を伝えると男性は家まで送ると柊一を車に連れて行く。「待って下さい」と柊一は自分のかばんがないことに気づく。そして、辺りを探してもそれらしきものがない。

「多分、盗まれたな。明日、交番に遺失届出しに行こう」

 探すのを止めた柊一は男性の車に乗る。男性はナビに柊一の住所を入力して車を走らせた。

「あっ俺の紹介まだだったな。俺は南雲晴久。今年26で今はフリーター」
「今年26ってことは俺より一個年上ですね」
「じゃあ東君だっけ? 今、25歳?」
「21日で25歳です」
「じゃあ明後日か」

 柊一は「明後日?」と疑問に思う。確か今日は15日で誕生日まであと6日もある。

「あの南雲さん。今日は15ですよね」
「何言ってんだ。今日は19日。もしかして、四日間もあの場所で倒れていたのか。それはないか」

 車を走らせて数十分、目的地についた。ただ二人の前に見えたのは建設中の現場だった。
 どういうことなのか。両親からは工事の話を聞いていない。そもそも家が完成していない。

「やっぱり病院行くか? 酷いぞ」
「大丈夫です」

 そう。至って自分は正常だ。しかし南雲は記憶喪失を疑い心配している。

 南雲の家はワンルームで一室の壁にあちこちと貼られている紙が見えた。殴り書きでまともに読める字ではなかった。

「まあ気にせずに。どっちがいい?」

 南雲は醤油味と味噌味のカップ麺を持ってきた。柊一は醤油味を選ぶ。

「いつもカップ麺?」
「男の食事なんてこんなもんだろ」

 湯を注ぎに行く南雲。テレビをつけると懐かしいバラエティ番組が放送されていた。
 二人分のカップ麺を持って戻ってきた南雲に気になっていたことを聞く柊一。やはり、あの壁に貼られている紙についてだった。

「あれは全部ゲームのネタ。ギャンブルの漫画とかであるやつ」
「それを考えてどうするんですか」
「南雲企画って会社を立ち上げて、実際に大規模なゲーム大会をする」

 南雲は夢を語る。柊一は南雲企画という言葉をどこかで耳にしたが、思い出せない。

「どっかで聞いたことあるんですけどね、その南雲企画って」

 しかし南雲はあり得ないと口にする。

「このことはまだ誰にも話していない」

 味噌味のカップ麺をすする南雲。柊一も手を合わせて頂く。
 ふと、柊一は積み上がっている新聞に目を向けた。一番上のものを手に取る。

「2012年……平成24年……?」

 積まれている新聞の日付を次々と確認する。すべてが2012年のものだ。南雲はなぜ、こんなにも保管しているのだろうか。でも薄々、柊一は感じていた。

「今日は何日でしたっけ?」
「12月19日」
「年は?」
「2012年」

 柊一は理解するのに時間を要さなかった。同窓会の日、河野が言ったことを覚えている。柊一はどうやら、タイムスリップしたみたいだ。

「もうすぐ、二十日になるけどな」

 テレビ台に置かれた小さな時計はもうすぐ午前十二時になろうとしていた。二十日といえば、あの事件が起きる日だ。

「南雲さん。明日……二十日の午後8時半にある中学校の前で待ち合わせしてもいいですか」
「明日の8時半? 別に予定はないけど、中学校って?」

 詳しいことは話さなかったが、柊一は成神が転校した中学校を南雲に教えた。もし自分が元の時代に戻って、行けなくなったとしても南雲がいる。彼がいれば、何か変わるかもしれない。事件が起きたのは午後21時。三十分前に到着すれば大丈夫だろう。その前に一度、人類滅亡案について当時の自分に聞きたいことがあった。
 柊一は申し訳無さそうに、南雲からお金を借りる。

「明日、交番に行くんだろ」

 柊一は否定する。自分は未来から来た人物だ。警察に嘘をつくわけにはいかないし、本当のことを話すこともできない。ややこしくなるだけだ。

「かばんは明日、自分で探します」
「探しますって……まあ、東君がそれでいいなら別にいいけど」

 見つからなかったとしても、お金は未来に戻ってから返せばいいと柊一は思っている。

[2]

 自分が通っていた中学校に来た柊一。下校する生徒の中に少年時代の河野を見つけた。

「河野!」

 咄嗟に声をかけてしまった柊一。向こうは十年後から来た柊一のことを知らない。

「誰ですか?」

 当然の反応だった。

「東柊一君の知り合いなんだけど、柊一君は?」
「もしかして、あなたが十年後の東ですか?」

 少年時代の河野は柊一がタイムスリップしていることを知っているようだった。彼はかばんからノートを取り出して何かを書き込んでいる。表紙には「2012年」と太字で書かれている。あれが例の日記だった。

「あのタイムスリップの方法とかは? もしかして、タイムマシンで来たとか」
「ごめん。柊一君は?」

 日記を閉じてかばんにしまう河野。彼は大きい封筒を柊一に渡す。

「東はインフルエンザで休んでます。会いに行くのならこれお願いします」

 柊一は思い出した。中学三年の頃、二学期の終業式前にインフルエンザにかかって休んでいたことを。河野が柊一に渡したのは配布物だった。
 彼は「さよなら」とその場を去ろうとする。

「ちょっと待った!」
「はい、何ですか?」
「河野は何で俺が十年後の東柊一だってわかったんだ? 俺は以前にもタイムスリップしたことがあるってことか?」
「それはわかりませんけど、東が言ってたんで。また未来の自分が来るって」
「それ、いつの話?」
「夏祭りの時に会ったって言ってましたけど」

 全く見に覚えのない柊一。河野は帰っていった。

 今の時間帯は仕事で両親がいない。今はもうない昔に過ごしていた一軒家を懐かしく思う柊一。チャイムを鳴らす。二回鳴らしても反応がない。でも、家にいるはずでもう一回鳴らす。
 玄関の扉が開いて少年時代の柊一が顔を出した。

「はい、東ですけど」
「えっと……俺は十年後の君だ。東柊一だ」
「あ、やっと来た」

 その時、すべて思い出した柊一。十年前の自分は十年後の自分と出会った。そして、夏祭りの日にも十年後の自分が来た。でも、鮮明に覚えているわけではなかった。ただ薄っすらと、大人姿の自分がピントがズレたカメラのように浮かんでいるだけ。今の柊一はまだ夏祭りの時の少年柊一と出会う前である。河野が言っていた通り、少年柊一は十年後の自分が来ることをわかっていた様子だった。
 自分の部屋に招かれる柊一。当時、この部屋で生活していた記憶が蘇る。入ってすぐに勉強机が見え、横にベッドが置かれている。左手の壁にクローゼットがある。

「未来の俺が来るのを待ってたんだよ」

 少年柊一は机の引き出しからノートを取り出して柊一に渡す。

「これは?」
「何言ってんだよ。未来の俺が『某国について調べておいてくれ』って言うからまとめてたんだよ」

 頼んだ覚えのない柊一はペラペラとノートを開く。そこには某国についてあらゆる情報がまとめられており、2012年初めに起きたウォームウイルス感染症のことも書いてあった。

「それで十分? 結構、大変だったんだから」
「あのさ、夏祭りの時に初めて会った俺は君とどんな話したっけ?」
「だから、某国について全部調べて欲しいっていうのと、あとまた未来の自分が来るって話。それ以外は何も」

 少年柊一は「はい」とノートを差し出すが柊一は受け取らなかった。今の柊一には必要なかった。

「それは君が持っていてくれ。俺のためにもそのノートは書き続けてくれ」
「えっ、本当に大変なんだけど」

 文句を言いつつも机にノートを片付ける少年柊一。
 本題に入る柊一。

「君に会いに来たのは人類滅亡説についてだ」

 人類滅亡説は岡島発信で考えられたものだった。当時の自分はその存在を知らなかった。もちろん今、目の前にいる少年柊一も全く知らない様子だ。現に彼は「マヤ文明の?」と答えた。柊一が求めていた答えはそれじゃなかった。

「さて、なんのことだか」

 体が怠い少年柊一はベッドに戻り、横になる。再度、少年柊一に確認する。何度も「知らない」と答える。

「もういい? 頭痛くて」

 掛け布団に包まる少年柊一。部屋から出ようとした時、忘れていたことを思い出す。

「俺がタイムスリップしたこと、誰かに話したか? 河野は知ってたぞ」
「話しても誰も信じない。河野以外には話していない」

 それ以上は尋ねなかった。少年柊一は体調を崩しており、今は安静にさせておくべきだ。

 約束の時間に遅れて午後20時45分。辺りは街灯が少なく真っ暗だった。まだ南雲は来ていない。待っている間、事件のことを思い出す。その途端、柊一は校門を飛び越えて校舎の中へ侵入する。午後21時頃に通報が入ったという事は既に事件が起きているかもしれない。
 屋上へと向かう柊一に襲いかかる激しい頭痛は立っていられないほどで足が止まる。立ち止まっている時間はなく、痛む箇所を手で押さえ、手すりを使って階段を登ってゆく。柊一が登っていた階段は屋上に出る扉がなく、別の階段を探す。廊下を歩いていると遠くで人影が見えた。その方向に階段を見つけ、柊一は登る。踊り場で血相変えた女子と柊一はぶつかる。声をかけようとするも、彼女は急いで階段を降りて行った。
 屋上に繋がる扉が開いている。そのまま屋上に出るが誰もいない。遅かったのかもしれないと、柊一は下を見る。転落した成神がいた。
 急いで階段を降りる柊一は足を滑らせ、雪崩のように転げ落ちる。意識は遠くへといってしまった。

[3]

 目覚めた柊一はこの場所に見覚えがあった。ブルーシートに囲まれたそこは湯舟が寝泊まりしている小屋。

「おう! やっと目覚めたか」

 部屋の入り口から顔を出す湯舟。ペットボトルに入った水を受け取った柊一は少し口に含む。

「まさか……これ川の水じゃないよな」

 柊一の違和感は的中した。寒い中、湯舟が柊一のために汲んだ川の水だった。

「まあ死なへんから大丈夫や」

 そういう問題ではなかった。自分がなぜこのいるのか湯舟に聞く。どうやら近くの公園で倒れていたらしい。

「なあ成神のこと覚えてるか?」
「忘れるわけないやろ。転校先で自殺した」

 何も変わっていなかった。結局、待ち合わせの約束をしていた南雲とは会っていない。あの後、どうなったのか気になっていた。

「じゃあ帰るわ」
「ちょい待て」

 湯舟は枕元に置いてあった置き時計を柊一に見せる。時間は0時を過ぎており、電車は走っていない。

「歩いて帰るつもりか? 今日はここに泊まっていけ」
「無理だろ。凍え死ぬ」

 深夜のこの寒い中で寝泊まりできる環境ではなかった。たが、湯舟は強引に柊一を泊まらせた。

 早朝に叩き起こされる柊一。寝れないと思っていたが、いつの間にか眠っていた。くしゃみをして風邪を引いてしまったのではないかと思う。
 湯舟に連れられて向かった場所は近くの公園のトイレだった。

「顔洗うか?」

 湯舟は使い古されたタオルを差し出すが柊一は断る。慣れた動作で洗顔と歯磨きを洗面所で行う湯舟。柊一は個室で用を足す。顔を拭う湯舟の隣で手を洗う。

「うわぁ! 誰?」

 急に大きな声を出す湯舟に驚く。鏡に映る女性を確認して振り返る。渋沢由紀だった。

「まあ気にしないで」
「こっちが気にする。で、誰」

 目の前にいる女性が渋沢由紀だと紹介する柊一。

「あー渋沢か」
「ちょっと湯舟。あんた失礼じゃない。私はあんたのために貴重なお金を……」
「何か用事でも?」

 事が大きくなる前に遮った柊一は渋沢がここに来た理由を尋ねる。

「茜から連絡があって、東に用があるみたい。で、近くのバーガー店にいる」
「茜って……」

 湯舟の足を強く踏んだ柊一。湯舟が何かを発言すれば、渋沢を刺激させると思ったからだ。二人は神崎茜が待っているというバーガー店に向かう。

 店内を見渡して神崎らしき女性を探す。渋沢からは緑色のコートを羽織っていると聞いていた。

「あの女性が神崎ちゃう?」

 湯舟が指差した方向に顔を向ける柊一。その女性は口いっぱいにバーガーを頬張っており、大食い選手並みに商品を注文している。口に含んだバーガーをドリンクで流し込んでいる。表情が険しく、やけ食いしているように見えた。

「けど、大食いのイメージないけどな」

 彼女が座る椅子の隣に緑色のコートがかけられている。おそらく、彼女が神崎だろうと声をかける。

「君が神崎茜?」
「東じゃん! 久しぶり!」

 周りの客を気にせずに大きな声で挨拶する神崎。向かいの席に座る柊一と湯舟。

「東じゃんって神崎が呼んだんだろ」
「そうそう……で、その隣の汚い男は誰?」

 自分を名乗る湯舟。

「まあ湯舟は呼んでないけど、人は多ければいいか」

 神崎はコートのポケットから小さく折られた紙を柊一に渡す。

「南雲企画って知ってる? 今、ネットで話題になっていて私もそのゲームに参加してる。ちなみに前回のゲームで優勝した」
「マジかよ」

 神崎は自慢げに話す。柊一は南雲企画のパンフレットを見て南雲晴久のことを思っていた。

「この南雲企画の代表って、南雲晴久さん?」
「あっ知ってた? じゃあ話が早いや。南雲さんが次のゲームに東を誘っといてほしいって言ってたから、よろしく」

 神崎はポテトを2本ずつ取って口に運ぶ。パンフレットを見るとゲームの開催日が明日になっている。柊一も今の彼に会って色々と聞きたいことがあった。

「そういえばさ、原田の連絡先知ってる?」

 柊一と湯舟は顔を合わせる。

「知らない? 知らないならいいけど」
「原田は亡くなったんだ」
「そうなんだ」

 神崎の返事はあまりにもあっさりしていた。

「あっさりしてんな」
「大体予想はつく。原田が亡くなった原因は東京血の海事件でしょ? そんなの防ぎようないじゃん」

 サラッと重要なことを話す神崎。柊一はそのことについて追究する。

「東京血の海事件が起きた日、私は南雲企画のゲームで渋谷にいた。その時に原田と会った」
「何を話したんだ?」
「特に何も。私が原田から一万円を借りただけ。で、返そうと思ってたんだけど」

 神崎の言っていることが正しければ、神崎はなぜ感染していないのか。当然、本人に聞いてもわからない。

「私と一緒に行動していたおっさんも東京血の海事件の被害者と同じように亡くなったし、他にも南雲企画のゲームに参加していたプレイヤーの多くが命を失った」

 東京血の海事件は、東京渋谷を中心にあちこちで人が血を吐いて倒れている姿が目撃されていたと報道でやっていた。

「その原田と何時に会ったとか覚えている?」
「確かじゃないけど、朝の九時ぐらいかな。それから私はすぐに渋谷から出たけど」

 事件が起きたのは午後三時頃。午前九時に渋谷で出会った原田と神崎。東京血の海事件で原田は被害に遭ったが神崎は何もない。

「その話は一旦終わりにして、ゲームの賞金の取り分八割は私でいいよね」
「それほぼ全部やないか!」
「当たり前でしょ。私が紹介したんだから」

 口いっぱいにバーガーを含んだ神崎はスマホに表示された時刻を確認するや急いで店から出た。
 二人も店を出る。

「で、柊一は参加するんか? そのゲーム」
「南雲さんに呼ばれているそうだし、俺も会って聞きたいことがある」
「じゃあ俺も参加するわ。そのゲーム」

 柊一は湯舟の寝床に向かっている途中に自分のかばんを無くしていたことを思い出す。あるとすれば、あの時の雑居ビル。ただ今いる場所から距離がある。移動手段は徒歩しかない。
 湯舟と別れた柊一はあの雑居ビルに向かった。

 目的地に着いた柊一は周辺をくまなく探すもかばんは見当たらなかった。
 その場から立ち去ろうとすると一台のバイクがビルの前に止まる。その主は片桐だった。彼は柊一のかばんを持っていた。

「柊一のかばんだろ」

 渡されたかばんを受け取る柊一。

「片桐。何でここにいるんだよ」
「昨日、このビルの屋上で柊一が襲われているのを見たからな。で、かばんを取りに来るだろうと思って来た」

 片桐は話を続ける。

「それでここから落ちた後にどこ行ってたんだ? もしかして、過去か」

 頷く柊一。タイムスリップしたことを片桐は知っている様子だった。

「本当にそんなことが起きるのか……夢でも見ていたんじゃないか」

 片桐は柊一の言葉を信じていない。

「河野から聞いたのか? タイムスリップのこと」
「いや違う。柊一を屋上から突き落とした奴の顔を見た」

 その正体を尋ねる柊一。覚悟はしていた。片桐が告げた名前は柊一の知る人物だった。中学三年生の頃、同じクラスだった岡島伸介。

「中学生の頃、岡島は柊一からタイムスリップのことを聞いたらしい」

 全く記憶にない柊一。そもそも未来の自分がタイムスリップして来たことも覚えていなかった。
 てか、少年柊一は誰にも言っていないと答えていた。河野以外の人間にも喋っているのではないか。

「今日の原田の葬儀に岡島も来る。岡島の奴、あれからずっと後悔してたぞ」

 ヘルメットを被った片桐はバイクに跨り、エンジンをかける。

「会場はメールで送ってるから確認しろよ。じゃあまた」

 片桐はバイクを走らせた。片桐のメールを確認した柊一。夜に行われる葬儀までまだ時間があり、準備に取り掛かる。

 正装に着替えた柊一はファッションブランドのロゴが入った紙袋を手にもって湯舟のところに訪れた。小屋から顔を出した湯舟はめんどくさそうにしていた。

「なんや。暇なんか?」
「今日、原田の葬儀があるから湯舟も来い」

 柊一は手に持っていた紙袋を湯舟に渡す。中には上下セットのカジュアルスーツに靴も用意されていた。

「これはなんやねん」
「そんな姿じゃ参列できないだろ。この近くにネットカフェがあったはず。そこで体も綺麗に洗え」
「太っ腹ですなー。了解了解」

 近くにあるネットカフェで格好を整えた湯舟。湯舟のサイズがわからず、心配していたがピッタリと着こなしている。

「久しぶりにキッチリした服装したわ。てか、俺ネクタイないけど」

 ネクタイは売っていなくて用意していなかった。
 二人は原田の葬儀が行われる会場へと向かう。

[4]

 葬儀場に到着すると片桐と河野の姿が見えた。その隣にいるのは中学時代の面影が残っている岡島だった。彼は柊一を見つけるとすぐに駆けつけて頭を下げた。

「ごめん。ビルから突き落としたの俺なんだ。謝って済む問題じゃないっていうのはわかってる」

 こっちに歩いてきた片桐が岡島の肩に手を置く。

「話は後だ。始まるぞ」

 葬儀場の館内へと入る柊一たち。参列者は焼香を済まし、柊一に順番が回ってくる。原田の両親に一礼して、目の前には笑顔を見せる原田の写真がある。
 皆がいる場所へ戻ってくる柊一。前の同窓会に参加していた加賀、田所、重岡に四条も遅れてやって来た。

「原田の両親も辛いだろうな」

 柊一の隣に立つ加賀が口を開く。

「息子二人、亡くなったんだから」

 原田に弟がいたことを思い出した柊一。中学時代、病気で弟が入院しているという話を聞いたことがあった。その弟は既に他界していた。
 柊一たちが集まるところに原田の父親が来た。

「片桐君。息子の自宅からこういうものが出てきて」

 原田の父親は片桐に宛てられた手紙を渡した。片桐はすぐに封を開け、中身を確認する。そして、その場にいた柊一たちに見せる。

 「2020年、日本はウイルスによって滅亡する。まずは東京。渋谷スクランブル交差点で多くの命が亡くなる。そして、ウイルスの脅威を知った国民に告げられる。次は大阪。
2020年12月21日、大阪を中心にウイルスが全土に広まる。この日、日本が終わる」

 それは人類滅亡案だった。

「これ、俺が考えたやつじゃない」

 この人類滅亡案に全く見に覚えのない岡島。用紙を見た感じ、コピーされたもので原本が他にあると思われる。岡島じゃないのなら、誰が考えたものなのか。なぜ、原田がそれを持っているのか。

「普通に考えたら原田なんだろうけど、なら生きてるよな」
「でも、自分だと思われないように犠牲になるってこともあるだろ」
「それはない」

 重岡と四条の会話の中に割って入る片桐。東京血の海事件が起きた日、片桐は原田と会う約束をしていた。ただ理由はそれだけではなかった。ポケットからスマホを取り出した片桐はある動画を見せる。

 「12月21日、日本は大阪を中心にウイルスによって滅亡する」

 ひょっとこの仮面をつけた人物が人類滅亡を予告する短い動画。

「これが送られてきたのは原田が亡くなった後だ」
「けど、事前に動画を撮っておいて送ることもできるよな」

 片桐に突っかかる四条。

「まあ一つだけわかっていることは、また東京血の海と同じようなことが起きるってことだ」

 話を聞いていた河野が最後に述べた。
 帰り際、背後から加賀に声をかけられた柊一は振り向く。

「この前、同窓会の時に撮った写真。渡しておく」

 ありがとうと写真を受け取る柊一。

「グループに写真送ったんだけど、東は入ってなかったから」

 加賀は不満げに言わず、どこか嬉しそうに話す。

「今の時代はデジタルでさ、写真を現像することはなくて。やっぱりいいよな、写真は」

 加賀は先を歩く。二人の会話が終わるのを待っていた片桐と岡島。

「俺をビルから突き落としたのには理由があるんだろ」

 柊一は優しく岡島から理由を尋ねる。

「電話があったんだよ。東京血の海事件が起きた後」

 東京血の海事件が起きた後、岡島に一本の電話が入った。内容は亡くなったはずの成神信二の捜索。

「成神は中学の時に自殺した。どうやって探すんだよって。でも、奴は脅してきた。人類滅亡案を考えたのが俺だということを世間に公表すると」

 追い詰められた岡島は中学の時、柊一が未来の自分がやって来たという話を思い出した。当時、その方法までも聞いていた岡島は柊一を突き落とした。過去に戻れば、成神の行方がわかるのではないかと期待を持って。でも、何も変わっていない。

「柊一はどう思う? 東京血の海事件はやっぱり俺のせいだよな」
「当時の岡島たちの会話が原案になったのは確かかもしれない。でも、お前は犯人じゃないだろ」

 頷く岡島。

「だったら、そんなに自分を責めるな。俺たちがこの問題を解決すればいい。突き落とした件も今、俺は生きてる。気にするな」

 岡島は「ごめん」と何回も柊一に感謝した。隣にいた片桐は柊一に一枚の写真を見せる。それは中学生の柊一たちが写っている夏祭りの写真。

「あの動画を見た時、この写真のことを思い出した。ひょっとこのお面を被ってるの柊一だよな」

 片桐が言ったように、写真に写る中学時代の柊一は頭にひょっとこをお面を被せている。しかし、あれは誰かが柊一に被せたもので自分は買った覚えがない。でも、その誰かの顔が思い出せない。
 写真にいるのは二列目左から、
 片桐、重岡、四条、原田、崎本。
 一列目左から、
 柊一、田所、成神、河野、岡島。
 この写真を撮ったのは写真好きの加賀である。
 この中に柊一にお面を被せた人物がいる。

「何か思い出したら連絡くれ。こっちも色々と調べているから」

 柊一は畑山のことについて尋ねる

「大学は突き止めた。だがそれ以上に、重大な情報を手に入れた」
「重大な情報?」
「ああ……畑山が通っていた中学校だが、成神が転校した学校だ。今のところ、接点はそこだ」

 畑山から中学生の頃、いじめで自殺した生徒がいたということは聞いていた。それが成神のことだったとは当時の柊一は知らなかった。片桐は続けて話す。

「東京血の海事件は俺たちが思っている以上に複雑なのかも知れない」

 片桐と岡島は帰る。

 その晩、動画投稿サイトにひょっとこのお面が告げる日本滅亡の予告が上がった。SNSの急上昇ワードとなり、朝の情報番組にも取り上げられる。動画のコメント欄、SNSではイタズラだという発言が多い。東京血の海事件を起こした犯人として発表された畑山は亡くなっている。世間は混乱とし、いろんな憶測が飛び交っている状況。
 情報源がテレビと新聞だけの柊一はそんなことになっているとは知る由もない。
 普段通りに朝早く起きた柊一はすぐ外に出れるように支度する。今日は南雲企画のゲームが開催される日。現在の南雲は四十歳手前だろうか。そんな事を思いながら朝食を済ます。テレビをつけるとひょっとこの話題がやっている。
 柊一はすぐにテレビを消し、集合場所の駅へと向かう。湯舟と神崎は既に到着していた。ゲーム会場へ向かうバスに乗る三人。

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