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『窓辺にて』に自分を重ねて観ていた【映画感想】

妻の浮気に気付くもショックを受けない自分に戸惑う夫。彼はさまざまな人たちと交流していく中で「好き」という感情に触れ自分を見つめ直していく…

映画『窓辺にて』は2022年11月4日から公開されている作品だ。監督は『愛がなんだ』、『街の上で』の今泉力哉。主演は『半世界』、『ばるぼら』の稲垣吾郎。共演者には中村ゆり、玉城ティナ、若葉竜也、志田未来、佐々木詩音。

本作は今泉力哉監督が稲垣吾郎を主人公にオリジナル脚本で撮りあげた作品だ。

あらすじ:フリーライターとして活躍する市川茂巳は、文学賞の授賞式をきっかけに高校生作家の久保留亜と親しくなり、彼女の受賞作「ラ・フランス」のモデルになった人たちと交流していく。
そんな茂巳にはある悩みがあったが、誰にも打ち明けておらずその悩みを話せる相手を探していた…

これまで観てきた今泉監督作品の中でも今作は終始オフビートな作風。恋愛映画というよりは稲垣吾郎演じる1人の男の生き様に焦点を当てているという印象を抱いた。

正直、鑑賞直後は自分にはそこまで刺さらなかった。詳細な感想は下記に述べるが、これまで観てきた今泉監督の作品の中では一番ハマらなかったかもしれない。

ただし、これはあくまで筆者の感想だ。本作は第35回東京国際映画祭のコンペティション部門で観客賞を受賞していること、日本最大の映画レビューサイトfilmarksでも4.0(11/8時点)という高評価となっていることから、多くの人が本作に高い満足感を得ていることも分かる。

また、合わないと述べたが好きな場面も多い。主演の稲垣吾郎さんは当て書きされただけあって、本人が映画に出ているような溶け込み具合だし、中村ゆりさんを始めとする他のキャスト陣もハマっている。

会話の応酬も面白く、柔らかくも暖かみのある映像が心地良い(撮影は『君の鳥はうたえる』、『佐々木インマイマイン』の四宮秀俊さん、これらの作品の映像も素晴らしい…!)。今泉監督の作品が好きな人なら観に行って損はないと思う。

※以下は映画の詳細な内容に触れています。未鑑賞の方はネタバレにご注意ください。

2022年製作/143分/G/日本

【感想】

会話の応酬も面白いし、暖かみのある映像も心地良い。143分間という短くない時間も退屈することはなかった。ただ終わった瞬間「え?これで終わり?」と思ってしまった。

正直、鑑賞直後はこれまで観た今泉監督作品の中で一番つまらないとすら思った。劇中の言葉を借りるなら私には必要のない作品だと思った。

帰り道、電車に揺られながら映画の内容を反芻していた。今泉監督の作品を全て観てきた訳ではないがどれも面白かった。勝手ながら今泉監督には信頼を寄せている。だからこそ「何か見落としてないか?」、「意図を読み取れてないのか?」と考えた。それに本作の鑑賞前に見かけた今泉監督のツイートも心に残っていた。

ツイートの内容はこう。「人を愛せることは当たり前、好きな人がいるが前提とか好きと言う気持ちを疑わないというとかは窮屈に感じる。好きっていうことがよくわからない人達を描きたい」

このツイート自体好きだが、特に「好きっていうことがよくわからない人達を描きたい」という言葉が響いた。本作がどんな物語になるか楽しみにしていた。

思えば『愛がなんだ』にしろ『街の上で』にしろ今泉監督はこれまでにも「好き」という感情に一癖ある人たちの物語を描いてきた。そういう意味では、本作はまさに「好きということがよく分からない人」をストレートに描いた作品になっていると思う。

では、なぜ自分に刺さらなかったのか?自分に必要ないと思ったのか?そのことについて考えてみた。

まず内容を整理したい。
本作は稲垣吾郎演じる市川茂巳が、妻の浮気を知っても自身の感情が動かないことに悩むところから始まる。茂巳が様々な人たちと出会い、交流を通じて自身のアイデンティティを見つめ直す物語だと筆者は捉えた。

本作のあらすじを知った時、頭に浮かんだ作品がある。西川美和監督の『永い言い訳』だ。妻が死んだのに悲しむことができない夫の姿を描いた作品で、妻ににショッキングな事が起きたのに夫の心が動かないという部分で共通している。

ただ『永い言い訳』は、夫が己を省みるという、いわば「心の成長」を描いた作品だったが、『窓辺にて』は自身を改めて知るという「気付き」の話だ。好きという感情表現が多くの人と異なる人間を描いた作品だ。

多くの人と違うという点で、本作にはマイノリティな人に対する無理解も描かれている。茂巳が「妻の浮気を知ったのに心が動かなかった」ことを友人である有坂夫妻に相談する場面だ。志田未来演じるゆきのは茂巳の告白に激怒する。

この行為自体はなんら不思議ではない。浮気に怒らない=好きではないと思ったのだろう。自身も旦那に浮気されてることもあって、なおさら感情を爆発させたのだと理解できる。

キツイのは若葉竜也演じる正嗣の言動だ。茂巳のいない場で「普通はあり得ない」という陰口を冗談を交えて浮気相手に話す。正嗣自身にそこまで悪気がなさそうなのがよりキツい。恐らく茂巳自身はこの陰口を聞いたとしても飄々としてそうだが、自分はショックだった。

というのも、実は自分も茂巳とよく似ていると感じていたからだ。自分も茂巳のように淡々としており、良くも悪くも他人事な態度をしているらしい。過去にも何人かにそのようなことを言われたことがあるので、自分の思い込ではないだろう。だからこそ、無意識のうちに茂巳に感情移入して観ていたのだと思う。

劇中、茂巳が自身で決断する場面はほとんどない。基本相手に振り回されたり相手の決断にゆだねている。相手の言うことにも基本素直に従っている。こうした行動も茂巳の性格をよく表しているといえるだろう。

正嗣は茂巳とは正反対の人物だ。茂巳と正嗣、2人は多くの面で対照的な存在として描かれている。中でも特に2人の性格の違いを感じた場面がある。正嗣が自分で車を運転して目的地まで行ってるのに対し、茂巳はタクシーに乗り目的地まで運んでもらっている場面。

浮気、家庭環境…あらゆる面で市川と正嗣は対比になっている。

これが偶然か意図したものかは分からないが、この場面を見た時、茂巳はこれまでの人生においても、自分から決断をしてこなかったのかもしれないと思った。相手がいるときは選択肢を相手にゆだねてきたのではないだろうか。

筆者自身も日常生活でそういう行動をしがちだが、それは面倒臭いからとかどうでもいいからではなくどの選択でも自分は平気だからだ。それで相手の気持ちを先に汲もうとする。

茂巳もそんな性格だからこそ、決定的な場面でも自分ではなく相手の気持ちを優先してしまう。浮気を知っていたことを紗衣に告げる場面、紗衣が怒るのも当然だ。あの場面は紗衣に選択をゆだねるのではなく、茂巳自身の気持ちを告げるべきだっただろう。

もしかしたら自分はこの2人の結末に納得がいかなかったから、本作に物足りなさを感じたのかもしれない。

茂巳は紗衣の関係に悩み、ゆきのには「別れた方がいい」と言われ、結果、別れてしまう。だけど茂巳が紗衣のことを好きなことは間違いない。2人で今後のことについて話す場面、茂巳が絞り出すように言う「浮気に対して強い感情が動かない。でも好きなことは間違いない」という言葉は間違いなく本心だ。

確かに茂巳みたいな人は少数だし傍から見たら変わっているのかもしれない。でも茂巳みたいな人がいてもいいはずだし、そういう人でも好きな人と付き合っていける未来を見たかったのしれない。

本作を観た皆は茂巳をどう思ったんだろう?
筆者は茂巳に感情移入してるから茂巳よりで考えてしまうが、ゆきのの言う通り、紗衣と別れて良かったのだろうか?紗衣は茂巳のような人がパートナーだと可哀想なのだろうか?是非、他の方の感想も聞いてみたい。

しかし、改めて思いを巡らすとこの映画はこれで良かったんだとも思う。茂巳があの場面で感情的になったり「やっぱり別れたくない!」と叫ぶようなドラマチックな展開は茂巳の性格的に噓になる。あくまでも淡々と感情をむき出して泣いたりはしない。静かな悲しみを引きずる、それが茂巳の生き方なのだ。

パフェの名前の由来の場面が印象に残っている。筆者は「人は完全ではない、だけどそれで良いしそこが愛おしくもある」というメッセージのように感じた。茂巳の描き方に必要以上の優しさはない、ただ静かに肯定してくれている。そこに今泉監督の優しさが感じられる。

甘党なので映画見てたら今度パフェが食べたくなった。

今もまだ自分の中で受け止め方が定まってないし、何年後かに観たらまた感じ方も大きく変わってくるのかもしれない。
合わないとは言ったものの、こうして感想にまとめると何だかんだ楽しんでるのかもしれないな自分。

ミッドランドスクエアシネマ2の11/5の12:55の回にて鑑賞。劇場は8割ほどの埋まり具合。吾郎ちゃんファンの女性かな?女性の1人客、男性1人客、後カップルの姿がチラホラ。

※ちなみにパンフレットは劇中にでてくる小説『ラ・フランス』の一片が載っていたりとかなり充実な内容。後、題名にあった装飾が凝ってるので映画が気に入った人はお薦め!

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