柑橘の香り
おやついらない。と言っていた4歳の甥っ子。
そう?じゃあ私はミカン食べるね。と皮をむいた途端に甘酸っぱい香りが広がった。
ずっと背中を向けていた甥っ子がくるりとこちらを振り向き、ひょいっとソファーから降りると駆け寄ってきて僕もミカン食べたいと言った。
良い香りがするね。と半分に割った片方を渡すと鼻を近づけてクンクンと嗅ぎながらソファーに戻り、小さな口いっぱいにがぶりとかぶりついて手も口も汁でべたべたになりながら美味しいねぇとにんまりと食べていた。
小さい頃から我が家には食卓の上のかごには山盛りのミカンやポンカンが入っていて、廊下の段ボールにはぶんたんが、冷蔵庫にはレモンやゆず、すだちがあり、稀にデコポンが混ざっているとレアものを手に入れた感覚がして何だか幸運な日に思えた。
家にはこたつがなく椅子に座る生活だったので、おこたでみかんという冬の最高のルーティンに憧れを抱き、何度も両親にお願いしたものの却下され、サンタクロースにおこたがほしいです。とお手紙を書いたにもかかわらずクリスマスの朝枕元にあったのはマリオペイントだった。
おこたでみかんは未だ経験できずにいる。
毎朝のルーティンといえば自家製の人参とリンゴのジュースを飲むことで
健康志向が極端に強い祖母の意向で必ず飲むように強く言われた。
飲まずにいると追いかけてきて飲まされたり、逃げるように学校に行くと帰ってきたら自分の机の上に置かれていた。
味は悪くないのだが毎日毎日大きなコップに入った同じ味のジュースでは子どもの胃袋は掴めまい。
一人分の量はまるまる一個のりんごと大きな人参二本をジューサーにかけた量で、そりゃあ朝からお腹がじゃぶじゃぶで通学中にお腹が痛くなることもしばしばあった。
ある日そのジュースにレモン汁が入っていた。
母親が少しでも栄養素と味を考えて変化をつけてくれたらしい。
さらに一杯の量が多すぎると言ってくれので小さなコップに3分の2くらいになり、それ以来飲むのは苦痛ではなくなった。
大人になって飲むことはなくなったけれどふと思い出すのは人参でもリンゴでもなく救世主レモンの香りなのである。
また母方の祖父はゆずとすだちを育てているので遊びに行くと作業場には収穫したばかりのゆずやすだちが机いっぱいにあって良い香りがいつもしていた。
こうするともっと良い香りじゃろ、とナイフで半分に切って香りを広げてくれたりもした。
ジュースにしたりお酒に入れたり料理にかけたりお風呂に入れたりと大活躍で爽やかな香りに包まれていることが当たり前で、私の一番のお気に入りは魚にかけるすだちだった。
帰り際には好きなだけ持って帰れ、と言ってくれてたので調子に乗ってスーパーの袋いっぱいに詰め込むのだが、母方の祖父祖母の家には電車で行くので大きなリュックに両手いっぱいの柑橘類はなかなかの重量感で、なんでこんなに貰ってきたんや、と後悔することもしばしばあったが家に帰りキッチンにどさどさと出した柑橘類を眺めるとこれでしばらく楽しめるぞとわくわくした気持ちになった。
大人になった今でも柑橘は食べるのも香りも大好きで、飲み物や食事、ボディーソープやボディークリーム、入浴剤はついつい柑橘系を選んでしまう。
今も爽やかでみずみずしいグレープフルーツの香りに包まれながらPCをゆるりとつつく。
そして今一番飲みたいものはレモネード。
定期的に思い出してね、と言わんばかりに救世主レモンが登場してくるのでレモンの苗木を買って植えようかしら。
きっと主張の強い酸っぱいレモンになるね。
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