島根にプロサッカークラブをつくりたい──永遠のサッカー小僧が掲げる、未来の風景
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島根にプロサッカークラブをつくりたい──永遠のサッカー小僧が掲げる、未来の風景

Craftsman’s Base Shimane

「島根にプロのサッカークラブをつくりたい」。そう語るのは、島根県浜田市で活動している沖野賢治さんだ。浜田の夕陽をイメージさせる真っ赤なチームカラーが印象的なサッカークラブ「ベルガロッソ浜田」の代表理事を務めている。Jリーグに昇格するようなクラブを浜田市で育てるにはどうすればいいのか。地域に根ざしてプロスポーツの文化を少しずつ育てながら、大きな夢を追いかける沖野さんに話を聞いた。
(聞き手:西嶋一泰、文:宮武優太郎、写真:戸田耕一郎)

沖野 賢治(おきの・けんじ)
島根県浜田市出身。高校時代に強豪校・東福岡高校へサッカー留学、近畿大学卒業後は広島県の不動産会社に勤務。地元浜田市へ2015年4月にUターン後、有限会社クレヴァーの代表取締役に就任。本業の傍らベルガロッソ浜田の選手、代表理事として活動。選手として2020年10月に引退後も、クラブ運営に携わり、地域のスポーツ文化振興のため、様々な活動を行なっている。

会社経営とクラブ運営の二刀流

サッカーは、沖野さんの人生において欠かせない要素であり続けている。小学生からボールを蹴り始め、中学時代には地域選抜に選ばれるなど実力をつけた。高校は全国大会の常連である強豪校・東福岡高校へサッカー留学している。

「幼少期は周囲の友達と比べて、シャイで引っ込み思案な子どもだったと思います。サッカーを通じて交友関係が広がり、人と関わる楽しさを知りました。私のポジションは、中盤のいわゆるボランチやアンカーと呼ばれるところです。積極的に得点を決めるような役割ではないですが、フィールドの中盤に位置し、「人と人を繋ぐ」ことが重要な仕事になってきます。どうやって人を動かすのかを頭で常に考えながら、時には審判も味方につけられるよう、上手にコミュニケーションを取っていく必要があります。振り返ってみると、そんな役回りが今に繋がっていると思います」

沖野さんは現在、不動産会社「クレヴァー」の代表として、地域の不動産と人とを繋ぐ仕事を行なっている。

「6年半ほど前に独立し、今の会社を始めました。現在社員は5名程で、まだまだ小さい会社ですが、ありがたいことに関わる事業者様やスタッフの数も年々増えてきています。不動産業は都市部の場合、管理や売買など専門領域ごとに会社が分かれているケースが多いです。しかし地方では、そもそもの不動産の取扱総数が少ないため、ひとつの会社が全ての分野を担当しなければ商売になりません。弊社も売買・賃貸・管理と不動産に関することなら何でも行っています」

ファンの子どもとベルガロッソ浜田でプレイする選手たち、選手のなかにはクレヴァーで働く従業員も

そんな沖野さんが「本業以上に時間をかけています」と語るのが、サッカークラブ「ベルガロッソ浜田」の運営だ。これまで自身も選手として活躍していたが、2020年10月に引退。現在は一般社団法人ベルガロッソ浜田の代表理事として、クラブ運営の舵取りを担っている。不動産業で培った地域とのネットワークを活かし、ベルガロッソの運営を支える。

サッカーでまちを興すために

「スポーツクラブは地域の皆様の応援なくしては成り立ちません。現在では、70社近い事業者様がパートナー・スポンサーとしてベルガロッソを支えてくださっています。また、地域のスポーツ文化振興を目的として、2021年8月に浜田市と包括連携協定を結びました。ベルガロッソ浜田を中心に、“サッカーでまちを興す”という意識を地域に育んでいけたらと思っています」

沖野さんの熱い想いに感化された一人が、地元企業である今井産業株式会社の代表・今井久師社長だ。

「沖野さんとは本業を通じても関わる機会も多く、彼のサッカーへの熱意は良く知っています。弊社は公共工事の仕事を請け負うことも多いのですが、いかに地域発展に貢献できるかと考えたときに、ベルガロッソ浜田の掲げるスポーツ振興は、このまちのために必要であると強く共感しました。サッカークラブのアカデミーの子どもたちが大きくなった時に、少しでもこの地域に住んでいる人に思いを馳せてほしい、そんな思いで、トップパートナーとして協力させていただいております」

応援する地域のサポーターたち

「彼の想いを実現させたい」。今井社長にそう言わしめる程の沖野さんのサッカーにかける情熱。プライベートの時間はありますか? と尋ねると、苦笑いしながら答えてくれた。

「仕事が好きなので、家を空けることが多くて、父親としてはあんまり誇れません。3人の子どもたちには「好きなことにはとことんのめり込んでほしい」とだけ伝えています。真剣になって熱量を持ってこそ、可能性が開けていくはずですから。決して強制したわけではないのですが、結果的に3人ともサッカーを習い始めました。私がサッカーに打ち込む姿を見たからかな(笑)」

沖野さんと3人の子どもたち

子どもたちも浜田で育ち、ベルガロッソ浜田のアカデミーに所属している。わざわざこのまちでサッカーをやる意味はどこにあるのだろうか。

「私が島根にUターンすることを考えたのは、大学生の頃に父からもらった1枚の新聞記事の切り抜きがきっかけでした。記事には「自らの可能性が埋もれてしまう方に進むより、一番になる道を探しなさい」と書かれていたのです。当時は就職活動中で、大企業に進むことも考えていましたが、その一節を読んで「いつか島根に戻って自分の仕事を持ちたい」と考えるようになりました。いまでは、ここからナンバーワンの景色を見ることができるかもしれないと感じています。暮らしている人がみんな優しいですし、個人として尊重してもらえる。都会に比べてモノは少ないかもしれませんが、自分たちで物事をつくる楽しさは島根のほうが感じやすいと思います」

2030年までにJFLへ

強い信念をもって、価値のある事業をおこなっていけば、都会でなくても人はついてくる。沖野さんはそのことをすでに証明している。しかし、「プロスポーツクラブとしての」ベルガロッソ浜田は、まだまだ発展途上だ。

「目下の課題は、ベルガロッソ浜田としてのビジネスモデルをどうやって構築するかということですね。でも、頭を悩ませながらスタッフとあれこれ議論する時間も楽しいです」

ベルガロッソ浜田の公式オンラインショップには既に多くのグッズがラインナップされる

「ベルガロッソ浜田には、子どもたちがサッカーを学べるアカデミークラスがあります。子どもたちが憧れるようなトップチームにならなければと思っています。わかりやすい目標として、2030年までに日本最高峰のアマチュアリーグであるJFLに昇格することを掲げていますそのためにはサッカーができる環境を拡充したり、戦力を補強したり、さまざまなことが必要になります。それは我々だけではとてもじゃないですが実現できません。だからこそ、この島根県西部・石見地方のみんなで同じ方向を見る必要があります」

「プロスポーツが盛んな地域とは違って、「スポーツが仕事になる」という感覚や文化が浜田市にはまだありません。それでも私は、この場所でプロを目指す若者が出てくることも、決して無理な話ではないと思っています。たとえば、浜田市とほぼ同じ5万人規模の自治体であるスペインのヴィラ=レアルには、スペインサッカー1部リーグに所属するビジャレアルというクラブがあります。サッカー日本代表の久保建英選手が2020年まで在籍していたので、知っている人もいるかもしれません。これまで「プロサッカークラブをつくりたい」と考えたことがなかっただけで、地方でだってできるはずなんです。あとは我々がやるしかないと思っています。

なにかに挑戦するとき、私がいつも大切にしている言葉があります。前職の社長から教えていただいた言葉で、“安定は最大の不安定、現状維持は衰退”というものです本業においても、ベルガロッソにおいても、まだまだ軌道に乗ったとは思ってもいませんし、思いたくもありません」

2021ホーム最終戦 多くのサポーターが駆けつけた

浜田市でプロスポーツ文化を育みながら、同時に高いレベルでサッカーができる環境をつくる。難しい課題だとは承知の 上で、沖野さんは挑戦をやめない。

「小さい頃は誰しもプロのサッカー選手になりたいとか、そんな夢を見ますよね。私は選手としてはプロにはなれずキャリアは終えましたが、生まれ育ったこの浜田で、今度はプロサッカークラブをつくりたいという夢を見ているのです。島根のいいところは、大人になっても新しい夢に挑戦させてもらえることかもしれません」

永遠のサッカー小僧は、ピッチを退いてからも、ベルガロッソの赤一色に染まったスタジアムを夢見て、今日もこのまちを駆け巡る。


Craftsman’s Base Shimane
手を動かすなかで、新しい生き方を探る。たしかな手触りをもった、自分らしい暮らしを作る。そんな島根のクラフツマンたちとつながる場「Craftsman’s Base Shimane」。