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論文紹介:性格から考える感染症流行地域のその後

Schaller & Murray (2008) Pathogens, Personality, and Culture: Disease Prevalence Predicts Worldwide Variability in Sociosexuality, Extraversion, and Openness to Experience
DOI: https://doi.org/10.1037/0022-3514.95.1.212

このNoteは学術論文に即して心理学の知見を紹介していきます。記事の流れは論文に合わせておりますが,解説の都合上,私の解釈や言い回しも交えています。ご了承ください。またMemoは私の意見や考え,まとめを書いています。ご参考にしていただきますとさいわいです。

Memo

コロナウイルスの流行によって病理学や疫学などの研究が注目されています。これらの研究は,人々の生活を助ける手立てから政治的な意思決定まで,さまざまな局面において重要な役割を果たしています。そして心理学の分野でも感染症に関連した研究はいくつかあります。今回紹介する論文はコロナウイルスのような感染症の流行の程度によって,パーソナリティ・性格の文化差や地域差が生じているのではないかということを検討した研究です。過去,感染症の流行った地域では,その地域特有の性格傾向があるという興味深い結果を示しています。

パーソナリティの文化差/心理学・生態学

現在,世界規模でさまざまなパーソナリティや健康に関する指標が測定されており,その文化差や地域差が検証されています。たとえば東アジアの国は比較的抑うつ気味な性格特性が高いことが示されています。しかし,なぜそのようなパーソナリティの文化差が存在するのかということを検討した知見はまだ少ない状態です。この論文では感染症がパーソナリティの文化差を生じさせる要因として働いているのではないかということを検討しています。

文化差が生じる要因として,それぞれの文化における特異的な要因もあるでしょう。しかし,より広範の地域を対象とし,普遍的にパーソナリティを予測するためには,ベーシックな人間の傾性について取り上げるのがよさそうです。そのような経緯からこの論文では,感染症のリスクと,そのリスクを低減する上での心理的な反応に注目しています。感染症のリスクや流行の程度は,どの地域に当てはめても考えられます。以下,感染症の流行とパーソナリティの文化差の関係性について理論的に考えていきます。

感染症への脆弱性と人の心理

感染症は人間の長い歴史のなかで脅威とされてきました。人間はその感染症に対抗するためさまざまな防御策を備えています。たとえば体内の生理的なメカニズムが挙げられます。免疫システムや抗体のように体内の生理的な反応によって病原を防ぎます。さらに,病原を運んでくるリスクのある人々への忌避や偏見といった心理的反応も防御策の1つと言えるでしょう。たとえば外国人は文化規範が異なるため,その地域の住民からすると「病原対策ができていない存在」と見なされ,忌避されるというプロセスがありえます。これは倫理的に良いこととは言えず,結果的に外国人嫌いやエスノセントリズム(自民族中心主義),差別などの問題にも繋がってしまいます。ただ,感染症への防御策としておこなわれてしまっていることは事実です。先行研究でも,感染症に対して脆弱な人ほど外国人嫌いであることが明らかにされています。ただし,外国人と交流することによるベネフィット(例:新しい社会関係が構築できる)がコスト(例:感染症の流行)を上回れば,外国人嫌いは消えるという研究結果もあります。

この論文の筆者は,外国人というカテゴリーだけでなく,馴染みのない人全般に対する心理的反応においてもこのフレームワークを使うことができるのではないかと考えました。つまり感染症のリスクが高い地域はそうでない地域と比べて,馴染みのない人々に対する忌避傾向は高まるだろうという仮説が立ちます。感染症が流行しやすい地域では,馴染みのない人々と接触することによるコスト(=感染)がベネフィットを上回ってしまいます。ゆえに馴染みのない人々に対して用心深く,保守的になると予想されます。それが個々人のパーソナリティの傾向に繋がってくるという話です。

今回検討するパーソナリティ

上記の理論を踏まえると,どのようなパーソナリティ特性の文化差が説明されるでしょうか。この論文では以下の3つの特性に着目しています。
ソシオセクシャリティ:恋愛関係にない相手と性関係を持つ傾向・志向性
親密な身体接触は,梅毒のような性感染症や他の感染症も広げることになります。そのため感染症が流行した地域では,身体接触を積極的におこなおうとする人が減っていくことが予想されます。したがって,感染症流行地域ではソシオセクシャリティが低くなる傾向にあるという仮説が立ちます。

外向性:人との交流を好み,積極的な傾向(Big Fiveの1つ)
コロナ禍で盛んに言われていますが,身体接触だけでなく,社会的なインタラクションでも病原は広がります。会話や人との交流を好む人が多いと感染症が広がってしてしまうので,感染症が流行した地域の人々の外向性は低くなると予想されます。

開放性:好奇心が強く,想像力のある傾向(Big Fiveの1つ)
制度化された慣習やしきたりを把握し,順守することによって感染症の広がりを防ぐことができるといわれています。たとえば,町の飲み水の源泉の場所を把握しておくことで,排泄物やゴミの捨て場所をそこから遠ざけるように調整できます。逆に慣習やしきたりを逸脱する人が多いと,感染症が広がるリスクも上昇するでしょう。したがって,感染症が流行した地域では,探索的で現状からの逸脱を辞さない傾向を含意する開放性は低くなると予想されます。

研究概要

この論文では,先行研究で示された国ごとのパーソナリティ得点を使用しました。そして国ごとの感染症流行の程度も過去の報告から得点化して指標として用いています。したがって,分析はすべて国単位の変数でおこなわれています。
また「感染症流行地域になる→その地域の居住者のソシオセクシャリティ,外向性,開放性が低くなる」という因果関係を想定しているので,感染症の指標はパーソナリティ特性が測定されるよりも前のデータを使用します。

方 法

地域ごとの感染症流行の程度を表す指標は以下の手続きで得点化しました。
まず,リーシュマニア症,住血吸虫症,トリパノソーマ症,マラリア,フィラリア,ハンセン病,デング熱,イフス,結核の9つの感染症を取り上げました。リーシュマニア症,住血吸虫症,トリパノソーマ症,マラリア,フィラリア,ハンセン病の6つは1952~61年のRodenwaldt & Jusatzによる報告を利用し,流行の度合を国ごとに4段階で評価しました。デング熱とイフスは,Simmons, Whayne, Anderson, & Horackの1944年の報告を利用し,流行の度合を4段階で評価しました。結核は,National Geographic Societyの2005年の報告を利用し,流行の度合を3段階で評価しました。
9つの感染症の得点を合計した値を感染症流行の程度を表す指標として使いました。35点満点で,平均値は11.92 (SD=6.46) でした。クロンバックのα係数は.84であったことから,地域において特定の感染症だけが流行るというよりは,1つ感染症が流行ると他の感染症も流行りやすいことがうかがい知れます。
ちなみに,この得点が「地域ごとの感染症流行の程度」の指標として妥当かどうかを確認する作業もおこなわれています。地域の緯度(熱帯地域の方が感染症が流行するため),Gangestad & Bussが1993年に報告した感染症指標,疫学データの3つの変数との相関係数を算出したところ,それぞれ―.80,.89,.77と大きな相関係数を示しました。したがって今回作成した指標はある程度妥当な変数であるといえます。

ソシオセクシャリティの地域指標はSchmitt (2005) から引用しています。SOIというソシオセクシャリティを測れる尺度を世界48の地域(計14,059名)で測定しており,地域ごとの得点を算出しています。

外向性と開放性の地域指標は3つの先行研究から引用しています。NEO-PI-RというBig Five尺度を世界33地域で測定した研究(McCrae, 2002),同じくNEO-PI-Rを世界50地域(計11,985名)で測定した研究(McCrae et al., 2005),BFIというBig Five尺度を世界56地域(計17,837名)で測定した研究(Schmitt et al., 2007)の3つの研究を利用してます。それぞれ地域ごとの各Big Five特性の得点を算出しています。
また,2つ目の研究(McCrae et al., 2005) と3つ目の研究(Schmitt et al., 2007)で共通する38地域で得点をまとめた指標と,3つの知見で共通する23地域で得点をまとめた指標も作成しました。
したがって
①McCrae (2002) の研究の指標
②McCrae et al. (2005)の研究の指標
③Schmitt et al. (2007) の研究の指標
④McCrae et al. (2005) と Schmitt et al. (2007) の結果をまとめた指標
⑤3つの研究をまとめた指標
の5つの指標を使って検討します。それぞれで検討することで,結果の安定性を確認できます。

結 果

それぞれの特性について結果をみていきましょう。
●ソシオセクシャリティ
性別によって結果が異なりました。女性においては,感染症が流行していた地域ではソシオセクシャリティ低いという関連が明確に示されましたが(r = ―.62),男性においてはその関連がやや小さい結果(r = ―.27)になりました。
外向性
①~⑤の指標すべてにおいて感染症が流行していた地域ほど外向性の得点が低いという結果になり(r = ―.26 to ―.67),仮説が支持されました。
開放性
外向性と同様に,①~⑤の指標すべてにおいて感染症が流行していた地域ほど開放性の得点が低いという結果になり(r = ―.24 to ―.59),仮説が支持されました。
●ちなみに他のBig Five特性においては一貫した結果は示されませんでした。

ここからは,他の説明可能な変数の影響を考慮した際の関連について検討しています。
●感染症流行指標の他に,平均寿命も独立変数に設定し,ソシオセクシャリティを従属変数とした重回帰分析をおこないました。その結果,男性では感染症流行指標も平均寿命もソシオセクシャリティとは関連しませんでしたが,女性では感染症指標のみ関連を示しました。先行研究で示されていた平均寿命とソシオセクシャリティの関連は感染症によって説明されるのかもしれません。
経済発展(GDP)を統制した場合でも,感染症指標と各パーソナリティとの間の関連はおおむね維持されました。
国ごとの個人主義/集団主義の指標を統制した場合でも,女性におけるソシオセクシャリティ,外向性,開放性の関連は維持されました。
緯度年間気温を統制した場合でも,女性におけるソシオセクシャリティ,外向性,開放性の関連は維持されました。

考 察

以上の結果から,感染症が流行した地域では女性におけるソシオセクシャリティが低く外向性が低く開放性が低いことが示されました。病原が広がっている状況下では,人々はより警戒心の強い性格傾性になることが示唆されました。

この研究はあくまで相関研究なので,別の因果プロセスや逆の因果(パーソナリティ特性の高さ/低さ→感染症の流行)の可能性もあることは事実です。ただし,感染症流行指標のデータはパーソナリティ特性のデータよりも以前のものであり,また他の変数を統制しても関連は示されているので,仮説の因果を示す一定の証拠ではあると思われます。

また感染症の流行程度とソシオセクシャリティとの関連に男女差が見られました。男性において,感染症の流行程度とソシオセクシャリティとの間の関連は弱い,あるいはないという結果でした。遺伝子を残すという観点から,ソシオセクシャリティが高いことによるベネフィットは男性の方が女性よりも高いと考えられます。したがってこの結果が示す意味としては,感染症が広がっている場合においても,男性においてソシオセクシャリティが高いことのべネフィットは維持されているという可能性が考えられます。

この研究では,地域ごとの得点として,居住者個々人のパーソナリティ得点の平均値を使用しています。これは「感染症流行地域に住む個々人の外向性が低い」と同時に「感染症流行地域では外向性は文化的に低く評価されている」ともいえるでしょう。したがって,個々人の傾向の集合というだけでなく,社会レベルによる価値の違いが反映された指標といえるかもしれません。

最後に感染症流行程度と各パーソナリティ特性の関連のメカニズムについていくつかの仮説を挙げて終わりたいと思います。
①感染症流行地域では,自然淘汰を通して低ソシオセクシャリティ,低外向性,低開放性の人々が選択され,それが遺伝していく可能性。
②表現型の違いは,特定的な遺伝子によるものというより,共通の遺伝子の表出が異なることで見られるとされている。遺伝の表出はその時の周辺環境に依存しやすいため,感染症が流行している地域では外向性や開放性やソシオセクシャリティの表出が抑制されている可能性。
③遺伝の影響ではなく,学習やコミュニケーションを通じて文化的な規範が形成され,パーソナリティ特性の地域差が生じるようになった可能性。

Memo

コロナウイルスの流行により,職場ではリモートワークが推奨され,大学では対面授業が減少し,イベント会場では入場制限がかけられて,数々の催し物が中止になりました。国を隔てるどころか県を跨ぐことすら憚られる状況です。人と人との距離が開きつつある現代社会が行きつく先を,この論文は暗示してくれているのかもしれません。その意味でたいへん有益な知見といえるのではないでしょうか。
一方,この論文が書かれたのは2000年代,取り上げた感染症も1900年代のものです。現在はZoomなどのコミュニケーションデバイスがありますので,この論文で示されたような関連性が再現されるかどうか分かりません……このような考察をしてみても面白い知見だと思います。
コロナウイルス流行前後の生活を振り返ることも多いかと思いますが,この論文のような観点から今一度考えてみるのも良いかと思います。

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