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カフェで会う未来

”カフェで会う”シリーズの1と2を先に読んでいただくと背景と人物がよくわかります。

カウンターを挟んですぐ向こうには高校時代から40数年来の親友がギター片手に、鮮やかな緑のスーツを着た若者に流れるようなスリーフィンガーを見せている。
サラサラの長い髪のその若者は、まるで時限爆弾の装置を解除する様な真剣な眼差しで親友の指先を凝視しているが、親友が4〜5フレーズも弾くと

えーーーもうわかんない!難しいなぁ、俺にはできないよ

とすぐに投げ出すような発言を繰り返す。

背後のテーブルにはその様子を洋書片手にチラチラと見ている女性が座っているが、何か言うでも笑顔を見せるでもない。ただ眼差しからはこの2人のやりとりをうるさいと思ってはなさそうだ。

もうすぐ5時になるし、客は彼女が入って来て以来ぱったりとないし、あと2時間で閉店だし、と自分用にコーヒーを注ぎちょっとだけの砂糖とクリーム、その上からやや多めにバーボンも注ぐ。簡単なケンタッキーコーヒーのいっちょあがりに年甲斐もなくウキウキしていると、口をつける直前にドアが開き、おどおどとした様子の若者が2人入って来た。1人はギターケースを持っている。

おーーー、やったぁ、来た来た!

緑の若者の声に、ニコニコしたメガネと、中途半端な長髪の痩せた男の2人がまるで何年も会っていなかった友を見つけたように破顔した。こんな古めかしい喫茶店に入ってくるのが怖かったのだろう。

おぅお兄ちゃんの友達か、いつの間に呼んだんだ? 親友が若者に聞く。

さっきメッセージ送ったんだ〜、すごいギターの先生がいるから早く来いって!ほら!

若者がピカピカ光る携帯電話に残る2人の短い会話を見せる。

ほう、ああやってすぐに連絡がつくんだなぁ。電話すりゃいいのに、とも思うが文字の方が彼らには簡単便利なのだろう。

お前にも送ったんだけど、と緑の若者が痩せた青年を見ると、彼は大きく手を振り

僕のケータイはそういうの出来ないんだ、電話受けて、掛けるだけだから とそっけなく返す。

今時珍しいが、この青年はちょっと自分に似ているな、と可笑しくなる。自分だって家族や友人がアイホンを買え買えとうるさいけれど、頑なに手にしない。何か急用なら電話してくれと頼むが、彼らは口を揃えて “お前の携帯電源切ってあるだろう” と文句を言う。そりゃそうだよ、誰もかけてこないし、電気代がもったいないじゃないか。急ぎじゃないならファックスでいいよ。

メガネの彼はカウンターの椅子を引きずって親友の目の前に座り、
じゃ、お願いします!と元気に挨拶をした。即席ギター教室だ。

2人がギターを教えてもらっている間、痩せた青年は彼らをニコニコと静かに眺めていた。いくつなのか知らないが大学生だろうから、自分が飲んでいるケンタッキーコーヒーを掲げ 飲んでみる? と聞くと、はにかんで ハイ と頷くので、小さなカップに彼の分を作る。

一口、二口、三口飲んで生意気に バーボンの香りと相まって美味しいですね と感想を言う顔はまだ爽やかに青く美しい。ちょっとだけ両ほほが熟しはじめのリンゴのようにポッと赤くなっていき、またニコニコとギターの3人を見やる。

君は楽器をしないの?

僕は歌うのが担当だから楽器はやらないんです。

そうか、あのメガネの彼と2人でやってるの?

そうです、でも2人だとちょっとコピーできない曲とかもあるからなぁ、って思ってたらあの緑のヤツに声をかけられて、今日3人でやってみたんです。やっぱり3声の方がハーモニーに厚みが出て楽しかったです。ギターも2本あると本物のバンドみたいだし。

そういえば緑の若者がさっき話してたな、歌ってる2人に声をかけてハモらせてもらったって、子供みたいにキャッキャとはしゃいでたな。
この歌担当の彼も同じように快感だったなら、運命の出会いなんだろう。

彼らは60年代、70年代のフォークをカバーしているらしく、ギターの2人も親友にかぶりつかんばかりにフレーズとハーモニーについて質問している。

じゃあちょっとやってみなよ、3人でハモれる曲!
そう親友が促すと、歌担当の彼も椅子を引きずって2人の隣に座った。

メガネの彼がちょっと困ったような顔をして2人に指示する。

ちょっと、お前が一番右、お前が俺の左になってくれない?

言われるままに歌担当が向かって左、メガネが真ん中、緑の彼が右に収まった。

テーブルの向こうからあの女性が本を閉じてこちらの方に目を向ける。先生のような、母親のような、慈悲深い修道女のようななんとも言えぬ気品と矜持溢れる顔をしている。

せーの、の掛け声で彼らが始めたのはクロスビー、スティルス&ナッシュの “Suite: Judy Blue Eyes” だった。まだ音程もギターの音も荒削りで、恋人にすがる切ない歌なのに、なんとなく未来が明るく開けるような若さあふれる歌いっぷりだった。
上手いじゃないか。

7分の長い楽曲を歌い終わった彼らは互いの顔を見合わせて えへへ と照れたように笑う。
親友から “お前ら、練習だ、とにかく練習して完璧にコピーしろ!そしてコンテストに出て優勝だ!” と持ち上げられると わははははは と大きな笑いになり

優勝したらあなたのラジオで“将来有望グループ”って紹介して曲をかけてくれる? 

とふざけ、3人それぞれにホッとしたような、それでいて希望のエネルギー溢れる笑顔を見せた。

向こうの女性は静かにパチパチと音にならない拍手をしたが、目が潤んでいるように見える。この3人のコーラスを聴いて、初々しい3人が嬉しそうに音楽をする様子をみて、込み上げるものがあったのだろうか。誰かの姿を思い出したのだろうか。

ケンタッキーコーヒーのおかわりを淹れると、歌担当の彼も もう一杯いいですか? と一本指を差し出した。バーボン多めでお願いします、と頼むなんて、こいつは将来ノンベェになるぞ、とまた可笑しくなった。俺みたいだ。

ひとつ助言をしていいかい? 

新しいカップになみなみと入れたコーヒーを差し出しながら聞くと 
もちろんです、何ですか?と素直に返事が返ってくる。

今からでも遅くないから楽器を買いなさい。ベースがいい。ベースとギター2本で君たちの音楽の幅も可能性ももっと大きく広がる。
今とは全く違うジャンルにも挑戦できるし、いいことしかない。だから明日向こうの通りの楽器屋でベースを買いなさい。

歌担当の彼はうつむいてもじもじしながら、

ベースを弾きながらリードボーカルってすごく難しいって聞いたしなぁ

と小さく呟くので、畳み掛けるように

君なら出来るんじゃないか? 練習も努力も、あの2人との音楽のためならできるんじゃないのかな?

・・・・ベースって高いのかな。僕貯金は10万円ちょっとしかないんだ。

じゃあそれで買える一番いいヤツを買ってきなさい。自分とあの2人のための投資だよ。


投資・・・ ゆるく微笑みながら 未来への投資か、へへ、かっこいいな と視線を上げて俺の顔をまじまじと見つめた。


マスターのヒゲとサングラス、かっこいいね。僕も伸ばしてみようかな。

向こうでは親友とギター少年2人が
その向こうではあの女性が
それぞれの場所で、それぞれの未来を作ろうとしている。


この青年の未来にベースはあるだろうか。ヒゲとサングラスもあるのかもしれないな。俺みたいだ。可笑しさがこみ上げてくる。

あーっ!これあの赤いクルクルの髪のひとがいるバンドの曲だよ! 

緑の若者がラジオからのイントロに素早く反応した。

エレキギターもカッコいいな〜、俺エレキの方が向いてるかもしれないなぁ〜。

緑の若者がまるで恋をしているような甘い声を響かせる。
女性はゆっくりと窓の方を振り返る。
青年2人は小さくハミングでイントロを追う。

俺と親友は互いの口元の笑みをチラッと確認しあい、静かに歌い出しを待っている。

シマフィー 

*これはシマリスがアルフィーさんの”はじまりの詩”をベースに書いたフィクションです。この曲は高見沢さんが桜井さんへ書いたものと言われ、内容がアルフィーのはじまりを思わせるものになっています。The ALFEE は公式チャンネルがありませんので、ファンの方がアップされた映像を貼っておきます。

The ALFEEの歌う"Suite: Judy Blue Eyes" (青い瞳のジュディ)はこちら(音のみ)


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