存命であれば明日が96歳の誕生日
母親は1926年生まれ。父親が1925年生まれだった。
7年前に父親のあとを追うように冥土へと旅立った。
存命中は、勉强家・努力家の父親と違い、世間の狭い母親だな~と感じて居たが、後に、これで良かったんだね~と思う。
どちらも知識人だと辛いものがあるんだよね~たぶん。
30年ほど前。スタッフの一員だったとても賢い旧帝大の院卒の女子が居た。
彼女が選んだ相手は、竹炭を焼いているなんの変哲も無い人物だったが、後に納得した。
そんな生き方、暮らし方に憧れていたんだろうね~
霞が関で