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「ありふれた恋の物語」と思うなかれ。映画『ベイビーティース』

2月19日に公開された映画『ベイビーティース』。最初にこの映画のことを知った時、筆者は観る予定はなかった。というのも、本作は『難病モノ』×『不良とお嬢様の恋』という、いわばベタな題材同士の掛け合わせ。どちらも創作物では昔からあるお馴染みの題材だし、映画でもこうした題材を扱った作品は多くあるが、どちらかというとティーン向け映画のような印象が強い。(ちなみにあらすじは下記のとおり)そして、筆者があまり観ないジャンルでもある。

重い病に冒された16歳のミラは、孤独な不良青年モーゼスと出会い、自分を特別扱いしない彼に惹かれていく。モーゼスは不器用ながらもミラを優しく包み込み、ミラは彼との刺激的な日々を通して命を謳歌する。しかしミラの両親は娘を心配するあまり、モーゼスとの交際に猛反対。ミラの命の期限が迫る中、それぞれの感情をぶつけあう彼らだったが……。(映画.comより参照)

それを敢えて鑑賞したのは、事前に観た映画好きの友人が本作を強く薦めてきたから。加えて本作は、世界最大手の映画批評サイトRotten Tomatoesで94%という高評価を獲得しており、それならと観てきた訳だが、確かに今作は上記に挙げたようなティーン向けの難病恋愛映画とは明らかに一線を画する作品だった。以下にその感想を記しておきたいと思う。

まず、本作で印象的なのが映像と音楽。ミシェル・ゴンドリー監督の『エターナル・サンシャイン』(2004年)やゾーイ・ガザン脚本の『ルビー・スパークス』(2012年)をさらに洗練したかのようなカラフルな色使いが、目に鮮やかで美しい。そして音楽、この映画、音楽の使い方が本当に上手い。自然に場面に溶け込んでいくかのような音の重ね方は鑑賞中、何度も感心させられた。小説の一節かのような場面転換の描写も自然でお洒落。(特にエンドロールが素敵!)映像と音楽に関しては、まさにハイセンスという言葉が相応しい。

ビジュアルだけなら本作はファンタジックな恋愛映画といえるだろう。しかし、本作にはそうした映画に似合わない生々しい人間描写が描かれる。まず、ミラが好きになるモーゼスだが、こいつがけっこうなクズ。ミラの家に強盗に入ったり、家に遊びにきたら薬を盗んでいくなど、ミラの両親でなくてもこの男はやめといた方がいいと言いたくなるような行動ばかりする。モーゼスも母親に家を追い出されたり、話してる分には悪い奴ではないが、少女漫画などで描かれる不良のように必要以上の美化はされていない。本作は人間の描き方がとにかくリアルなのである。

本作のもう一組の主人公ともいえるミラの両親の関係も生々しい。一見何の問題もないように見える2人だが、ヘンリーは情緒不安定なアナに若干冷めかけており、向かいのシングルマザーのことが密かに気になっている。アナもミラをバイオリンのレッスンの講師と過去に何らかの関係があったことが伺える。実はミラを通じてのみ2人の関係が成り立っているようにも見える。愛情は冷め切っているけど、子供がいるから別れないというのも現実的によく聞く話だ。初めて恋を知ったミラとモーゼス、対して倦怠期を迎えていえるアナとヘンリー、この対照的な二組の描かれ方も本作の面白いところだ。だが、ミラとモーゼスの関係も自然発生したという訳ではない。(年齢差もあってモーゼスはミラを恋愛対象として見ていない)このように本作は、ファンタジーの皮を被っているが、その中身は美化されていないリアリズムに基づいた物語なのだ。このアンバランスさこそが他のファンタジックな恋愛映画と異なる点だし、新鮮な点でもあると筆者は思う。また、この題材の作品にありがちな、過度に泣かせる演出がないのも良い。

本作でミラを演じたエリザ・スカンレンは、今作でベネチア国際映画祭で新人俳優賞を受賞しているだけあって、透明感のある存在感と瑞々しい演技に引き込まれる。モーゼスを演じたトビー・ウォレスの存在感も素晴らしい。本作のシャノン・マーフィ監督は、今作が長編デビュー作。今回は戯曲が原作ということだったが、個人的にこの監督のリアリズムな作風で撮られたオリジナル脚本の作品も観てみたい、そう思わせる才気あふれた監督だった。ということで、『ベイビーティース』気になってる方は是非チェックして見て欲しい。


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