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締め切り#014 あたらしい仕事 / 高橋みさと

田んぼを作るために溝を掘っていたら、カエルが飛び出してきた。シャベルを持っていたし、しかもシャベルにはもはや土ではなく、水分をたっぷり含んだ泥がついていたから重すぎて、避けられずに「おっ」っと声が出ただけだった。カエルは私の足にぶつかったあと、田んぼ仲間の足元に着地した。


「お、アマガエルかな、大きいねぇ」と仲間が手を伸ばしたので、慌てて写真を取ろうとしたら、仲間の手から逃げてしまった。

もう何年も虫に触っていない。
もちろんカエルにさわったのも遠い昔のことで、特になにをされたわけでもないのに生きたカエルを触る気になんてなれなくなっている。
「持てない」というと、「え、なんで」といって仲間は水の中にためらわず手を伸ばした。

つぶさないように、だけど逃げられないようにカエルの脇のしたに指を入れる。指が入ったおかげでカエルの腕が持ちあがり、4本の指を大きく広げている。
その手に自分の親指を合わせながら「ハイタッチ!ハイファイブ!」と嬉しそうにくりかえす仲間を見て、なつかしくてうれしい気持ちがこみあげてくる。

去年の今頃はずっと所属していた会社という組織からはなれたばかりで、毎日がぼんやりとしていた。会社にいるときは、どんなかたちであっても風船のひもがつながれていて、つながれていることだけでなんとなく安心なんだと思っていた。

今は埼玉の郊外へ移住して、田んぼ作りの仲間と知り合い、週に一度集まって溝を掘ったり、草を刈ったりしている。
そして、半分しか開いていない目を見つめたり、首元のたるみやお腹の点々を観察したりしながら、苗字しか知らない仲間の手のなかにいるカエルと指先でハイタッチして笑っている。

風船のひもがきれたらどうしよう、と思っていた私のことを、今は草だらけの耕作放棄地に無心で溝を掘っている私のことを、カエルは別にどうでもいい、とさっさと水の中に飛び込んで、すぐに見えなくなってしまった。

高橋みさと
長野県上田市生まれ。埼玉県飯能市在住。ライターとときどき経理業。
山歩きと散歩好き。最近は暇さえあれば寝ていたい。


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