shimons

人のカタチをしたナニか。 手の届く範囲の日常の記録と感情の整理 舞台監督・作演出・舞台…

shimons

人のカタチをしたナニか。 手の届く範囲の日常の記録と感情の整理 舞台監督・作演出・舞台構成・花・食・舞台・写真・昭和町・不撓不屈

最近の記事

夏の思い出

夏の思い出 私は小学五年生の頃に 大阪から父の実家に近い田舎に 引っ越した。 夏休み明けの引っ越しと 勝手に思っていたが 子供の事情なんで全く関係なく 中途半端な6月後半に 引っ越しすることになった。 そのおかげで なかなか友達に馴染めず そのまま夏休みになってしまった。 友達もいない新しい地での夏休みは 本当にすることもなく 朝から近くの神社で絵を描いたり 涼しい図書館で本を読んだり 知らない場所を探検したり なんとなく1人で過ごしていた。 夏休みも半ば過ぎて こ

    • 三波春夫な日曜日

      全国的に日曜日 久しぶりに近所のコンビニで 声を荒げる人に遭遇した。 聞こえてきたフレーズ 客「おい!お客様は神様やろ!」 店員「・・・」 三波春夫の有名なフレーズ いやレッゴー三匹のギャグで有名 客商売としては客から言われると とても鬱陶しい必殺のセリフ しかし、三波春夫にとっての 「お客様は神様」とは自分の歌を 聴いてくれる聴衆のことで 客席にいらっしゃるお客様と ステージに立つ演者という形から 生まれた言葉である。 三波春夫が言う「お客様」は 商店や飲食店のお客

      • 一番難しいこと

        この世で一番難しいことは 自分の想いを人に伝えること 上手く伝わらなくて当たり前なんだ。 同じ言葉の僕たちですら誤解し悩み続ける。 しかしその反面 ぼくたちは国や人種が違っても 同じ誰かの歌に感動し 同じ誰かの身体表現に心奪われる。 僕たちは無意識のうちに 世界共通の第三の共通言語をもっているのだ。 愛し合えなくてもいつか理解しあえるだろう。

        • ロケット

          それぞれが抱える それぞれの日常世界から抜け出して 理想とする表現活動を日常生活と するのはとても難しい。 それは 母なる地球の重力に逆らって 飛び立って行くロケットのように 長い年月をかけて準備し たくさんの仲間に見守られ 多くのチカラを借りて 時には何かを犠牲にしながら いろんなモノを切り離して 目的にたどり着くことも 必要なのかもしれない。

        夏の思い出

          ここにいなくても

          あなたがここにいなくても 地球は回り続けるし 社会も何も変わらない。 だけど あなたがいなければ 前に進めない仲間もいる。 大丈夫 離れていても繋がっている。

          ここにいなくても

          陰口を叩かれて

          陰口を叩かれながらも 限られた条件のなか 今日も自分なりに邁進する。 嫌われながらもカタチを築いていく。 モノを創るとは 耳障りの良い事ばかりではない。 理解して欲しいではない。 邪魔をするなだ。

          陰口を叩かれて

          弱いということ

          体やココロが弱っている時にしか 感じられないコトがある。 多かれ少なかれ誰だって 弱気になるし不安になる。 みんなが強いわけじゃない。 傷ついたからといって 弱いわけじゃない。 強くならないといけない? 頑張らないといけない? 強くて鈍感になるよりは 弱くても繊細でありたい。  モノを失った時は必死で探すが ココロを失っても気が付かず平気 そんな人になるくらいなら 私は弱く生きていきたい。

          弱いということ

          表現者へ

          コロナで世界は変わった。 しかし変わらないモノもある。 君たちの表現が この世界に触れるたびに 薄紙を重ねるように 世界は少しづつ変化していく。 今は先の見えない濁流の中 政治や文化や人は混迷し その流れは ますます濁り始める。 しかしどんな激しい濁流でも 劇作家や役者やダンサーは その濁流の中から 神の如く一滴の純水を くみ出すチカラがあると 私は信じている。 今、この世界を変えるのは 国や強靭な政治ではない。 偏った正義やお金でも軍事力でも テロリストでも政治家で

          表現者へ

          ふと思い出したこと

          もう30年も前の事 こんな事を思い出すのはとてもダサいが 有る程度の歳を重ねるとこういう心境の日もある。 素敵な夏休みを期待させるような爽やかな風が吹いていた。大学生になった僕の初めての夏休みが始まった。幼い頃から絵を描くことが好きだった僕は芸術大学へ通っていた。 大学は家から建物が見えている距離にあったが どうしても親から離れて生活をしてみたいと言う衝動にかられ友人と大学の近くに安いアパートを借りて六畳一間、男二人で生活を始めていた。 最初のころは二人とも夜遅くまでい

          ふと思い出したこと