オーストラリアは美味しい(3)
この週末ににケアンズの友人から
「オーストラリアは美味しい(1)がアップされた日、その日の我が家の夕食はローストビーフでトップ画像と同じ、(2)の生牡蠣の日は夕食が牡蠣でした。いやぁ、偶然ですね」
とメッセージをもらった。でも今回ははたしてどうなることか……さすがに食卓には並ばなさそうな気がするけれど(笑)。
オーストラリアン・ジビエ
オーストラリアン・ジビエの代表格はルーミート
オーストラリアを代表する動物といったら、これは誰が何と言おうとカンガルーだ。つねに前進する動物としてオーストラリアの国章にも描かれ、オーストラリアの航空会社カンタス航空の尾翼もカンガルーマークである。世界有数のラグビー(オーストラリアではラグビーユニオンと呼ぶ)の強豪であるオーストラリア代表のニックネームは小型カンガルーのワラビーから名付けられたワラビーズ、日本ではあまりポピュラーではないがオーストラリアで大人気のスポーツ、ラグビーリーグのオーストラリア代表はそのものずばりカンガルーズ。さらにサッカーの代表チームのニックネームはサッカルーズで、語尾の「ルー」はカンガルーのことを意味している。ことほどさように、オーストラリアのシンボルとなっているのはコアラでもウォンバットでもない、カンガルーなのだ。
オーストラリアはこの国固有の動植物に関しては、ひじょうに厳しい動物保護ルールをもっている。家の庭はもちろん、家の中に野生動物が入ってきて悪さをしても、その動物を勝手に捕まえたりしてはいけない。せいぜい追い払うくらいである。また道路で誤って野生動物を轢いてしまった場合、その多くが有袋類であるので、ドライバーはまず雄か雌かを確認し、雌の場合は袋の中に赤ん坊がいる可能性があるので動物レスキューに連絡をしなくてはいけない(仮に母親が亡くなっても袋の中の赤ん坊が助かる可能性があるため)。つまり動物保護の国としての姿勢はものすごく進んでいるのだ。
しかしスーパーの肉売り場にはカンガルーの肉(通称ルーミート)が並び、観光地のレストランのメニューにはカンガルーステーキがあったりもする。カンガルーを食肉用に飼育しているという話はないので、これは間違いなく野生のカンガルーの肉なのだ。数万年前からオーストラリア大陸で生きてきた先住民アボリジニにとって、カンガルーが重要な食料であったことは理解できる。だが、西欧化した現在のオーストラリアで、はたしてカンガルーが食用として必要なのかどうか……なぜ、ルーミートがスーパーの陳列台やレストランのメニューに並ぶのだろうか。
オーストラリアには――かつて陸続きだったニューギニアにはいるが、ほかの大陸にはいないから、実際のところ「世界には」と言っても過言ではない――カンガルーの仲間だけで現在50種近くいて、その数はざっくりとした推定で3000~5000万頭程度だ。オーストラリア大陸の気候により干ばつになれば大幅に数を減らし、草が生い茂るようになると大幅に数を増やすため、推定数自体、倍近いばらつきが出てしまう。いずれにせよ人口約2500万のオーストラリアでは、カンガルーの方が人間より数が多いのは確かだ。
オーストラリアは農業国であり、全土に牧場も数多い。牛や羊などが放牧時に食べる草は、当然カンガルーの餌にもなる。カンガルーが増えすぎると牧畜業に影響を与えることから、オーストラリア政府は、毎年専門業者にライセンスを交付してカンガルーを間引きしているのだ。カンガルーの仲間のうち、絶滅の危険がまったくないとされるオオカンガルー(イースタングレイカンガルー、ウエスタングレイカンガルー)と、アカカンガルー、ワラルー(ユーロ)が、その間引き対象となっている。その数は年によって異なるが200万~700万頭とされる。このカンガルーの皮が高級サッカースパイクの材料などとなり輸出され、肉のうち約40%が輸出用として、残り60%が国内消費用としてスーパーやレストランに運ばれてくるわけだ(2017年度の統計)。
スーパーに並ぶからといって、ルーミートがオーストラリア人の間でよく食べられているかどうかは別問題。2008年と今から10年以上前の古い統計では、一年間に四度以上カンガルー肉を食べる人はオーストラリア人のなかでも14.5%程度(約4000万トン)だった。その後オーストラリア人の間で多少一般的となり、2017年度にはオーストラリア国内消費量も6000万トンほどまで上昇している。決して「好んで食べるお肉」という位置づけまではいっていないが、健康食品として食べられているのは間違いない。なにしろ、脂肪分が約2%と少なく、高タンパクで低コレステロール、癌や糖尿病に効果のある共役リノール酸(CLA)が豊富に含まれている、夢のようなお肉なのだから。
ルーミートを食べる
それじゃあ味はどうなのかと問われれば、これは他の肉同様、はっきり言って料理次第だと思う。肉は赤身で、ほんのわずかだが、獣くさいというか野生くさいというか、独特の匂いがある。だが味わい自体にクセはなく、さまざまなソースや香辛料に合いやすい。だからルーミートが、ちゃんとしたレストランの料理として提供されると、間違いなく美味なのだ。
いろいろなところでルーミートを食べてきたが、個人的にはケアンズのオカーレストランで食べたサーロインステーキが気に入っている。
オカーレストランは一般的に食べられている肉や魚はもちろん、カンガルーをはじめとするオーストラリアのジビエ(野生肉)を、さまざまな香辛料を使ったり、洗練された料理法を用いたりして食べさせてくれるモダンオーストラリア料理のレストラン。1994年にクレイグ・スクアイアー氏がオーナーシェフとしてオープンさせ、かつてオーストラリアのグルメ誌で「オーストラリアのトップ100レストラン」のひとつに選ばれたこともあるほど。現在の店舗は、ケアンズのグレートバリアリーフ・クルーズ発着場所リーフ・フリートターミナルにほど近い、海を望むボードウオークに面したレストラン街にある。店内はもちろんのこと、ボードウオークに並べられた屋外席まで、週末はいっぱいになるほどの人気だ。
ここで食べるカンガルー肉のサーロインステーキは、肉の最上部位の表面をさっとグリルして、赤ワインを使ったソースでいただくというもの。もちろん下ごしらえにも時間をかけているのかもしれないが、臭みはまったくと言っていいほどない。ほどよい柔らかさで、意外にあっさりした味にソースがうまく絡まって、何口でもいけそうだ。
まだまだあるオーストラリアン・ジビエ
オカーレストランのメニューに並ぶ野生肉には、カンガルーの他にもワラビー、クロコダイル(ワニ)、エミュー(ダチョウの次ぎに大きな飛べない鳥)などがある。小型カンガルー属のワラビーだが、こちらはおもにタスマニア州などでカンガルー同様の理由で間引きが行われている(間引きされるのはベネットワラビーとタスマニアパディメロンの2種類)。その肉が流通しているというわけだ。初めてワラビーを食べた時に思ったことといえば、カンガルーとの違いがあまりわからなかった、ということだった。
クロコダイルもエミューも、カンガルーやワラビーほど数は多くないし、農家に被害を与えるようなこともあまりない。まあクロコダイルは、ケアンズ近郊などではゴルフ場のウオーターハザード、ビーチ近くのマングローブの河口域など意外に人の生活圏に近いところにもいて、希に人を襲うこともあるのだが……。とにもかくにも、数が多くて間引きをするようなことはない。
クロコダイルはケアンズ近郊やダーウィン近郊などにあるクロコダイルファームで高級革(フランスの有名高級ブランドなどで使われている)と食肉用に育てられている。そういう意味では純粋な野生肉とは言い切れないが、まあ家畜ともいえないのでジビエのカテゴリーに入れていいのではないかと思っている。白っぽい身のお肉で鶏のささみのようにさっぱりした風味。臭みもなく「ワニだ」といわれなければ鶏肉だと思って食べてしまうような味。高タンパクの肉として注目も集めている。たぶんオーストラリアの野生肉の中で、いちばん食べやすいお肉だ。
エミューも西オーストラリア州などにあるエミューファームで、食肉、オイル、オストリッチに代わる高級革用に飼育されている。こちらも純粋な意味での野生肉ではない。しかしエミューの肉はかなり野生臭がきつく、スパイスやソースをうまく工夫しないと、美味な料理にはなかなかなりにくい。
観光地で美味しくエミューが食べられる場所としておすすめなのが、ケアンズ郊外のアボリジニ・テーマパーク、ジャプカイ・アボリジナル・カルチュラルパークのレストラン。2年ほど前に、ここでオーストラリアのワイルドミート盛り合わせを頼んで、その味のよさに驚いたのだ。特にエミュー肉のスパイス煮。しぐれ煮のように味付けされた肉で、赤身だが柔らかくてスパイスがきいていて野生臭を感じることなく食べることができたのだ。少し塩気のある味付けが、エミュー肉本来のうまみを引き出し、
「エミュー肉、なかなかやるなぁ」
と思ったほどだ。ちなみにエミュー肉は低脂肪、低カロリー、低コレステロール、高タンパクなお肉ということで、日本でも健康志向の強い人たちにかなり興味を持たれているらしい。まだ僕は行ったことがないが、北海道にはエミュー牧場(オホーツクエミューランド)もあるという。
《ジャプカイ・アボリジナル・カルチュラルパークで食べたワイルドミートの盛り合わせ》
大陸の真ん中で味わったポッサム料理
ブライアント・ウェルス氏は、有名レストランがしのぎを削るクイーンズランド州の州都ブリスベンで12年間にわたり、ワイルドミートを斬新な手法で料理して食べさせてくれるタッカーレストランのオーナーシェフとして腕を振るっていた。レストランは2016年に惜しまれつつも閉店したのだが、僕が彼に会った2012年当時は、オーストラリアの気鋭のシェフの一人として注目を集めていた。
彼の料理を味わったのはオーストラリア大陸のほぼ真ん中、アリススプリングス。毎年9月頃に開催される「アリススプリングス・デザートフェスティバル(砂漠祭り)」の最終日のガラディナー(祭典記念ディナー)に、ブライアント氏が招待シェフとして招かれていたのだ。
アリススプリングス郊外にある、オーストラリア内陸部の砂漠地帯に棲む生き物やこの地で生きてきたアボリジニの文化などを紹介する目的で造られたアリススプリングス・デザートパークのレストランが、ガラディナーの会場だった。アリススプリングスの町では、まず見かけることがないドレス姿の女性や、ジャケットを着たりジャケットは着ないまでもピシッとノリがきいたワイシャツを着た男性たちでテーブルは埋まっていた。
ブライアント氏がこの日用意したのは
アペタイザー:タスマニア産ポッサムのコンフィ
前菜:クロコダイルのヒレ肉のディンツリー産バニラソース
パン:ダンパーブレッド
メイン:エミューのヒレステーキ
デザート:ワトルシードやイチゴを使ったブッシュデザート
《ポッサムのコンフィ》
メニューを見てびっくりしてしまった。いきなりポッサム(フクロギツネ)である。今までオーストラリアの野生肉はいろいろ食べてきていたが、さすがにポッサムは初体験だった。料理が運ばれてくる前にブライアント氏が説明してくれる。それによるとタスマニア州では、農家の穀物を食べるポッサムの数が増えすぎないように州政府がコントロールしており、その一環で捕獲されたポッサムの肉がレストランに、毛皮が加工品として出回っているのだそうだ。
運ばれてきたポッサム料理は、トーストしたブリオッシュの上にクイーンズランド州原産の西洋スモモの一種ダビッドソンプラムのコンポート、脂身が少し付いた赤身のポッサム肉の両方が載った、見た目にもおしゃれな一皿。野生臭はまったく感じなかった。脂身の部分がちょっと豚の背脂みたいな感じで、赤身のお肉自体は意外に柔らかい。そのときテーブルが一緒だった英国人のジャーナリストが
「少しウサギの肉の味に似ているわ」
とつぶやく。僕はウサギ肉を食べたことがないので、本当のところはどうかわからないが、二口くらいで食べられる大きさということもあってか、ぺろりと平らげることができたのだ。
ポッサム以外の料理も、もちろんすばらしかった。クロコダイルのヒレ肉をあんなに上品な一皿として食べたのは初めてだったし、エミューも臭みをうまく取って歯ごたえのしっかりとある、いかにもオーストラリア人が好きなステーキに仕上げていた。でも、やっぱりこの日はポッサム肉のインパクトが強く、忘れられないディナーとなったのだ。
ブライアント氏とは泊まっているホテルが一緒だったこともあり、翌朝ロビーで話をすることができた。小柄で人なつこい笑顔で接する彼に、
「昨日のディナー写真をSNSにアップしたよ」
こう言ってその写真を見せたところ、
「ブリスベンに来たら、絶対に僕のレストランによってね。もっともっと美味しい料理がいっぱいあるからね」
本当にうれしそうな表情を見せて、こう話すのだった。
その後ブリスベンには何度も行っているのだが、前述したとおりタッカーレストランはすでに閉店している。彼のレストランを訪れる機会はもうなくなってしまった。忘れられないポッサムをはじめとするオーストラリアン・ジビエの極上料理。もう彼の料理が味わえないのがとても残念だ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?