東北から船に乗る
わたしの中に命が宿るのは、引越しの前後だ。
臨月を控えた身重のわたしは、東北の地を去ろうとしていた。
一年暮らした東北の小さな町から仙台港まで、私のファースト・カーのベージュ色のマーチで高速道路を駆け抜ける。運転手は夫だ。
仙台港でマーチがカーフェリーに積み込まれる。
彼とは、ひとまずここでお別れ。
名古屋港まで一泊二日、わたしはマーチとお腹のなかの娘と太平洋を旅する。
寝床は、確か8人部屋だったか。
2段ベッドの堅い下の段に横になる。
娘の名前には、海の文字を入れた。
海は、命の源だから。
彼女がわたしの中に宿るまえから、夫が決めていた名前だ。
大きなフェリーは、太平洋の波にゆ~らゆ~らと揺られていた。
波にあわせて、わたしの子宮のなかの羊水も揺れた。
子宮の外にある、わたしの体内の水分も揺れていた。
子どものころ、ポカリスエットのCMが好きだった。
いまネットで検索しても出てこない。
高校生くらいの女の子が、波打ち際で足踏みをする。
「地球とわたしの中の水分の割合は、一緒なんだって」
「おんなじだ」「おんなじだ」と。
その言葉を男子高校生ではなく、母なる海、子宮をもつ若い女が濃い光のなかで呟く様に、美しさを感じた。
堅いベッドの上で、まどろむ。
小さな話し声が聞こえる。
となりの部屋から聞こえるような。
それは、深い太平洋の生き物たちと、わたしの中の海に浮かぶ娘とのおしゃべりの声だった。
何を話しているかはわからないけれど、小さな小さな声が多層に重なって大きく広いものになっていた。
フェリーの窓からの眺めをいつも期待するが、角のとれたその長方形の窓は、大抵水しぶきで曇っている。飛行機のその窓にくらべ、写真映えはしない。視界は明るいが窓は曇っている。
わたしはスマートフォンのシャッターボタンを押した。
この記憶をどこかに留めるために。
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