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「妊娠を前提としたヒトゲノム編集は禁止すべき」国際会議で声明発表

(2015年12月18日作成のものを再掲)

遺伝子を簡単に改変できる技術「ゲノム編集」が基礎研究を中心に幅広く使われています。しかし、ヒトの遺伝子をどこまで編集してよいのか、そもそも編集してもよいのか、その議論は十分とはいえませんでした。

ヒトへのゲノム編集について、12月1日から3日間にわたって国際会議が開かれ、妊娠を前提とした生殖細胞・受精卵へのゲノム編集は禁止すべきという声明が発表されました。

そもそもゲノム編集とは?

ったDNA配列を切断し、遺伝子を破壊したり、切ったところに別の遺伝子を組み込んだりできる技術です。以前から「遺伝子組み換え」という技術がありましたが、ゲノム編集はより正確に簡単に、結果としてよりスピーディーに安価に遺伝子改変できるようになりました。

使う材料によっていくつかの方法がありますが、よく使われているのが「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)」という方法です。切断するDNA配列をRNAで認識し、Cas9という酵素を使ってDNAを切断します。

CRISPR/Cas9は2013年に発表され、あっという間に世界中で使われるようになりました。今年のノーベル賞の最有力候補にもなったほどです。

今年のゲノム編集の動向

ゲノム編集を使った研究成果は、今年に入ってから特に増えてきました。京都大学と近畿大学は、マダイの筋肉量を調節する遺伝子を改変して、重さを最大1.5倍にまですることに成功しました。

臨床試験も行われており、ゲノム編集した免疫細胞(T細胞)を白血病患者に移植した事例があります。ただこれは、ドナーが見つかるまで時間稼ぎするのが目的です。

ゲノム編集という言葉が一気に注目されたのは今年4月、ヒト受精卵にゲノム編集したという論文を中国の研究グループが発表したときでしょう。2つの精子が受精したことで5日後には死ぬ異常受精卵を使ったのですが、ここから世界的な議論につながりました。

声明にある結論は4つ

特に最後の事態を受け、ヒトへのゲノム編集をどうすべきかという議論が各地で行われました。そして12月1日からワシントンで開催されたのが「ヒトゲノム編集国際会議(International Summit on Human Gene Editing)」です。

アメリカ科学アカデミー、アメリカ医学アカデミー、中国科学アカデミー、イギリス王立協会がホストとなり、世界からさまざまな分野の専門家が登壇しました。科学者はもちろんのこと、社会学、生命倫理、法律など、人類遺伝学に関連するあらゆる専門家が、それぞれの立場から意見を述べました。

そして、以下の結論に達したとする声明を発表しました。

1. 基礎研究と前臨床研究は容認
ヒトの遺伝子そのものを研究すること、臨床利用するときのメリットとリスクなどを調べることは必要であり、そのためのゲノム編集は容認してもよいとしました。ただし、受精卵や生殖細胞(精子と卵子、それらのもととなる細胞)のゲノム編集は、着床(受精卵を女性に戻すこと)させないという条件がつきます。<

2. 体細胞をゲノム編集する治療は容認
生殖細胞以外の細胞を「体細胞」とよびます。皮膚や血液細胞、心臓などが体細胞です。体細胞は生殖細胞に変化しないため、体細胞をゲノム編集しても次世代に伝わず、その人の中だけ注意しればよいことになります。「今年のゲノム編集の動向」で2番目の事例である、移植用のT細胞へのゲノム編集がこれにあたります。
当然、メリットと同時にリスクがあるので慎重に行うべきですが、これは薬や手術など、他の治療法にもあてはまることなので、同じレベルでチェックしていけばよいという考え方でしょう。

3. 妊娠を前提とした生殖細胞や受精卵をゲノム編集する治療は無責任
「今年のゲノム編集の動向」で3番目の事例となるヒト受精卵、および生殖細胞へのゲノム編集です。体細胞と違い、生殖細胞や受精卵へのゲノム編集は、そこから生まれる子ども、さらにその子どもへと、血筋が途絶えない限り永遠に受け継がれます。
現在のゲノム編集は、効率がよいとはいえ100%ではありません。狙ったところ以外の遺伝子に悪影響を与えるなどのリスクがあまりにも大きく、それが数世代後にわかったとしても取り除くのは困難です。また、治療目的にとどまらず、強化目的のために使われることが容易に想定できます。ヒトの人工的進化や、一部の富裕層が使うことによる格差社会が発生しうるのです。
こういった危険性が解決されずに社会的同意がないままに、子どもを生むことを前提に生殖細胞や受精卵にゲノム編集を行うことは「無責任」と強く非難しました。

4. 継続的に議論する
今回のような国際会議を継続的に開催し、ヒトへのゲノム編集を前向きに応用するための議論を継続することを約束しました。生殖細胞や受精卵へのゲノム編集も、永続的に禁止するのではなく、継続的にその是非を問うことになりました。

今回は比較的簡略な声明文であり、詳細を詰めたガイドラインは2016年内に公表する予定です。

国際的な規制につながるか

最大の焦点は「生殖細胞や受精卵へのゲノム編集は認められるか」でした。結果としては、着床させないという前提で認める方向となりました。つまり、中国の研究チームが行った、すぐに死亡する異常受精卵へのゲノム編集は正当化されたことになります。

今回の国際会議の議論や声明を参考に、各国で規制のためのガイドラインや法律が策定されるでしょう。日本ではすでに厚生労働省によるガイドラインで、生殖細胞と受精卵の遺伝子改変を禁止しています。

(「3 遺伝子治療等臨床研究に関する指針」の「第七 生殖細胞等の遺伝的改変の禁止」)

ただ、このガイドラインでは、着床する・しないに関わらず全面的に禁止しているので、着床させない前提での研究をどうするかは議論の対象になりそうです。また、ガイドラインではなく、法律で明確に禁止すべきという意見もあります。

また、一部の国だけで規制しても無意味です。国際的な規制がないと、抜け穴はいくらでも見つかります。現状ですら、法律で禁止する国、ガイドラインで禁止する国、申請ごとに対応する国など、ばらばらです。

(この論文の図1)

広い視野と専門分野を巻き込んだ包括的な議論の場としよう

議論する」とありました。今回は研究者が集まった会議となりましたが、今後はいろんな立場の人からの意見を集める必要があるでしょう。声明文も「生物医学科学者、社会科学者、倫理学者、医療従事者、患者とその家族、障害者、政策立案者、規制当局、研究の資金提供者、信仰の指導者、公益擁護者、産業界の代表、一般の人たちを含む、広い視野と専門分野を巻き込み、国をまたいだ包括的な議論の場とすべきである」と締めくくっています。

透明性が目立つ情報公開

ゲノム編集はわずか数年で研究を劇的に変えた技術であり、その影響がどこまで広がるのか、検証が不十分なところがあります。継続的に議論を行い、その都度方針を修正していくのが現実的かもしれません。

そのためには、どのような議論がなされたのか、オープンにする必要があります。ウェブサイトでは、議題(PDF)はもちろんのこと、発表スライドをPowerPoint形式で自由にダウンロードでき、映像も数時間にわたって公開されています。

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