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ふと思い出したこと

もう30年も前の事
こんな事を思い出すのはとてもダサいが
有る程度の歳を重ねるとこういう心境の日もある。

素敵な夏休みを期待させるような爽やかな風が吹いていた。大学生になった僕の初めての夏休みが始まった。幼い頃から絵を描くことが好きだった僕は芸術大学へ通っていた。

大学は家から建物が見えている距離にあったが
どうしても親から離れて生活をしてみたいと言う衝動にかられ友人と大学の近くに安いアパートを借りて六畳一間、男二人で生活を始めていた。

最初のころは二人とも夜遅くまでいろいろな話をしたり、毎日の共同生活も順調に進んでいたが、二ヶ月ぐらいたつとお互いに彼女ができたり、新しい友人もできたりして、だんだんとお互いの存在が鬱陶しくなってきて顔を合わすのも本当に煩わしくなってきていた。

そうこうしているうちに夏が訪れた。大学が夏休みに入ると地方から出てきていた同じアパートに住んでいた仲の良かった友人たちも田舎に帰っていき、共同生活をしていた友人も夏休みが始まると早々に田舎に帰っていった。その頃付き合っていた彼女は髪の長いバイクの好きな女の子だった。

彼女の田舎は北海道だったが車の教習所に通っていたので仮免許が取れるまでのあと一ヶ月間は田舎には帰らない予定だった。僕は近くに居ながらそんな彼女とあまり会おうとしなかった。嫌いでは無かった。とても好きだった。それを伝えるのが恐ろしく下手だった。彼女よりも僕のほうが子供だっただけだった。

今でもそうなのだがある程度親しくなった人にあまり自分の領域にはいられるのがいやだった。甘えてたのだ。彼女とも会おうとしない僕の毎日は朝から晩までスーパーのバックヤードで取り付かれたように品出しとダンボールの山と格闘することだった。

働きやすい環境でこれといって問題も無かったが、毎日の単調な作業と刺激のない毎日に少々うんざりもしていた。バイトの休憩時間には、休憩室に置いてあった旅行の雑誌を見ながら誰も知らないどこか遠くへ行きたいと考えるようになって、その気持ちは日々どんどんと僕の心の中で大きくなっていった。

夏休みも一週間ほど経ったある日のアルバイトの帰り道で何気なしに買った一冊の雑誌の住みこみバイト募集が妙に気になり、夕方には募集広告のバイト先に連絡し採用されていた。六畳一間の自分の部屋で新しい扉を自分自身で開けた満足感とぞくぞくするような期待で結局、朝まで寝付くことができなかった。

大阪から富山県に走り出した電車は僕が思っていた以上に混雑していた。やはり夏休みとあって、子供みたいにはしゃいでいる中高年の登山グループ、金沢のガイドブックをひろげて友人と見せ合う若い女の子のグループ、運動部の合宿へいく大学生らしき集団などの乗客でごったがえしていた。

富山県までの列車の旅をゆったりと窓の外を眺めながら過ごすつもりだったが、自由席には座席も僕の居場所も無かった。仕方なく連結部まで引き返した僕は、あーあと思う反面、ほっとした気持ちもあった。そんな複雑な気持ちで眺める大阪の街は、夏の強い日差しのなかで高く白く輝いて僕の旅立ちには眩しすぎた。

僕は、無機質な街の風景をただ眺めながら、ありふれた恋愛小説のように昨日別れた彼女のことを少し思い出し、かき消すかのようにもう温くなったコカコーラを一気に飲み干した。

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