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2012チルドレン 2012チルドレン

 南雲企画のゲームにクリアした湯舟が手にした情報を持って河野の家に訪れていた二人。
 USBに入っていたファイルを開く河野。表示された情報は成神の写真付き履歴書だった。氏名は杉本信二となっている。

「苗字が杉本になってるけど、成神やんな」

 湯舟が名前の欄を指差した。河野がずっと探していた成神は生きていた。

「東。成神は生きていたんだよ」

 柊一はこの名前に聞き覚えがあった。高校生の頃、杉本信二って転校生がいたことを思い出した。滅多に学校に来ていないことで周りは噂していた。一度、杉本信二と話したことがあったが、あの時の柊一はとにかく誰とも関わりたくなかった時期で無気力だった。

「高校の時に話したことがあるって、そこで気づかんかったんか?」
「その時は新聞読んでて杉本信二の顔を見てない」

 河野は履歴書を読み上げていく。成神は高校卒業後、北海道にある大学に進学し、その後は一般企業に就職している。現住所も北海道である。

「成神に会いに行くってなったら、北海道まで行かなあかんのか?」
「僕は行くよ。成神をずっと探していて、やっと手かがりを見つけたんだ」

 河野はすぐに時間を空けて成神がいる北海道に向かうつもりでいた。
 成神を探している人物は他にもいた。岡島に成神の捜索を指示した人物だ。成神に会うことができれば、その謎が解けるかもしれない。
 柊一は湯舟と河野に成神を探している人物が他にいないか聞く。

「成神のことを気にしてたのは僕と片桐、東だけじゃないかな。卒業式の後、三人で成神の家まで行ったことあるし」
「俺も心当たりないわ。成神はお前らと仲良くて、いつも一緒に行動してた記憶しかない」

 高校生の頃、声をかけてきた杉本信二が成神だったのなら、なぜ柊一に自分を名乗らなかったのだろう。
 


 紅葉が綺麗に見える中庭にあるベンチで横になっている柊一は新聞紙で顔を隠していた。いつも親から読めと言われている新聞を持ち歩いていた。

「君、東柊一君だよね」

 声をかけてきた男子は横になっている柊一の隣に座る。顔が見えないのによくわかったなと内心思う柊一。彼は「それで読めるの」と口にしたが柊一は何も答えない。

「三年一組の杉本信二っていうんだ」
「そうなんだ」

 名前は校内の噂を聞いて知っていた。最近、転校してきた男子が成績優秀で有名になっていた。信二って名前、昔の友達と同じだなと思いながらも口にはしなかった。

「この学校で起きた事故のこと、聞いたよ。畑山君が退学したって」

 柊一が言えることは何もなかった。自分は畑山を傷つけた。

「報道ではいじめと関係ないと言ってたけど、あったんじゃないの」

 杉本はやけに畑山のことを話す。それからも話を続ける。

「過ぎ去った時は取り戻せない。だけど、未来を変えることはできる」

 その言葉を残して杉本は去っていった。その直後、柊一は起き上がった。あの時の畑山と同じことを杉本は言った。それが杉本との最初で最後の会話だった。

 柊一と湯舟は越智が入院している病院に来ていた。月野が交通事故に遭った報道を聞いたのは今朝だった。二人は越智のことが心配になっていた。

「多分、委員長は俺らがゲームに参加したこと知ってるやろうな」
「それはそうだろ。あの場で月野さんと会話できていたんだから」

 二人が会話しながら病院の中へ入ると前方から見覚えのある男性二人が向かってきた。片桐と岡島だった。それに気づいた湯舟がすぐに声をかける。

「お前らも委員長のお見舞い?」
「委員長?」

 岡島が首を傾げた。

「越智のことだよ」
「俺と片桐は……」
「ああ、そうだ。越智の見舞いに来た。じゃあな」

 片桐と岡島は急いで病院をあとにした。

「出て行って!」

 越智がいる病室に近づくと彼女の荒げる声が聞こえた。病室から出てきた母親に会釈する二人は病室の中に入る。

「やっほ委員長。久しぶりやな」

 二人に気付かれないように袖で涙を拭った越智は笑顔で二人を迎えた。柊一も「久しぶり」と声をかける。

「驚いた。二人ともどうしたの?」
「月野さんがまさか委員長の旦那さんだったとは知らなかった」
「東君には言ってなかったからね。そもそも会うの中学以来だし」

 心配して来たものの何を言えばいいのかわからなかった柊一。対して湯舟が中学時代の思い出話で盛り上げる。

「月野さんが言っていた。お金ではなく、社会的地位じゃないといけないって」
「そう。二人は私のお母さんがどんな人が知っているでしょ? 周りの目を気にする人で隆弘さんと出会ったのもお見合いだった。お母さんが用意したお見合い」
「委員長はそれで良かったの?」
「最初は嫌だった。昔から何から何まで制限されて……隆弘さんと最初出会った時も乗り気じゃなかった。それを隆弘さんも察していたから、あの人は無理に付き合わなくてもいいと言ってくれた」

 越智は話を続ける。

「隆弘さんは優しかった。気づいたら惹かれていた。だから、これからも一緒にあの人と生きたかった」

 月野があの時に発した言葉がフラッシュバックする。越智と同じことを言っていた。病室を出る際、湯舟が片桐たちのことを話すと彼女は「来ていない」と答えた。

「久坂さんと万丈君は来てくれたけどね」
「あの二人が? 珍しいやん。なあ」

 湯舟から同意を求められた柊一は軽く頷く。同級生の万丈は中学の頃からギターを弾いていた。しかし、それを周りに話すことはなかった。万丈が「幕末維新」というバンドを組んでいたことを知ったのは、彼らがテレビに出演した時である。
 全国ツアー最終の大阪ライブを前に、万丈の行方がわからなくなっていた。

[2]

 ひょっとこが宣言した大阪血の海まで一日となった。
 あの後、河野はすぐに北海道へ向かったが成神と会うことはできなかった。彼の両親とは会うことができ、今までのことをすべて聞いたという。現在、成神が勤務している会社に尋ねると一ヶ月前から長期休暇を取っていると返答が来た。
 柊一は今、電車に揺られて実家の方へ向かっていた。目的地は三年間通った母校の高校。杉本信二こと、成神について知りたいことがあったからだ。
 もう二度と、来ることはないだろうと思っていた。正門の前に着いた柊一は変わらない校舎を眺めながら、かつての担任の先生が来るのを待っていた。

「久しぶり、東」

 会釈で返す柊一は早速本題に入る。

「彼のことは、なんとなく覚えているよ。三年になって転校してきたが、休むことが多かった生徒だ」
「先生たちは杉本信二の事情を知っていたんですか?」
「事情って?」

 当時、成神の担任ではなかった彼は知らない様子で柊一はそれ以上聞くことはなかった。

「東、畑山と仲が良かっただろ。ニュースを見た」

 大阪の百貨店で起きた爆破事件は大々的に取り上げられ、今も続いていた。

「東京血の海事件まで起こして……」

 ボソッと口にするかつての担任も彼らと同類だった。皆、発信された情報が真実だと疑わない。それは当たり前のことで。でも、世の中は数時間もしくはもっと短い単位で情報が更新されていく。危害が及ばないのなら、彼らにとってはそんなのどうでも良い。思ったことを吐き出せれば、あとはどうなろうと勝手だ。
 畑山が変えようとしていた社会は変わらぬまま、この先も変わるどころか悪化していく。
 用事が済んだ柊一は足早に学校から離れていく。今度こそ、ここに来ることはない。

 ボロボロに傷んだ長い髪、髭を生やし、サングラスをかけた男性が一人、ギターを片手に路上で歌っている。通行人は横目に彼を見るが通り過ぎる。しかし柊一は足を止めた。その歌に聞き覚えがあり、彼の正体にすぐ気づく。向こうも柊一の存在に気づいた様子で歌い続けている。彼の歌に足を止めていたのは柊一だけだった。
 歌い終わった後、すぐに片付ける男性。

「久しぶりだな……お前、万丈亮真だろ?」

 顔を合わせる二人。

「……人違いだ」

 顔を伏せた彼は片付ける手を速める。目の前にいる男性は人違いではなく、同級生の万丈亮真だ。それを証明する確固たる事実があった。

「さっきの歌は誰かの曲をカヴァーしたものではない。世に出ていない曲、俺たちの歌だ」
「……幕末維新の曲を聞いたことがあるか?」
「いや、ない」
「だったら、幕末維新で歌っていた曲かもしれないだろ」

 その言葉は自分が万丈亮真だと自白したも同然だった。

「やっぱり、万丈じゃないか」

 かけていたサングラスを外す万丈。変装してまでここで歌っていた理由を尋ねた柊一。
 場所を変えて、向かいの席に万丈がいる。野暮ったい姿はつい最近までの湯舟とそっくりで、このファミレスに似合わない。髪も髭も偽りのものだが彼は外さなかった。

「さっきの歌は新曲で出すつもりだ。次のライブで初披露する」

 柊一は一番重要なことを思い出した。歌の話ではなく、ライブ前に行方をくらましたことだ。

「俺宛に匿名の手紙があった。明日のライブを中止しろという内容の手紙が」
「心当たりは?」
「ない。表舞台に立ってる以上、そういうのは付き物だと思っている。だから、直前まで身を隠していた」

 二人の前に頼んだ料理が運ばれてくる。手を合わせた万丈はつけ髭を外し、料理を口にする。
 柊一は同級生たちの身に起こったことを、自分の知る限りですべて話した。

「俺の知らないところでそんなことが起きていたとは。色々と気になることが山程あるが一つ、成神は生きていたってことか?」
「おそらく……でも今、どこにいるかわからない」
「成神も今回の一件に関わっているんじゃないか? だったら、大阪にいると考えられるな」

 万丈の発言に頷く柊一。
 二人はファミレスを出て、別れを告げる。

「明日のライブ、頑張れよ」
「東たちも気をつけろよ。相手は俺たちの同級生だったとしても、東京血の海を起こした人物だ」

 柊一と万丈は手を交わした。

 湯舟のもとに来ていた柊一は改めて、今まで起きたことを振り返る。

 11月22日、東京血の海事件が起きる。当日、片桐と会う約束をしていた原田が亡くなる。事件が起きる前、原田は南雲企画のゲームに参加していた神崎と会っている。神崎に異常なし。
 その一週間後、同窓会が開かれて柊一も参加した。半分以上が参加できない者や、連絡が取れない者がいた。主催者は河野。
 同窓会後、柊一は水無月に呼ばれて東京で会う。彼女のもとに「片桐和樹は東京に来ている」と文書が届く。片桐は大学卒業後、アメリカでジャーナリストとして働いていた。彼と恋人関係であった水無月は柊一に片桐の捜索を頼む。芸能活動している水無月は自由に動くことができなかった。
 探偵を使って、片桐が東京にいることがわかった柊一。しかし当の本人は自分の居場所を柊一に伝えるつもりはなかった。柊一は調査結果をそのまま水無月に伝えた。その後、二人は酒に酔った連中に絡まれ、彼らから二人を救ったのは探していた片桐だった。
 片桐との再会で浮上する「連続殺人事件」は水無月と関係するものだった。彼女を守るために一緒に行動していた同級生の四条と重岡。片桐と同じく、記者の仕事をしていた四条はその事件をまとめていた。
 柊一はその犯人をおびき寄せるため、片桐の考える作戦通りに動く。そして、犯人の正体は同級生の稲本公平だった。その後、稲本は取調室で吐血を起こして亡くなった。

 爆破予告が相次ぐ中、柊一と江名瀬友絵が訪れていた百貨店で爆破事件が起きた。屋上に佇むピエロの正体は高校の同級生だった畑山雅也。日本を変えると政治家の道を目指していたが、夢は打ち砕かれ、諦めてしまった。彼も出血で亡くなり、その後に畑山が爆破と殺人未遂、さらには東京血の海事件を起こした犯人とニュースで流れた。
 久しく会っていなかった同級生の田島苑子から「会いたい」という連絡が入る。彼女は柊一と、畑山の運命を大きく変えた一人。当時、いじめを受けていた田島を助けようと畑山は動いたが、彼女の嘘の証言によって無かったことになる。中学生の頃、同級生が二人亡くなっていた畑山はまた助けることができず、自殺を図った。何もかもは無意味に終わった。

 湯舟は寒い、寒いと毛布に包まる。
 柊一は河野からメールが届いていることに気づき、開いた。

《片桐からみんなに話したいことがあるらしい。一斉に共有するから、東もLINKを登録して欲しい》

 便利だということは十分にわかっている。しかし、SNSはもうしないと柊一は決めた。

「話が終わったら、消せばいいだけの話しちゃう?」

 河野からのメールを教えると、横になっている湯舟が気の抜けた声でいう。大きなあくびをし、眠たそうにしている。
 サイバーブレインが提供するLINKはアプリストアからインストールすることができる。インストールをタッチするのに時間がかかる柊一。

「アプリ入れたんか?」
「いや、まだ」
「何してんねん。この状況で片桐が話したいことあるって、ひょっとこ関連やろ。絶対」

 催促してくる湯舟にLINKをインストールした柊一。すぐに河野に伝え、グループチャットに招待される。
 片桐がグループチャットに「ひょっとこから新たな情報が来た」と投稿する。21日午前12時、大阪の五ヶ所にウイルスが撒かれるという。場所は「大阪城公園」「道頓堀」「海遊館前」「大阪駅」「万博記念公園」と散らばっていた。
 明日の夜、集まれる者は母校の中学校近くにあるグラウンドに集合。五ヶ所に分かれ、ウイルスを阻止する。

「いよいよ、明日か……俺は明日に備えてもう寝るわ。おやすみ」

 湯舟のビニールハウスから出た柊一は家へと帰る。明日、すべてが終わる。

[3]

 集合場所であるグラウンド前。二十過ぎた大人たちが夜に集まり、通り過ぎる人たちは何事かと視線を向ける。
 この場所に来ていない者もいるが、あの時の同級生たちがまた集まった。柊一たちを集めた張本人の片桐はこの場にいなかった。

「春野!」

 柊一の隣りにいた湯舟が懐かしの顔を見つけて、彼女のもとへと向かう。

「湯舟! あぁ!!」

 何かを思い出した春野が大声を上げ、注目を浴びる。
 春野桃子。中学時代は放送部部長を務め、校内放送で番組を進行していた。現在はラジオの仕事に就いている。

「大阪府在住のラジオネーム“ヨット”は湯舟のことでしょ?」

 湯舟に詰め寄る春野。否定する湯舟。

「大阪府在住のヨットさんは他にもいるだろ。俺じゃないって」
「中学の時も生徒ネーム“ヨット”だったじゃん!」
「お二人さん。今、昔話してる場合じゃないって」

 言い合いになっている二人を遮る重岡。
 改めて、日付が変わる午前12時、指定された五ヶ所にウイルスが撒かれる。大阪城公園、道頓堀、海遊館前、大阪駅、万博記念公園。大阪周辺に集中している。

「で、グループ分けはどうするよ? 現役刑事さん」

 四条が渋沢に委ねる。グループ分けの方法はくじ引き。すでに渋沢が作っていた。何回かに折られた紙を配っていく。
 柊一は「大阪駅」を引き当てる。大阪駅組に四条、重岡。この三人は数週間前に東京へ行った仲である。
 現在の時刻は午後十時。柊一たちはそれぞれの目的地へと向かう。重岡の車に乗る柊一の片手にはスマホ。随時、連絡を取り合う為にサイバーブレインのSNSアプリをインストールした。

「あとで登録よろしく」

 以前と同じく、助手席に座る四条が柊一にいう。

「それは大丈夫。終わったら、消す」
「んだよ、それ」

 車を走らせる重岡。

 グループ通話で互いに情報を共有する柊一たち。順調に走っていた重岡の車は渋滞によって動きが止まる。

『万博公園組は到着したよ』

 江名瀬の声が届いてくる。集合場所から近かった万博公園組はすでに到着しており、江名瀬の他に湯舟、神崎、田所がいる。

「こっちは渋滞で車が進まない!」

 四条が振り向いて、柊一のスマホに言葉を投げる。

『今のところ、何も変化ないけど』

 辺りは真っ暗で、湯舟たちは不審な物がないか探しているも見つかっていない。
 しばらく止まっていた車は再び走り出す。思っていた以上に時間ロスが発生し、柊一たちは無事に大阪駅に着いた。

「とりあえず、周りを調べるか」
「調べるって言っても、範囲が広すぎだろ。外なのか、駅内なのかもわからないし」

 重岡と四条の会話を隣で聞く柊一も悩んでいた。送られてきた情報は「大阪駅」とざっくりとしている。それは大阪駅だけではなく、他の四ヶ所もそうだ。あれから、万博公園組は進展なしである。

『本当にあんのかよ』

 必死に辺りを調べている湯舟の声が聞こえてくる。

『大阪城組到着!』
『道頓堀組も着いた』
『同じく、海遊館組も。けど、何もない』

 午前十二時にウイルスが撒かれるであろう五ヶ所にそれぞれが到着した。決行時間まで残り一時間を切っていた。

「誰か、ひょっとこから何か来てないのかよ」

 四条がみんなに投げかけるも、誰も返事をしない。柊一のもとにも何も届いていない。

「結局、俺たちは何もできないのかよ」
『何もしないよりはマシでしょ』

 道頓堀にいる渋沢が諦めかけている四条に活を入れる。ひょっとこから送られてきた五ヶ所は警察も把握している。渋沢が告げたのだ。
 グループ通話をしている中、片桐から着信が入る。柊一は通話から抜け、片桐の電話に出る。

『田所はどこだ!』

 突然、田所の所在を尋ねてくる片桐。電話越しからでもわかるその声に嫌な予感がする。続けて片桐は告げる。

  ―あいつがひょっとこだ。―

 言葉が出ない柊一。隣で聞いていた四条と重岡も驚いている。心のどこかで間違いであってほしいと思っていた。柊一は信じていた。
 顔を下に向けていた柊一が顔を上げると、通行人たちが足を止めて、真っ暗な空にスマホを向けている。その先にあるのは小さな飛行物体。

「あれ、なんだ」
「ドローンだ」

 彼らは写真動画にその小さな飛行物体を収める。それはドローンだった。同じ場所に浮遊するドローンに柊一たちも目を向ける。

『柊一! 田所はどこにいるんだ」
「田所は万博公園にいる」

 それを聞いた片桐はすぐに電話を切った。おそらく、田所のところに急ぎで向かうのだろう。柊一たちも万博公園に向かう。
 通話グループに参加すると、他の四ヶ所にもドローンが飛んでいると確認されていた。SNSでは瞬く間にドローンを映した映像が拡散されている。

「江名瀬さん。田所はそこにいる?」
『それがいなくなっちゃって』
「いなくなった?」

 江名瀬は湯舟たちと不審物を探している間に、田所が何も言わずにどこかへ行ってしまったという。
 柊一はそのことをすぐに片桐に伝える。四条のスマホから「田所がひょっとこだった」ことがみんなに伝わる。沈黙とした時間が流れる。

『このタイミング、五ヶ所であのドローンが確認されているってことはあれがウイルス』

 口を開いたのは渋沢。続けて、近くでドローンを操作している人物がいるはずと捜索をみんなに呼びかける。

「大阪駅に戻るか?」

 重岡の問いかけに反応しない柊一。田所がひょっとこだと知ってから、ずっと考えている。田所はどこへ行ったのか。わざわざ、ウイルスを撒く場所を教えたのはなぜか。

「片桐。ひょっとこが田所ってどうやって知ったんだ」
『限られた時間の中では話せない。その話には成神も関わっている。だから、今は早くあいつを止めなければいけない。話はその後だ』
「教えてくれ。何かわかるかもしれないだろ」

 ウイルスが撒かれる時間はすぐそこまで来ている。重岡はこのまま、万博方面へと車を走らせる。

『すべての始まりは十年前のこの日――2012年12月20日だ』

[4]

 2012年12月20日。
 大阪府の中学校で飛び降り自殺が起きた。亡くなったとされる男子生徒は柊一たちの同級生である成神信二だった。その日、成神の通う中学校の女子生徒も自殺で亡くなっていた。名前は根岸奈々子。成神と同じクラスの女子だった。
 根岸奈々子の父親、根岸憲一はウイルスについて研究していた。当時、某国で発症したウォームウイルスのことも調べていた。東京血の海事件のウイルスはこれと似たものだと報道があった。
 自分の部屋で自殺を図った根岸奈々子。彼女の勉強机から出てきたのは「日本滅亡案」というもの。それは岡島が考えたものと非常に似ており、成神が話したと思われる。

 「2020年、日本はウイルスによって滅亡する。まずは東京。渋谷スクランブル交差点で多くの命が亡くなる。そして、ウイルスの脅威を知った国民に告げられる。次は大阪。
2020年12月21日、大阪を中心にウイルスが全土に広まる。この日、日本が終わる」

 それは根岸菜々子が遺書として残したものだった。

「根岸は娘が考えたその日本滅亡案を実行するべく、某国で起きたウォームウイルスに似た細菌兵器を開発を始めた」

 根岸憲一の開発は順調に進んでいく。そんなある日のこと。当時、大学生だった田所佑と原田映司と出会う。二人は2012年某国で起きたウォームウイルス感染症に興味を持ち、研究していた根岸憲一のもとに訪れた。

「二人はそこで根岸が『日本滅亡』を企てていることを知った」

 しかしその計画は四年前に起きた大阪全域の大地震で水の泡となる。根岸憲一は被害に遭い、記憶を失った。開発していた細菌兵器の行方は知れず、根岸菜々子の遺書となる日本滅亡案が実行されることはなかった。

 重岡が運転する車は万博公園付近に到着していた。

「無理だ! これは六人乗りじゃねぇんだよ!」

 外にいる湯舟と四条が揉めているが、気にせずに片桐の話に集中する柊一。

 根岸憲一が記憶を取り戻したのは二年前、テレビで流れていた東京オリンピックを目にした時だという。娘が中学生の頃に自殺して亡くなったこと、遺書として残した日本滅亡案。当時、同じクラスだった畑山雅也が謝りに来たこと。
 根岸は必ず、日本滅亡案の計画を成し遂げると決めた。そこで田所に声をかけ、畑山にも声をかけた。原田に声をかけなかったのは彼がこの計画を公にする恐れがあったからだ。
 そして今、田所が大阪を血の海にしようとしている。

「根岸は成神のことを探していた。あの時、謝りに来たのは畑山だけではなかった。成神も同じように謝りに来たそうだ。いじめがあったことを口にしたのは二人だけだったらしい」

 その後、根岸は成神が死んだことになっていることを知った。
 車内にいる四条と外にいる湯舟はまだ口争いをしている。柊一は片桐の話を聞きながらも、行方がわからなくなった田所がどこへ向かったのか考えていた。
 東京血の海は予告もなく実行された。しかし今回は違う。それは東京血の海は畑山で、大阪血の海は田所という違いだけなのか。本当に日本滅亡案を成功させたいのであれば、わざわざネットを使って予告する必要もない。
 柊一たちに知らされた五ヶ所はおそらくダミーだろうと予測する。すると、一体どこなのか。

「……中学校だ」
『中学校?』
「そこから、すべてが始まったんだ。俺たちの母校だ」

 重岡に母校である中学校に向かうよう伝える柊一。

「俺たちも乗せろって。せめて、俺だけでも」

 両手を合わせる湯舟。重岡は後ろでずっと静かにいる江名瀬を車に乗せる。

「俺と神崎は!」
「そうよ」
「お前らは自力で来い!」

 重岡の車は湯舟と神崎を置いて、母校の中学校へと向かう。

 到着した柊一たちは校舎を囲んでいる塀の外からグラウンドを見る。

「なんだありゃ?」

 グラウンドに何やら光っている物が見える。凝視するも何もわからない柊一たちは正門へと歩く。

「来たのはいいけど、中には入れないよね?」

 江名瀬のいう通り、勝手に入れば不法侵入になってしまうが今は一刻を争う事態である。正門が目に入る柊一。向かいには男二人が普通に門をよじ登って中に入る姿があった。すぐに走り、その男に声をかける柊一。

「片桐!」
「田所が中にいるんだろ?」
「まだ決まったわけじゃ――」

 片桐の隣には岡島もいる。二人は柊一たちのことを気にせず、校舎へ向かった。重岡と四条も同じように門をよじ登ろうとしている。

「やっぱり、中に入ったらダメだよ」

 重岡と四条がもう一息で校内に入れるという時に、江名瀬が止める。二人は登った状態で停止し、その姿は明らかに不審者である。

「江名瀬さん。俺は行く」

 柊一は門をよじ登らず、入口の扉から普通に入っていく。

「鍵開いてたのかよ!」

 扉から重岡と四条も柊一の後を追う。
 柊一が直行した場所は塀の外から見た例の光った物があるグラウンド。近づいていくと、複雑な装置があった。タイマーが作動しており、小さな缶飲料サイズの透明な容器がコードで繋がれている。

「もしかして、例のウイルス?」

 安易に触れることはできず、四条は装置に顔を近づける。タイマーが示す時間と今の時刻を照らし合わせる重岡。

「東、この時限装置って午前12時に設定されているんじゃ」

 三人の前にある装置のタイマーは残り五分を切っている。止めるのは絶望的であった。
 柊一は先に校舎に入っていった片桐と岡島を探すべく、グラウンドから離れる。どうする、と顔を合わせる重岡と四条。
 並ぶ教室を一つ一つ覗いていく柊一。一番奥の教室から椅子が倒れたような物音が聞こえてくる。

「東、とりあえず持ってきた」

 四条が例の装置を手に持っていた。

「なんで持ってきたんだよ」
「放っておくわけにもいかないだろ」

 物音が聞こえて来た教室を覗く柊一。そこにいたのは教師になった同級生の真田正高だった。彼は母校であるこの中学校で社会科を教えていた。
 椅子に縛られている真田を救おうと、教室の扉を開けようとするが鍵がかかっている。窓が開いていないかチェックするもやはり、どこも鍵が閉まっていた。捕まっている真田は柊一たちに気づき、必死に助けを求めている。口はテープで塞がれており、真田の言葉は柊一たちに届いていない。

「二年四組……」

 電気がついていた職員室に二年四組の鍵があるはずと、重岡が職員室に向かう。

「やべぇよ、東。残り二分だ」

 震える手でしっかりと装置を持っている四条。タイマーは二分を切って、零へと着実に近づいていく。

「真田! 今、重岡が職員室に鍵を取りに行ってる。すぐに助けるからな」

 真田は顔を横に振っている。職員室に向かった重岡が二人のもとへ戻って来る。

「二年四組の鍵だけ無かった」
「じゃあ誰かが持ち去ったってことか」

 残り一分。
 柊一は屋上へと向かう。場所は違うが、すべては屋上から始まったんだ。過去へ戻った時、廊下でぶつかった女子はおそらく根岸奈々子だったはず。本当は根岸奈々子があの時、屋上から飛び降りようとした。
 階段を駆け上がる柊一。屋上への扉が開いている。外へ出た時、そこにいたのは片桐と岡島、校内に入るのを躊躇していた江名瀬だった。そして、もう一人――椅子に座っている人物。
 柊一はゆっくりと、その人物に近づいていく。片桐たちは何も言わない。座っている人物の顔を覗く。間違いなく、田所だったが彼はすでにこの世を去っていた。
 重岡と四条も屋上へ到着し、例の装置が作動する。音を立てて、ウイルスが入っていると思われる容器が破裂した。

[5]

 終わりだ、と頭を抱える四条。
 椅子に座っている田所は東京血の海事件の被害者と同じような亡くなり方をしている。自ら命を絶ったのだろう。

「遅かった」
 
 片桐は作動してしまった装置に目を向けて口にした。しかし、その場にいる柊一たちに体の異変は起きていない。
 二年四組の教室で監禁されている真田のことを思い出した重岡が田所のポケットを漁り、鍵を見つける。すぐに真田のもとへ向かう重岡。
 階段の方から少しずつ、こちらへと向かってくる足音がする。柊一は屋上の扉に目を向ける。すぐにわかった。柊一たちの前に姿を現したその男は成神信二だった。驚く一同に、深く頭を下げる成神。

「ごめん。みんなを巻き込んでしまって」
「生きていたのかよ、成神」

 片桐の言葉に成神は謝罪の言葉を返す。何度も柊一たちに頭を下げる。

「僕が止めるべきだったんだ、根岸さんを。東京血の海事件のニュースが流れた時、すぐにわかった。あれは僕たちが中学生の頃に話していた内容と同じだった」
「成神。なんで死んだなんて嘘を吐いたんだ」

 柊一が成神と会って、一番聞きたかったことだった。

「あの時は何度も死のうと思っていた。根岸さんを傷つけてしまい、結果的に自殺に追い込んでしまった。なのに、僕は普通に助かった。生きる資格がないと思っていた。だから、何度も自分を傷つけた」

 話を続ける成神。

「柊一。僕は柊一に助けられた。柊一があの時、僕を助けてくれたんだ。それを南雲さんが伝えてくれた。だから、その後に会いに行ったんだけど柊一も引っ越ししていて」

 監禁されていた真田を連れて戻って来る重岡。二人はそこにいた成神に驚いている。そして二人は同時に成神の胸に抱きつく。

「強い。離れて」
「本当に良かった。生きてて」
「マジで良かった」
「そこの三人! 良かったじゃねぇよ。ウイルスが撒かれてしまったんだよ」

 割れた容器を指す四条。彼のいう通り、事態はバッドエンドで終わる。田所は亡くなってしまい、事件は何も解決せずに闇へと葬りされてたのだ。田所がなぜ、このようなことを起こしたのか。真実はもう語られることはない。
 柊一はグループ会話に繋ぎ、各箇所で浮遊していたドローンの行方を尋ねる。

『道頓堀の方は何もなく、ドローンが止まった』
『同じく海遊館前も』
『大阪城公園も問題ない』

 四条がSNSをチェックしたところ、大阪駅も無事にドローンが回収されたという。

「江名瀬さん。湯舟と神崎から連絡がないけど」
「湯舟君は携帯を持っていない。神崎さんはスマホのバッテリーが切れてるみたい」
「でも、万博の方も大丈夫みたいだ」

 四条が教えてくれた。
 このウイルスについて、柊一は成神に尋ねる。

「ごめん。僕は何も知らない。だけど、細菌兵器だったとしてもすぐに反応が出るわけではないと思う。おそらく、数時間か数日経った頃に」

 成神はそれだけを告げ、柊一たちの前から去ろうとする。

「また会えるよな、成神。河野にも連絡しているんだ」

 片桐の言葉に成神は「バイバイ」と返した。

 あれから、数ヶ月が経った。
 この日本――世界は何も変わらず、今日も平常運転に動いている。当時は騒ぎになっていた東京血の海も、大阪血の海予告も少しずつ人々の記憶から薄れていく。だから、似たような問題を何度も耳にする。その度に人は変わらないのかと思ってしまう。でも、少しずつ変わっていると信じている。

「ありがとうございました」

 結局、柊一はコンビニ店員としてまた働いていた。河野の誘いは断った。コンビニ店員というのが自分の天職なのかもしれない。
 片桐はアメリカへ戻り、ジャーナリストの仕事を続けているらしい。しかし近いうちに水無月と同棲する予定があるらしい。結婚を視野に入れているという。
 河野は株式会社サイバーブレインの社長を降り、特別開発室という部署の部長へとなった。そこに紺野、正社員となった江名瀬も働いている。サイバーブレインのSNS「LINK」は政府と連携を取り、マイナンバーと紐付けを行うことで生まれ変わるという。問題は数多くあり、実現するのは難しいという。
 成神とはあの日以来、会っていない。柊一だけでなく、片桐とあの場にいなかった河野、他の同級生もだった。グループチャットで一度、成神はみんなにメッセージを残した。

 「ありがとう」

 その一言だけだった。

「すいません。山鹿久里の新刊置いてますか」

 怒涛の一ヶ月を振り返っていた柊一に声をかけて来た男子高校生。彼は山鹿久里――久坂が書いた漫画を探しているようだった。彼女の描いた漫画は人気らしいが、柊一が働くコンビニには置いていない。

「すみません。取り扱いのない商品です」

 柊一がそう告げると、男子高校生はすぐに店を出た。
 久坂が描いたその漫画を数ページだけ読んだ。かつての同級生たちが人類滅亡を阻止する話。タイトルはたしか――

 2012チルドレン。

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