記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【かつての少年も大人になった】映画『THE FIRST SLAM DUNK』感想

先日、映画『THE FIRST SLAM DUNK』が興行収入82億円を突破したというニュースを目にした。週末土日の動員では7週連続1位を達成し、観客動員は560万人を突破しているという。

興行だけでなく作品の評判も上々だ。日本最大手の映画レビューサイト「Filmarks」では1月16日時点で5点満点中4.4という高評価を記録している。

これは本当に凄いことだ。
例えば『THE FIRST SLAM DUNK』と同じ、東映アニメ映画『ONE PIECE FILM RED』も興行収入180億を超え、社会現象にまでなったが『ONE PIECE』は今現在もジャンプで連載が続く超人気作品。

対して『SLAM DUNK』は26年も前に連載が終了し、それ以降アニメ化などメディア展開はされていない。

つまり『THE FIRST SLAM DUNK』のターゲット層はかなり限られていた訳だ。

さらに本作は「公開まで内容は一切明かさない」という秘密厳守の宣伝を行ったこともあり、公開前は作品の質や興行を不安視する声も多く見られた。

加えて、座席を予約させた後に声優陣の一斉交代を発表した時はSNSが炎上する自体にも陥った。

本作の公開前を巡る状況は、劇中の湘北同様、逆境に立たされていたと言える(個人的には声優交代とかは気にならなかったが、原作者が監督をつとめることが不安だった)。

2022年製作/124分/G/日本

そうした中で蓋を開けてみたら、それまでの不安を吹き飛ばすかのような絶賛評の数々と好調な売上記録。こんな綺麗な逆転ホームランは久し振りに見た。

26年振りの作品がここまで人気が出たのは、作品が素晴らしいということも勿論だが、それだけ熱狂的なファンがついていたということもあるのだろう。

本作は製作が決まるまでに5年という歳月が費やされており、すんなりと映像化が決まった訳ではない。
原作者の井上雄彦先生が断っても、新たなパイロット版を作って何度もアプローチしたそうだ。

このエピソードからも製作側の熱い思いが伺える。興行もこのような熱い思いを持ったファンが集った結果なのではないだろうか。今作の盛況っぷりを見て改めて『SLAM DUNK』の人気の高さを思い知らされた。

前置きが長くなったがこの記事では『THE FIRST SLAM DUNK』の感想について述べていく。

ちなみに『SLAM DUNK』についての自分の認識は、アニメで大体の内容を知っている程度。原作もひと通り読んでいる状態(『バカボンド』、『リアル』も読んでいたが、途中で離脱してしまった…これを機に読み直そうかな)。

※以下は映画の詳細な内容に触れています。未鑑賞の方はネタバレにご注意ください。

まず驚いたのが、井上先生の画がそのままアニメーションになっていること。まさに漫画からそのまま抜け出したかのよう。

原作者直々に指示しただけあって再現度の高さには目を見張るものがある(映画スタッフに絵を描いてもらうのが井上先生にとって一番のチャレンジだったらしい)。この作画の高さもあって物語にすぐ引き込まれた。

オープニングは特に心に残った場面の一つだ。The Birthdayの『LOVE ROCKETS』に合わせて、線で描かれたキャラクターたちに色がつき横並びで歩き出す。

敵は最強の山王工業、会場はアウェイ。まさに「これから反逆の物語が始まるぞ!」と狼煙を上げたかのような始まり方にテンションが上がる。

自分はこのオープニング映像を観た時、チバユウスケ繋がりで豊田利晃監督の『青い春』のオープニングが頭をよぎった。

THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの『赤毛のケリー』をバックに松田龍平らが横並びに颯爽と動き出すあの場面だ。チバユウスケの歌声と男達という組み合わせはいつも画になる。

オープニングの格好良さに痺れつつ本編への期待がいっそう高まった。

『青い春』

映画は原作における最終戦の山王工業戦を中心に、試合に関わる選手たちの過去が回想という形で挟まれながら進んでいく。

この試合はTVアニメシリーズでは描かれなかっただけに、ファンにとって待望の映像化だろう。

本作はとにかく試合描写が熱い。
劇中で一番魅力を感じたのが没入感と臨場感。試合中の選手の目線のようなカメラワークと臨場感が凄まじい。まるで自分が本物の選手になったような気分を味わった。

本作は周囲360℃にカメラを設置し試合をモーション・キャプチャーで撮る施設で撮影されたということだが、それだけで終わりではなかったそう。井上先生が目指したのは「リアルなバスケの動きの表現」。

選手たちのドリブルや動きも驚くほど滑らかでリアル。
こうした映像も、撮影映像の動きをひとつひとつ調整するという気の遠くなるような試行錯誤のうえの成果だという。

こうした映像を通じて井上先生が映画で表現したいことが理解できた気がする。

これは試合だ。
観客は試合を見守ると共に、自分も試合にいるかのような体験をする。そうすることで実際のバスケの試合の迫力を感じることができる。

試合パートが映画の迫力を担っているとしたら、ドラマパートは映画の繊細な部分を担っている。
原作と違い、宮城リョータを主人公に据えた物語で描かれるのは、誰も観たことのなかった『SLAM DUNK』だ。

原作を読んだ時に思っていたことだが『SLAM DUNK』は主要キャラクターの家庭環境についてはあまり触れられていない。高校の部活が題材としながら、登場人物たちの家庭があまり語られないのが珍しいと思っていた。

なので、今回の映画で宮城リョータのパーソナルな面を描いているのは『SLAM DUNK』の新しい一面を見たという気分とともに、これまでの物語とは一味違うという感想も抱いた。
どちらかというと、本作は『リアル』に近い雰囲気を感じた。

実際、井上先生もインタビュー内で「年齢を経て光の当たっていない部分を描きたかった」と作風の変化について答えている。

井上先生へのインタビュー内で、特に本作を象徴してると感じた箇所があったので載せておきたい。

「かつて描いたものは、まだ痛みを経験していない状態で前に出ていた。そうではなく、弱い者や傷ついた者がそれでも前へ出る。
痛みを乗り越え、一歩を踏み出す。これが今回の映画のテーマだと。」

『THE FIRST SLAM DUNK
 re:SOURCE』ロングインタビューより抜粋

兄を失った悲しみとコンプレックスを抱えたリョータが痛みを抱えながらも少しずつ前に向かっていく姿に心打たれる。

また、痛みを乗り越え一歩を踏み出すのは、リョータやリョータの家族だけではない。

チームの大黒柱的存在である「ゴリ」こと赤木剛憲も痛みが描かれている人物だ。
これまでの『SLAM DUNK』シリーズでは不動のごとく強い存在として描かれていた赤城が、本作では過去の先輩たちとの軋轢や山王戦での自身の喪失と、これまでにない脆く弱い面が描かれる。

原作のゴリは常にブレない強い人物だったので、この姿は少しショックだったし、倒れた彼の周りに仲間が駆け寄って立ち上がらせる姿こそ本作を象徴してるとも思った。

本作の『THE FIRST SLAM DUNK』というタイトルをつけるにあたって、井上先生は「テレビアニメでも漫画の続編でもなく、ひとつ独立した固有の命みたいな意味合いを持たせたかった」と語っている。

確かにこれは『SLAM DUNK』の続きであって続きではないと思う。「痛み」という題材にした点もそうだが、映画からは原作にあった若さと勢いが薄まった代わりに落ち着きと成熟さを感じた。

原作の良い意味での脳天気さも好きだったので、この作風の変化は正直少し寂しくもある。
これは親戚の子が暫く見ない間に大人になっていた時の感覚に似ているかもしれない。

一抹の寂しさとそれ以上の感慨深さ。かつての無邪気さは失われたが、その逞しさに感動も覚えるのだ。

実は鑑賞したのは去年の12月25日。2022年のTop10入りするかは最後まで悩んだ。

この記事が参加している募集

#アニメ感想文

13,022件

#映画感想文

68,930件

読んでいただきありがとうございます。 参考になりましたら、「良いね」して頂けると励みになります。