回想する美術館_03


邦楽と六本木の美術館

ラジオから流れてきた曲に目が覚めた。
遅くまで飲んでいて、また終電を逃してタクシーに乗った。もうこんな生活やめた方がいいと毎日言い聞かせている。しかし、なかなかやめられない。タクシーは環七通りに入った。
曲は、ヒグチアイの「東京にて」。タイトル通り、東京について歌った邦楽らしさ全開の曲だった。情緒的な歌詞としっとりしたテンポが刺さった。

その時、ふと3年前に訪れた森美術館を思い出した。
自販機で買ったポカリスエット軽く飲み、目を閉じて当時の記憶をたどっていった。
暗闇の中、ビル群の明かりの残光が視界の中に滲んでいる。

大学2年の10月ごろ。僕は、森美術館に訪れていた。
森美術館は、六本木ヒルズ森タワー53階部分に位置する美術館施設だ。開館は、2003年と比較的新しい。展示内容は、鬼滅の刃やサンリオの展示といった周知されているエンタメものから、Chim↑Pomや塩田千春など知る人ぞ知る有名アーティストまでと幅広い。
さらに、展望デッキもあり、プラス500円で屋上から東京の街を一望出来る。

当時、友人と初めて屋上に登った。時刻は夕方ごろ。屋根もなく空気はすんでいて雲も少なく、東京全体を見渡せる心地の良いところだ。
ちょうど、夕方と夜の境と言ったところか。ちらほらと街に明かりが灯ってきている。
ベンチにゆっくりと腰をおろし、景色を眺めた。

幼少期にレンタルビデオを借りに行ったキャロットタワー、母が偶然チケットを当て、開業すぐに訪れたスカイツリー、つい先日に別れた彼女とデートで行った東京タワー、大学をサボって時間を潰していた新宿庭園、知らず知らずのうちに景色を自分の人生に当てはめていた。
窮屈に敷き詰められたビル群1つ1つにひとりひとりの人生があり、誰もが自分の人生を模索している。そんな「東京という街」のあまりのスケールの大きさに若干の恐怖を覚えたが、夜景は銀河のように美しく、全身が吸い込まれそうになった。

あたりは完全に暗くなり、雲が見えなくなっていく。
前澤社長が購入したと騒がれていたあのバスキアの展示を見た後のこの景色だった。
ニューヨークのストリートで生まれ育った彼がこの景色を見たら同じことを考えるだろうか?

タクシーのラジオはとっくに別の曲が流れている。気がついたら、ワイパーが規則的に雫を弾いている。長い時間が経ったように感じたが、ほんの数分しか時間は流れていなかった。

薄暗い車内の中、僕はそっとスマホとイヤホンを取り出し、再び目を閉じた。

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