朝焼け__1_

【連載小説】風は何処より(12/27)

12

真壁が話し終えると、車は中野から新宿あたりを走っていた。
城所は、沈黙し続けていた。
(経済と安全保障か、大それた話だ。だが俺と、どんな関係があるッてンだ)

三人を乗せた車は、新宿の大きなビルの地下駐車場に入った。
運転手の男が、先に車を降りた。周囲に目配せをしながら、後部座席のドアを開け、城所と真壁を降ろした。
「こちらです」運転手の男が、エレベータのほうに案内する。
城所は、促されるままに、男と真壁についていく。

エレベータの扉が開き、乗り込む。
運転手の男が、8階のボタンを押す。ボタンの数からして、ビルは15階建てのようだ。
途中、3階からサラリーマン風の男が乗り込んできて、6階で降りて行った。
8階の扉が開くと、通路が出てきた。
「こちらへ」と運転手の男が左側へ案内する。

複数のオフィスが連なる雑居ビルだ。
「東洋印刷株式会社」という表札が出ているドアの前に立った。
入口扉付近にある、暗証番号入力機に、男が数字を打ち込んでいく。
電子音がして、ドアロックが解除された。
中に入ると、さらに電話機が置かれた受付台と、もう一機の暗証番号入力機が設置されていた。
男がその入力機のカバーを開け、指紋認証装置と思しき器具に、右手人差し指を乗せた。
さらに電子音がして、奥のドアロックが解除される。

中に通されると、20坪くらいのオフィスに、机が数台と、電話機、コピー機、デスクトップパソコンなどが置かれている。壁際には、大型のキャビネットとロッカーが並んでいる。さらにソファとテーブル、テレビと観葉植物などが隅に配置され、まさに中小企業の事務室という印象だ。白を基調としていて清潔感がある。

「この事務所は、何なンだい?」城所が言う。
「まずはお掛けください」と、真壁が応接セットに促す。
合成皮革と思しきソファに、城所と真壁が対面に坐した。

「これから、会いに行きます」
真壁が言うのが早いか、運転手の男が、青いプラスチックケースを、テーブルの上に置いた。
真壁が促し、城所が恐る恐る、ケースに手を伸ばす。
開けた瞬間、城所は目を見開いた。
中には、大型の拳銃が入っていた。銃を見るのは50年ぶりだ。
ベレッタM92F 9mm拳銃。弾丸が15発入る、アメリカ軍の制式拳銃である。

「これを、どうするンだィ?」城所は、拳銃と、真壁とを一瞥しながら言った。
「フランク神津竜一。私たちが執行します」顔色一つ変えず、真壁が言う。
「で、この俺に、どうしろッてんだ?」
「母の、奥様の、仇討ちです」
「仇討ちだと?」
城所は、目の前に置かれた、拳銃を一瞥した。
妻の仇討ち。江戸時代じゃあるまいし、時代錯誤か。
しかし、40年近くの鬱憤は確かに溜まっている。

突然の妻の失踪を思い出していた。
「妻に逃げられた男」という周囲の奇異の目。高度経済成長下では、一億総中流であり、「典型」が善しとされた。
仕事に打ち込むしかなかった。城所の職業である「教師」が、また災いした。学校という非常に閉鎖された社会の中で、一人生きてきた。
その結果、教育委員会理事にも抜擢され、最後は地区の優秀校の校長として、その教師人生を全うした。
全ては、怒りと悔しさがエネルギーだったのだ。
城所は逆境に耐えてきた。悔しかった。しかし怒りをぶつける術がなかった。そのため「異色の存在」だったのだ。
城所は、回想するように、ぎゅっと目をつぶった。
(仇が、討てるのか…)

「さきほどもお話ししたように、戦後はまだ終わっていません。ポリティクス(政治)、エコノミー(経済)、ミリタリー(軍事)、ディプロマシー(外交)。いろいろな問題がありましたが、日本とアメリカは、1980年代まではいずれも巧くやってきました。しかし、もうその時代は終わりつつあります。
そして、今回の問題は、それだけにとどまりません。私たちファミリー(家族)の問題です」
家族の問題だ、と真壁が言い切った。
城所は、その通りだと思った。

おもむろに、城所は眼前の拳銃を手にした。ひんやりとした鉄の重み。
つや消しされた黒く大きな拳銃は、城所に力を与えてくれるような「妖術」さえ感じられた。
城所は、思い出したように、弾層(マガジン)を抜き取り、銃弾を確認する。15発の銃弾が既に装填されている。
弾層を掌で回すように眺め、城所はそれを拳銃に戻した。鉄が擦れ合う、峻烈な音が静かな部屋に響く。
ゆっくりと、テーブルに拳銃を置き、城所は静かに言った。
「大体わかッた。話に乗ろうじゃねェか」

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