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信長の原理 (垣根涼介 著)

 信長や秀吉、光秀の人物描写が面白い。

令和の世に生きる我々が読んでも、生き生きとその人間味が伝わってくる。

時代は変わっても、人間の本質的な部分で変わらない点はある。

そんな学びがある一冊が、本書「信長の原理」。

これだけの分量を時代を超えて描き切る著者の力量、想像力に感服してしまう。

"だが 、愚かさや軽率さは直らない 。いくらその場で猛省をしても 、また似たような過ちをしでかす 。懲りないからだ 。いったい自分のどこに欠陥があるのかを自覚できる怜悧さがない。"
"挙句 、一生同じ過ちを繰り返す 。結果として周囲に大いなる災禍をもたらす 。そういう意味で 、およそ人の上に立つ人間としては徹底して無能 と言える。"

思わず、唸ってしまう。こういう人いるよね、と。

"人間認識の浅さ 、物事の見通しの甘さでは 、先が思いやられる。"
"この乱世にあってはなおさらだ 。人は改心することはあっても 、
性根の資質は直らない 。一生持ち越していく 。やはり 、排除するしかない … … 。"
"が 、そこまで分かりながらも 、血を分けた兄弟を殺すことに手先の震えが止まらない 。まったく忌々しい 。時おり腕の毛が逆立ち 、千々に乱れそうになる己の気持ちを 、必死に抑え込む。"
"特に大学は 、自分がまだ若い時分 、周囲の無理解と軽蔑の目にずっと晒されていた頃から 、密かに信長を理解しようと努め 、陰に陽に孤独な信長を支持し続けてくれていた唯一の家臣だ 。その長年の忠誠心と気持ちに報いるためにも 、なんとしても命を救ってやりたい 。"

乱世を生き抜いた信長の人としての強さと弱さ、その魅力。

"神仏など 、無知な人間どもを威服させるためのまやかしに過ぎぬ"
"人間 、煩悩がなくなったら 、死んだほうがましだ "
"思ったことが口から出るのではなく
口に出て初めて,実際にそれまで自分が考えていたことに気づくのだ "
"「おぬしは 、神仏を信じているのか 、その存在に 、意味があると思うておるのか 」
すると帰蝶は 、にっこりと笑って答えたものだ 。
「神仏には 、意味がないからこそ尊いのではありますまいか。
何もない空疎なものだからこそ 、ごく自然に人は頭を垂れるのでございましょう 」"
"『あまが池 』の大蛇伝説がいい例だ 。人に対しても同じだ 。
評判や世間の風評を鵜吞みにして 、それがそのまま事実だったことは 、
少なくとも信長の観察眼からしてみれば 、ほとんどない 。"
「わしはの 、おぬしのような汗っかきの男が好きじゃ 。わし自身も汗っかきじゃ 。
常に仕事にくるくると動いている 。汗をかかぬような家臣は要らぬ」
"誰かから借りてきた言葉ではなく 、ちゃんと自分の腹中で温めてきた考えでモノを言っている"
"世の中にはいくら考えても分からぬことはある 。
考えても無駄なことがある 。
その割り切りが 、信長にはどうしても出来ないようだ 。けれどおれは 、何故そうなるのかを考えない 。"

短気で癇癪持ち、沸点が低く、あたりに喚き散らす。
一方で、観察力に優れ、柔軟な思考、怜悧な頭脳を持つ。

信長のことは好きだ 。好きだが 、それでも大きく損得が絡んだ時の人間の心の動きや恐ろしさというものを 、自分は骨の髄まで知っている 。そして 、その機微を知っている者だけが 、この乱世では最後まで生き残ることが出来るのだ 。
人が生きていく上で 、最もやりきれなく 、そして始末に負えないことは 、その生が 、本来は無意味なものだということに 、皆どこかで気づいていることだ 。物心が付いた頃から既に気づき始めており 、さらに大人になって 、その影をはっきりと意識するようになる 。そして死ぬまで 、その漠然とした虚無感を引き摺っていく 。つまりはその無意味さのみが 、生きることの証だ 。
人間 、生まれ落ちる場所は選べない 。しかし死に様は選べる 。どういう死に方をするかだけが 、およそ万物の中で人という生き物にのみ許された 、末期の希望だ 。
"なんと言えばいいのか … …この主君の精神の中には 、それらの欠陥をすべて搔き集めてもまだ見劣りしないほどの玉のような煌めきが 、時に見え隠れしていた 。そのおのれ一個の理念や信条 、まだ見果てぬ宇内への憧憬といった魂魄をもって 、この有象無象の人の世と 、常にぎりぎりのところで激しく屹立していた 。"

 自分が織田信長を好きな点は、下記のような点だ。

・体裁ばかり(例: 形式のみの儀礼)を嫌う
・本音を言う人間を好む
・媚を売る奴を嫌う
・合理的な考えが好き
・合理的ゆえに冷たいと思われているが、情に熱い一面もある。
・あたらしもの好き
・とにかく知りたがる(しかも今すぐ)
・好奇心がめちゃくちゃ高い

漫画キングダムに、こんなセリフがあった。
「どんな状況でも、身勝手な自分の観たい景色を見る。それが大将軍だ。」

時代を超えねばわからぬ事も全て知りたがる信長と、世には分からぬものもあると割り切り、その最善の対処を考える秀吉。

各登場人物の性格、考え方の違いが本質を鋭くつく言葉で描写されており、痛快。

信長はこうも言う。

"頭の出来は大差ない。気質の違いだ。"

人の生き方に正解はない。一方、他人との関わりなしでは、生きていけない。

人間を理解すること、その心理の動きを理解すること。私達が自分の人生でやりたい事をやるためには、それを理解することは、必ず役に立つのだと思う。

人間に対する深い洞察。本書には、そのヒントが多く描かれている。歴史小説など読まぬ、という人にこそ、読んでほしい一冊

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