見出し画像

『水星の魔女』のトマトのメッセージはDNAバーコーディングの応用かもしれない

『水星の魔女』第22話「紡がれる道」で、かねてから育てていたトマトの遺伝情報の中に、ミオリネママからメッセージが込められていることが判明しました。

I will always be attached to you, Miorene.

これを見た瞬間、「コドンを使った暗号じゃん!」と思ったわけです。

DNAに暗号化されている設計図

遺伝子といえばDNAですが、体には筋肉だったり酵素だったり細胞骨格だったり、赤血球の中で酸素を運ぶヘモグロビンだったり、いろんなタンパク質があります。このタンパク質をどうやってつくるかという情報が含まれているのが遺伝子です。よく「遺伝子は生命の設計図」なんていわれますが、もう少し具体的に書くと「遺伝子はタンパク質の設計図」となります。

遺伝子は、DNAという物質からできています。よく見る二重らせん構造のアレで、A・T・G・Cという4種類の塩基が連なったもの、と考えてもらえれば大丈夫です。4種類の文字だけで文章が書かれているようなものです。

一方、タンパク質は、アミノ酸というものが連なってできています。生命の中で使われるアミノ酸は20種類あります。

ということは、4種類の文字だけで、20種類のアミノ酸をつなげ方を指定する必要があります。DNAのうちAはアミノ酸a、Tはアミノ酸t……では、4種類のアミノ酸しか使えません。

2つの塩基でアミノ酸を指定するとどうでしょう。AAならアミノ酸a、AGならアミノ酸b……では4×4=16なので、20種類にはもうちょっと届きません。

では、3つの塩基でアミノ酸を指定すると4×4×4=64で、余裕で20種類超えます。

https://www.nacalai.co.jp/information/trivia2/09.html より

これはどうやって見るかというと、例えばGCTの場合、1文字目の左列のG(左下)を見て、2文字目がCなので左から2つ目になって、GCTはAla(A)となります。Alaはアラニンという名前のアミノ酸です。20種類のアミノ酸全部に3文字表記と1文字表記の略称が与えられています。ちなみにTAAとTAG、TGAの「STOP」とは、「ここでアミノ酸をつなげるのは終わり」という指示になって、タンパク質の設計図としてはここで終了という意味になります。

この対応は「コドン」といわれています。コード(code)に由来します。

これを利用すると、人工的にDNAをつくって、対応するアミノ酸表記で暗号をつくることができます。実は昔からあるアイデアで、例えば貞子が出てくるホラー小説『リング』の続編で1995年に発売された『らせん』でも出てきます。個人的にリングシリーズの中では『らせん』が一番好きです。高校時代に読んで人生を狂わされた一冊でもあります。

ミオリネママコードを解読しよう

話を戻して、『水星の魔女』に出てきたトマトの遺伝情報を見てみましょう。

最初はGTCですね。さっきの表では左下になるので……あれ、Val(V)? 他も違う。

もしかしたら作中ではアミノ酸表記に変更があったかも、と思ったけど、よく見るとこの文章、アミノ酸対応で考えるとおかしなところがあります。

まず、2つ目のCGGがスペース(空白)になっていること。STOP以外は何かしらのアミノ酸に対応するはずです。また、画面の右下に「,」もあるのが気になるところ。冒頭の「I will」を見ると、GTCでIを、AGAでiと、大文字と小文字も区別できるようです。

どうやら、アミノ酸に対応させた文章、というわけではなさそうです。

もしかしてDNAバーコーディング?

改めて解読前後の映像を見てみよう。

うーん、前後がものすごいT-richになっていますね。よく見ると右上のウィンドウには「Number Table」や「Prime Number Table」とあって、どうも数表や素数表で何かしているらしい。

……これ、もしかしてコドンに関係なく、単純な暗号?

つまり、暗号が入っている場所を連続するTの場所や数で指定して、3文字で1つのアルファベットやスペース、ピリオドなどに変換するだけ。難しく考えすぎたようだ……職業病辛い。

とはいえ、これを実際にやろうとすると、暗号となるDNAを人工合成してからトマトのゲノムに組み込むことになります。作中でも「きっと、ミオリネのお母さんが組み込んだんだと思います」と花婿が言っています。

植物へのDNA導入って動物細胞や細菌と比べると難しくて(作中の世界では簡単になっているかもしれないけど)、わざわざこんなことをやるメリットはほぼないです。そこで裏を返して、「DNA導入をすることが前提になっている」と考えてみましょう。

例えば、品種情報や品種作成者の名前、特記事項などを暗号化したDNAを人工合成して、それを組み込むことで品種管理をしている、という規則が作中にあればどうでしょう。特記事項の中に娘へのメッセージを入れることは許容範囲内かもしれません。

作中では大文字も小文字も区別しているので、アルファベットで52文字。作中で確認できたスペースとコンマ、ピリオドを入れると55文字。4×4×4=64文字が限界なので、0〜9の数字は入りませんが、あと9種類の記号を入れる余地はあります。ここからスタート、ここでゴール、という区切りを前後で入れるなら、記号は7種類が限界かな。

現代でも、わざわざDNAを組み込むということはしていないけど、品種によってDNA配列が違う場所があることを利用してコメやさくらんぼなどのブランド品をDNA鑑定によって管理したり品種偽造を明らかにしたり、ということはあります。バーコードで商品管理するように、DNAバーコーディングなんていいます。

『水星の魔女』では、DNAバーコーディングのためにわざわざ合成DNAを組み込んで、そこにいろんな情報を暗号化している、のかも。

そんなわけで、生命もDNAの中に3文字区切りでタンパク質をつくるためのアミノ酸を暗号化しているよ、ということを知ってもらえれば僕は十分です。水星の魔女の分子生物学。

おすすめ図書

* * *

noteユーザーでなくてもハートマーク(スキ)を押すことができます。応援よろしくお願いいたします。


ここまで読んでいただきありがとうございました。サイエンスの話題をこれからも提供していきます。いただいたサポートは、よりよい記事を書くために欠かせないオヤツに使わせていただきます🍰