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モテる理由

職場に軟派な後輩がいた。温厚でやさしい性格。もちろん、私にもやさしい良い後輩。
そんな風にしか思っていなかった。

ある日、「他の部署の女の子たちに、よく声をかけているみたいですよ」そんな噂を聞いた。確かにフェミニスト。女性であれば、幼女から老婆まで幅広く、とびきりやさしい。容姿も悪くないので、「チャラいけど、女子が寄ってくるだろな」とは、思っていた。

その後、彼は私たちの部署内、上司にすら認知されるプレイボーイとして名を馳せていく。敬意を表して、モテ男と呼ばせてもらう。

3月11日 東日本大震災が起きた

当時、車を持つ人たちは、ガソリンを入れるのに大変な思いをしていた。何時間も並んで、そもそも、ガソリンが手に入らない事も多かった。

幸い私の職場には甚大な被害はなく、職場の人達も、皆無事だった。

震災後、モテ男のご両親が「息子と連絡が取れない」と、心配してわざわざ職場まで来てくれていた。電気も、ガスも、止まったままだった。

上司に「なんで、実家に連絡しなかったの?帰れなかったの?」と聞かれ、「携帯の電池がなくて、ガソリンもなかったんですよ」そんな事をモテ男は言っていた。「本当に?彼女の所にでも行っていたんじゃないの?」と、上司が笑って言った。私もそう思う、全くこんな時なのに、不謹慎な奴だな、と思って聞いていた。

ご両親がモテ男の無事を確認し安心されて帰られた後で、今度は見知らぬご婦人がモテ男に会いに来ていた。

「誰だろう?彼女?」にしては、ご年配だし、母親でもない。しかも大きな地震があって、まだ混乱が続く中だったから、職場の皆は不審に思っていた。

「お世話になって、お礼に伺いました」ご婦人は、わざわざお礼に来たらしい。上司が対応していた。

「何 事?」

思わず興味がわく。こんな時にモテ男は、何かやらかしたの?

その後、上司が話してくれた。

モテ男は、大震災の後、連絡ができずに困っているご婦人にあった。携帯電話を貸して欲しいと言われたらしい。話を聞いた所、娘さんと会う約束をしていたが、携帯電話の電池がなく、連絡できなくなってしまったそうだ。会う約束をしていた場所は、歩いたら何時間もかかる、そこから距離のある場所だった。全ての交通機関が止まっていた。電車やバスなんて走っていなかったし、タクシーなんて呼べる筈なかった。

モテ男は携帯電話を貸して、娘さんに連絡をとらせてくれたそうだ。しかも約束の場所まで、車で送って行ったらしい。ガソリンがなくなって、自分は家に帰ってこれないかもしれないのに。簡単に給油できる状況じゃないのに、電気だって復旧していないのに。ご婦人は無事に娘さんと会う事ができて、わざわざお礼のご挨拶に来てくれていたのだ。

「え!そんな事いってなかったですよね!めちゃくちゃ、いい話じゃないですか!」私は、なんだよ!モテ男!いい奴じゃん!と、感動していた。「そういう所あるよ、モテ男」上司はサラッと言った。

私はモテ男に言った。「なんで言わなかったの?いい話じゃない!彼女の所に行ってるのかと思ってたよ」モテ男は何も言わず、恥ずかしそうに、ふふっと、はにかんで笑った。

周りに誤解されて、いろいろ言われながらも、人助けという誇れる事をしていたにもかかわらず、言い訳するわけでもなく、自慢すわけでもなく、何も言わずに黙っていたのだ。

「不器用ですから」高倉健かよ!

くやしいけど、カッコいいな。

ただの優しさだけじゃ、そこまで、できないよ。

モテ男は恥ずかしがり屋で、不器用なかっこつけかもしれないけれども、たとえ下心があったとしても、自分の利を投げ捨てて、他人を助ける、そんな事は中々できない。

仕事上の先輩後輩の付き合いしかなかったから、本当はモテ男がどんな人だったかなんてわからないのだけれども、人は見かけじゃない、と猛省した。

震災後の大変な生活の中で、じーんと心温まる、そんな希望のある話だった。


「そりゃ、あんたモテるよ」



3月11日

辛い事ばかりに目がいってしまいますが、あんなに混沌とした中でも、人と人が助け合い、支え合って生きていました。

今でも当時の話をする事ができない人、傷を抱えている人もたくさんいると思います。フラッシュバック、地震が来るたびに思い出される記憶。私にも、あります。

ずっと消えないだろうな。

みんなの傷が癒されて、苦しみや悲しみから解放される事を、願っています。

ここまで、貴重なお時間を!ありがとうございます。あなたが、読んで下さる事が、奇跡のように思います。くだらない話ばかりですが、笑って楽しんでくれると嬉しいです。また、来て下さいね!