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私がノートを始めた理由

それは時間に余裕が生まれたからです。

”不自由の自由”、で書きましたが勤めている学校がオンライン授業になり、それまで往復2時間(時にはそれ以上)かかっていた通勤時間がなくなったのです。そして大体30分から1時間かけていた朝の授業準備(コピーをとったり、本を並べたり、地図を貼ったり)がなくなったので3時間近くの自由時間が生まれました。

その時間を何にあてようか考えた時に浮かんだのは3つ。

運動をする。昔の趣味をもう一度やり直す。新しいことを始める。

4月からジョギングを始めました。それまで行っていたピラテスの教室が閉まり、何か体を動かさないと・・・と考えた時に、一人でできるジョギングを選んだのですが、私はこの歳になるまで走ったことがなかったので続くのか不安でした。只今11月半ば。まだ続いています。

ピアノは幼い頃に何年か教室に通ったほどのど素人ですが、実家にはピアノがあったので日本を離れるまでは定期的に練習していました。が、それも30年前です(笑)。途中一度コンサートピアニストのボーイフレンドができ、その時にもちょっと練習したのですが、別れればそれまででした。夏にまた思い立って、小さなデジタルピアノを買いました。どこから練習したらいいのかもわからなかったのですが、小さい頃に学んだことは忘れないものですね。楽譜も読めるし、指も動きます。毎日楽しく練習中です。

そして、この日本語で書く、という新しい挑戦。大げさでなく、私は大人になってからきちんと日本語を書く機会がなかったのでこれをチャンスに始めてみようと思い立ったのです。ネットのおかげで日本語の記事や本を読むことはできますが、自分の思うまま、他人様に読んでいただくことを念頭に書くことはなかなかありません。が、始めてみると次から次にアイデアが浮かんで書きたいことがたくさん溜まってきます。

”アルフィーで学ぶ”のシリーズを書く時には構想を練ったり、自分が普段読まないようなサイトや記事を読んで勉強したり、リサーチノートをまとめたり、とその段階段階が面白くて時間を忘れてしまいます。余った3時間では足りてないです(笑)。

ノートを始めてみてこんなにも自分が日本語を書くことに飢えていたんだと気付きました。年数で言えば英語がメインの生活が日本語よりもずっと多いのに、仕事もプライベートも英語の比重が重いのに、自分の母語はやはり日本語なのだと、ちょっと感激しています。

つたない文章と自分本位の興味についての内容を時間を使って読んでくださる・スキで愛情表現をしてくださる皆様に心から感謝しています。読んでくださってありがとう。

シマフィー

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