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仕事が好きな私たちにない「最も大事な気持ち」。

この間、元同僚と食事をした。一緒に働いていたが同時期に辞め、今は別々の会社で働いている。

会社の方針に納得がいかない、上司と考えが合わないとなると会社を去ってしまう、そういうところが私と彼女の共通点である。

人間関係が致命的にダメになったり、体や心を病んだわけでなくても、自分自身がどうしても嫌だと思うことがあるとダメなのだ。

彼女と久しぶりに会って、彼女が何度も繰り返したのは「会社に愛がある人間には勝てない」だった。

私たちは、転職先として選んだ会社で出会った。だから、会社に全然愛着が無い中で働き始めたし、最後までそこの社風になじめず、いつも愚痴を言っていたように思う。

私たちはその部署でそこそこ一生懸命働き、頓挫していたあれこれを正常なリズムに戻し、マニュアル化し、引き継いでさっさといなくなった。そんな風に自負しているところもある。

けれど、結局は「そこで働き続けられなかった」ともいえる。そこそこ待遇が良かったので、「働き続けられるなら」働き続けたかったよね、というのもまた本音だ。

一つの職場に長くいつづけるのも、一つの能力だ。労働者にとっては昇給や退職金につながるし、経営者にとっても重要なポイントだ。人を選考し、育成するコストはかなりのものだし、いちいち高リスクで不安定だ。

結局、仕事のスピードや質がすべてではないのだと思う。「ずっと居てくれて、会社の方針に従ってくれる人」は、すごく会社にとってありがたい人なのだと思う。

すごく会社を、その組織や文化や人を愛していて、リスペクトしていて、去るなんて考えもしない人、そういう人に結局は勝てないのだ、と彼女は言っていた。

日本には私たちが愛せるような会社がないのだ!と怒りながら帰ったが、いつか会社を愛せる日がくるのだろうか。

会社を愛さなくても仕事はできるけど、できれば、いつか添い遂げられるほど愛せる会社に巡り合えたらな、などと思う。

思うけど、そんなに盲目な人間ばかりだと組織はよくならない、とも思う。

妄信的でもなく、でも会社とうまく折り合いが付けられる、それが大人かもしれないけれど、なんだかそれも面白くない気がして、私たちは今日も会社とケンカをしてしまう。

でも、ケンカしてしまうのは、どうにか会社を愛したいからで、そんな自分も好きだったりする。会社には愛されないけれど。





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