【連載小説】風は何処より(24/27)
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「なーんてな」
城所は、態度を一変させ、ひょうきんな表情をして見せた。
「残念だが、お前には、俺は殺せねェ。
俺を誰だと思ってンだ。歴史の教師だぞ。
こどもの考える事くらい、お見通しだ。
理由を突き詰めて、その背後を調べれば、答えは見えてくる。
歴史は勝者が作るもンだとおもっているだろうが、それだけじゃあねェ」
「敵討ちなんて、嘘だろう。諸々いっぺんにまとめて始末するため、じゃなかったのか?
そもそも、アンタは嫌な女だと、思ってたンだ。手段は選ばない。人命の尊さも気にしない。神津も殺さなくてもよかった筈だ」
城所は、一呼吸おいて言った。
「千鶴は、神津かCIAに脅迫されていたンだろう?」
沈黙はしているものの、真壁の表情を見て、事実だと分かった。
嘘だと信じたかった。
城所は話を続ける。
「アンタは知ってたはずだ。調査の過程で早々に分かった事なンだろうな?
千鶴は口封じされたという事実。おそらく、韓国のKCIAと、日本におけるCIAのことを知り過ぎたからだ。
だから母への復讐。ここまでは理解できる。
情報将校の仕事と、私怨が入り混じっているからな。
自ら志願したかもしれないし、そうなるように上層部に掛け合ったかは、知らン。
ただ、KCIAと日本のCIAの両方を知っているのは、今この国ではアンタだけだ。
それを利用して、アンタは、神津の利権も、かっさらおうとしたンじゃないのか?
父親が作った遺産を受け継ぐのは自分だと思うのは、理解できるサ。
そうすると、危険を冒してでも、この任務に就いたことも分かる。
自分しかできない、ってのは、大きいよな。仕組みさえ作っちまえば、あとは多少にらみを利かせとけばいい。
つまり、さっきの神津の自白話は、ぜんぶ予定調和の茶番劇だったってことだ。
それで、神津があんなに饒舌だったのが理解できる。
アンタの台本通りってことだろう?」
真壁は言葉を失った。背中に汗が伝うのがはっきりとわかった。
(こんな老人が、自分を出し抜くだと?)
「そンで、俺も口封じしちまえば、それで全て解決だ。
俺を見つけて呼び出して、神津と共に殺しちまえば、身内はすべていなくなる。
良く考えたもンだ。
あれれ、ってことは、俺もここまで生き残ったのは偶然じゃないンだな。
そうか、無事に家まで帰さないと、今度は家族が騒ぎ出す。
当初はそれも想定して、俺も脅迫して、箝口令を敷いておけば、このジジィなら口を滑らすことは無いだろう、そう考えたンだな。甘く見られたもンだな。
ただフランクが、千鶴を殺したのは必然だ。
それからアンタが、父で、かつ母の仇である、神津を殺したのも必然だ。
しかし、どちらも始末するつもりだったから、想定はしていなかったものの、まとめて処分できて好都合だったわけだな」
一気に話し終え、老人は、にやりと笑った。
「嘘だ…」
女は立ち尽くしていたが、表情に力は無かった。
目の光が違っていた。「鉄の女」はそこにいなかった。
「さっき、あんた俺を殺すと言ったな。こんな一般人の老いぼれに見透かされていいのかい?
俺はあんたを通報することは簡単だ。自分こそ、自決したほうがいいンじゃないか?
ただ、千鶴と神津の娘だ。俺は許してやる。周囲がどう判断するかは知らンがな」
真壁は眼光鋭く、城所を睨み付けた。
諦めがつくことは無いだろうが、自分への殺意が増したことは良くわかった。
「俺を甘く見すぎたな。お前には、俺は、殺せねェ」
「俺は、今夜の事は、何も話さねェ。
墓場まで持ってくよ。見返りも求めねェ。
敢えて言えば、俺を無事解放してくれさえすればいい。どうだい?」
城所を活かしておくことは、タイマーのない時限爆弾を抱えておくのと同義だ。
彼が死ぬまで、彼に怯え続けなければならいない。
もちろん利権も放棄せねばならない。
玲子は、悔しさのあまり、呻き声を漏らした。
涙が眼に溢れる。
「この死に損ないめが…」
思わず言葉を漏らしてしまった。
その言い方が、城所を怒らせた。
「てめぇ、ふざけるなよ!俺に人まで殺させておいて、それか?
いきなりやってきて、俺の生活を滅茶苦茶にしやがって!
俺はな、墓場まで、千鶴のことは持っていきたかったンだぜ!」
興奮した城所を軽視するように、真壁は論じた。
「千鶴の、母のことを知りたいとは思わなかったんですか?」
「女はいい。女は、自らの過去を男に話すことで、気が晴れる。
だが男はどうなるンだ?男は愛した女の過去は知りたくないもンだ!
そうと知って、つきあうならいい。男ってのはなぁ、女が考えているよりずっと純な生き物なンだよ!」
真壁は呆然としていた。
こんな強いことを言う男ではないと思っていた。
確かに、昨日までの城所ならば、こんなことは言わなかっただろう。
一夜で、明らかに城所は男を取り戻していた。猛々しくもある。
さすが、母が選んだ男だと思った。
考え方、行動にも、城所なりの「筋の通し方」があると感じた。
そう思うと、急に体の力が抜け、頭がすっきりした。憑き物が取れた様だった。
身内であるが故に、もっとこの老人のことを知りたい、そう真壁は感じた。
「…申し訳、ありませんでした」
玲子は、先ほどとは、口調も表情も違っていた。
「一つ、聞いていいですか?」
「何だ?」
「私は、母に、千鶴に似ていますか?」
(そうきたか)と城所は思った。
「…似てる。初めて逢ったときはドキッとした。
フランクは、アンタは自分の娘だと言った。しかし俺は、アンタは俺の娘じゃないかと思ってる。
でもな、かつてあった千鶴の名残は、もう今となっては別もんだ。いくら似ていても、どこかが違う。
玲子、アンタはアンタだ。自分の人生を生きナ」
「あとな、最期に神津が言ってたぜ。リンダを頼むってナ」
最期の言葉。感極まったのか、真壁の涙が頬を伝った。
「俺は忘れねェ…、千鶴との固い絆を。そして玲子、あんたとの絆もナ」
口で言える事など、たかが知れていた。
人には心がある。城所は、その心に賭けた。
「…はい」
玲子は視線を上げた。
その言葉は、初めて心から出た言葉のように、城所は思えた。
すべてを悟ったようだった。
玲子の、その潤んだ目を見ればわかった。
「じゃあな。元気で暮らせよ」
城所は踵を返した。
「それとな、もう一言、言っておくよ」
城所が、玲子のほうを再び振り返った。
「お前の背中にあるのは、過去じゃなくて…未来だぜ」
城所が茶目っ気を見せ、ウインクした。
「そうだ」
部屋を出かけて、城所は、さらにもう一度振り向いた。
「住所を教えろ。年賀状くらい書いてやる」
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