英語を使えているとはどういうことか?

現在、私は日本語、英語、ドイツ語を使えています。

では言葉を使えているとはそもそもどういうことでしょうか。

多くの言語学習者にとって、言葉を使えるということは、ネイティブの英語話者、ドイツ語話者と会話ができること、と考えられています。

しかし、ここで問うべきは自然言語を用いたコミュニケーションとは一体何か?ということです。言語を使えるようになることで、どのようなコミュニケーションが可能になるのでしょうか。

言語にはルールがあります。学校で習う文法は言語を有意味なものにしているルールです。ではこのルールが理解できて、ルール通りに英語が書けて、話せれば英語を身につけたと言えるのでしょうか。そうではありません。

次のような場面を想像してください。

ある高校のサッカー部の部員たちがいます。彼らは大会が近いにもか関わらず、真面目に練習せず、遊んでいます。そこに熱血漢の監督がやってきて、部員たちを叱って、整列させました。そして「やる気の無いやつは帰っていいぞ!!」と言った。

さて、この場面での言語使用を考えて見ましょう。文法ルールにしたがって監督の発話を理解すると、「やる気のない部員がいれば、その部員は帰宅しても良い」という許可を与える発言と理解されます。

しかし、日本語のわかる人なら誰でも、これが「真面目に部活動に励め!!」というメッセージであることが読み取れるはずです。ここでの問題はこのメッセージが声に出されたものではない、という事です。

言葉を使う、言葉を身につけるということは、このように「文法ルール通りの意味」「発言自体が持っている明示的でない意味」の両方を理解できるようになるという事だと言われています。言い換えれば、言葉を身につけるとは、言葉にならないメッセージを受け取れるようになるということなのです。

現代思想や批評などに関わる人たちの中には、文法ルール通りの意味を「ベタ」なメッセージと言い、明示的でない(真の)意味を「メタ」なメッセージ(メタメッセージ)と呼んだりします。(メタメッセージという用語は人類学者のベイトソンの考えたものです。)

このメタメッセージのやりとり(メタコミュニケーションと言います)はあらゆる言語行為に付きまとうものなのです。

例えば、新婚ほやほやの夫婦を想像してください。妻が手料理を夫に作り、それを夫が食べています。そこで妻は「美味しい?」と聞きました。

これは文法ルール通りの意味としては「美味しいかどうか」を尋ねる文ということになるでしょう。しかし、ここでは本当に料理の味について聞いているのではないでしょう。ここではあらかじめ「美味しいよ」という答えが返ってくることを想定した上で、お互いの愛情確認のためのコミュニケーションを行っていると考えた方がしっくりきます。

このように、人間関係やさまざまな文化は文字通りの意味よりも、むしろメタコミュニケーションによってその質が決まるということはよく言われることです。

つまり、言葉が身についたということは、言葉のやりとりを通じて、明示的でないコミュニケーションができるようになるということなのです。このような言語使用の典型的な例としてジョークが挙げられます。以下は映画『グッド・ウィル・ハンティング』で出てくるジョークです。下品です。

ある男が飛行機に乗っていると、マイクを切り忘れたコックピットからパイロットたちの会話が客席に聞こえてきた。A「熱いコーヒーでも飲みたいなぁ」B「ああ、それに女の子に口でしてもらえたら最高だな」。それを聞いたCAが慌ててコックピットへ向かった。そこで客の一人がCAに向かって、こう言った。「おい、コーヒーも忘れるなよ!」。

さて、まぁ下品なジョークですが、ここでもメタメッセージが機能しています。この場合、当然CAは会話が筒抜けになっていることを知らせにコックピットへと向かったはずです。そうわかるのは我々がメタメッセージを読み取れるからです。しかし、この例ではCAの行動を別のメタメッセージとして読み取った人物がいたということです。その乗客はCAの行動を性的サービスをしに行ったと、あえて読み間違えて見せたのです。

この例からわかることは何でしょうか。まず、メタメッセージの意味は一つに決められないということです。CAの行動を「注意しに向かう行為」と読み取ることも、「性的サービスをしに向かう」と読み取ることもできるからです。

ではメタメッセージの意味はどうやって決定されているのでしょうか。私はこの記事でメタメッセージの例をいくつかあげましたが、その際にどのような状況・関係の下で発言が行われたのかを付け加えていました(遊んでいる部員や新婚ほやほやの夫婦)。そうです。メタメッセージの意味は前後の文脈や状況の流れ、発話者どうしの関係によって決定されるのです。

ということは、ルール・文法を身につけるだけでなく、自ら状況や関係を構築することを通じてでなければ言語が真に身につくことはない、という事です。言葉は使ってみて、新たな状況や関係を作り出すことを通過しなければ身につくことはないのです。これは日本語を身につける幼児が通過するプロセスでもあります。

このように、言語はルールだけでなく、メタメッセージのように多様な解釈や意味に対して開かれています。言語学習者はさまざまなシチュエーションや関係の中で、新たな言語使用にチャレンジしてみてください。

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