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#読書の秋2020 の課題図書に、いまさらながら感想を寄せます。

読書感想文投稿コンテスト「#読書の秋2020」の結果発表を先日行いました。

noteで本や出版業界を盛り上げることを半ば使命のように(勝手に)感じているので、こうして業界横断での取り組みができたこと、そしてたくさんの人に参加いただき盛況のうちに幕を閉じることができたことは、ほんとうにうれしかったです。来年に向けての課題もたくさんありますが、まずは今年はやり切ることができました。

が……。どうしても、心残りがあり、このままじゃ年を越せない……!

コンテストを始めたときは、「全課題図書読むぞ〜! 感想文書くぞ〜!」と意気込んでいたのですが、始まってみると、毎週連動イベントの運営があり、まったくそれどころじゃなく(笑)。

もうコンテストは終了してしまったのですが、「紺屋の白袴」にならないためにも、ここに課題図書の感想文をつづりたいと思います。さすがに56冊は読めていませんが、各社から1冊ずつを厳選して書いてみました。

▼『この本を盗む者は』深緑野分(KADOKAWA)

本好きなら魅了されるに決まっている設定に構成。本好きの、本好きによる、本好きのための本。と言いたいところだけれど、主人公の深冬は、本が好きではない。書物の蒐集家を祖父に持ち、祖父が残した巨大な書庫「御倉館」の管理人を父が務めるという運命が嫌でしょうがない。

しかし、「御倉館」の本が盗まれたことで街全体に呪いがかかり、本を取り戻さない限りは呪いが解けないという状況に、そんな深冬が巻き込まれていく。この「呪い」とは、街全体が物語の世界に変わってしまうというもの。主人公が異次元ダンジョンに迷い込み、ミッションをクリアしていくために奔走する様子は、まるでゲームの世界のよう。一つクリアすると、また違うダンジョンが現れ、でも実はその一つひとつがつながっていて……という構成は、ゲーム好きやファンタジー映画好きの人もハマりそう。

それぞれの呪いの世界が、しっかりと構成されているので、1冊でいくつもの物語を味わえるようなおトク感もある。年末年始のトリップにぜひ。

▼『さざなみのよる』木皿泉(河出書房新社)

昔から、自分が死んだときのことをよく想像していた。でも、想像するのは、葬式のことだったり、やり残した仕事は誰が引き継ぐのかということだったり。死んだ直後のことと、自分を中心としたことしかイメージできない。大切な人たちが自分のことを忘れて当たり前の日常に戻っていくのがこわいのかもしれないし、どこまでいっても自己中心的だなぁと、情けなくもなる。

14の短編からなるこの物語は、「ナスミ」が癌で亡くなる話から始まる。その後の13話は、ナスミの家族や、昔の同級生や同僚たちが主人公の、それぞれの話。彼・彼女らのその後の生活におけるナスミの濃度は、一人ひとり違うし、時とともに変わってもくる。「人は二度死ぬ」という話もあるけれど、これは、一度目の死(肉体的な死)と二度目の死(忘れ去られる死)の狭間の物語。誰かの一と二の間の長さや濃度は、人それぞれで変わる。わたしの大切な人にとっての、わたしの一と二の間が、少しでもカラッとしたものであれるような、そんな関係を築いて生きたいなと思った。

▼『明け方の若者たち』カツセマサヒコ(幻冬舎)

カツセマサヒコさんと遠野遥さんのイベントを開催できたことは、今年の仕事の中でもかなりのハイライトになるくらい、嬉しいできごと。

イベントでご本人にも直接お伝えした気がするけど、『明け方の若者たち』は、もうほんとにそのまんま映画化できそうなくらい、映像的な作品だった。街の描写はもちろん、BGMも聞こえてくるようだし、登場人物一人ひとりの表情まですぐに浮かび上がってくる。

だからこそ、幸せなときと、そこから一転して、主人公に絶望が訪れるときの落差が胸に迫った。自暴自棄になっている主人公の部屋に友人が訪れるシーンが、一番印象的。正論を言われても頭を通り過ぎていくだけで、なぜか穴の開きそうな靴下にばかり目がいく。なんだかそこだけ妙に冷静になる感じに、すごくリアリティを感じた。いままでの彼女との日々が、ぜんぶ夢だったんじゃないかと思わせるくらいのリアリティだった。

▼『目の見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗(光文社)

美学や現代アートの専門家である伊藤亜紗さんが、視覚障害者の世界の見え方にアプローチしたこの一冊、序章から大きな衝撃を受けた。なぜなら、「自分と異なる体を持った存在」である障害者に、「好奇の目」を向けることが大切なのではないかと書いているからだ。

「え、ちょ、ちょっと待って、好奇の目を向けるなんて、一番のタブーじゃないの!?」とドキドキしながら読み進めると、伊藤さんの真意がわかってくる。障害を「触れちゃいけないもの」として扱ったり、常にサポートしてあげなくてはいけない存在として特別視することが、分断や差別を産む。「好奇心」からでも、相手のことをフラットに理解することに努める、まずはそこからはじまる。

本書は視覚障害者に焦点を当てているが、この考え方は、普段の生活でも常に意識しておかなきゃいけないと胸に刻んだ。社会や思想について考えるときはもちろん、職場の人と接するときも。配慮や気遣いのつもりが、分断を促してしまっている可能性があるということを頭において、つねにフラットに相手を理解しようと心がけたい。

▼『風よ あらしよ』村山由佳(集英社)

すごい本だった。なんて、語彙が消失するくらい、すごい本だった。

大正時代の活動家・伊藤野枝と、その内縁の夫でアナキストの大杉栄の物語。最初のうちは、自分の野心が人を傷つけることも厭わない人間なのだと思って読んでいたけれど、徐々に、野枝はとても愛情深い女性だったのだと気づいていった。その印象の変化は、二人以外の登場人物の視点から書かれる章が多かったことにも起因していると思う。

このまえ文芸の編集者と飲んだとき、「すごい作家というのはリサーチ能力が半端じゃない」という話を聞いたのだけれど、まさにこの作品は徹底したリサーチの上で構成されている。“主要”参考文献が2ページにわたり41タイトル羅列してある。これらの文献から、あらゆる登場人物の人間像を構築し、矛盾のないように構成し、物語として昇華していく作業を想像すると、その途方もなさに気が遠くなる。

それくらい村山由佳さんの魂がこもった作品だと思うし、村山さんの筆を借りて伊藤野枝の魂がぶつかってくる作品だった。

▼『あやうく一生懸命生きるところだった』ハ・ワン(ダイヤモンド社)

12月28日、仕事納めの日に突然、「あれ、わたしのスキルってぜんぶ中途半端で、会社の外で自分で稼ぐ力なくない?」と、虚無に襲われてしまった(別に独立を考えているわけではない)。そのタイミングで読んだ。

「自分はやりたい仕事をしているんだから、幸せな道を歩んでいるんだから」と思い込ませて、いろんなことを考えないようにしながら、強がって生きてきた1年だったのかもしれないと気づいた。「昔より自己肯定感(この本では自尊感〔self-esteem〕と呼んでいる)が上がってるはずなんだから」と、無駄なフェイク自己肯定感をまとっていた気もする。

ダメな自分を認めて、高すぎない、ほどよい理想を持って生きていこう、とこの本は言っている。ほんとそれだよな、自分に見栄はってどうするの。

▼『ぜんぶ、すてれば』中野善壽(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

寺田倉庫の元CEOである中野善壽さんの、生き方をまとめた本。タイトル通り、中野さんは家や車はもちろん、スマホも持たない。本の中では、目標や愛社精神も持たなくていいと語っている。

「いや、いや、いや。それは特別な環境にいる人だからできることでしょ。わたしのような一会社員にはとても無理」と思いながら読んでいた。本書の編集者である林さんにイベントでこの本をすすめられたときも、「会社の目標シート捨てます!」と宣言してはみたけど、結局、期日の1日前にしっかり記入して提出したし(笑)。

そんなわたしだったけど、3週間ほど前にちょっとしたきっかけがあって、スマホからSNSとSlackのアプリをすててみた。すてた直後は「大事な仕事のメンションを見逃したらどうしよう」「世の中のトレンドについていけなくなったら、いまの仕事を続けられないのでは」とビクビクしてた。

でも、蓋を開けてみれば、いまのところ大きな問題は起きていない。それどころかスマホを見る時間が減って、本を読む時間や考える時間が増えて、いい効果のほうが大きい。なんだ、中野さんのような偉人じゃなくても、実践できるのかも。ということで、素直な心であらためてもう一度読み直してみようと思う。

▼『ネット興亡記』杉本 貴司(日経BP)

サイバーエージェント、ヤフー、楽天、ライブドア、ミクシィ……日本のインターネットの歴史に名を刻んだ人物と会社の物語をつづったノンフィクション。めちゃくちゃおもしろかった。

ライブドア事件のことも、正直あんまりよくわかっていなかったけれど、ホリエモンや村上ファンドのような報道されていた表側の話だけでなく、オン・ザ・エッヂの社内の状況や人事まで丁寧に取材されていることで、立体的に捉えることができる。

特に印象的だったのは、第6章「アマゾン日本上陸」。ジェフ・ベゾスの創業ストーリーに触れる機会はたくさんあったけど、日本法人のことはなにも知らなかったことに、これを読んで気がついた。ベゾスに直談判にいったり、提案を受け入れないならバーンズ・アンド・ノーブルと組むと脅しをかけたりしていた歴史があったとは。これはドラマにしてほしい、と思ったら、すでになっていた

▼『ユートロニカのこちら側』小川哲(早川書房)

SF小説ってこれまでほとんど読んだことがなかったけど、イベントで早川書房の山口さんがおすすめしていたので手に取った。

視覚情報や聴覚情報などのあらゆる個人情報を提供する代わりに、安定した収入や住居を手に入れることができる、巨大データ会社が運営する「アガスティアリゾート」を舞台にした複数の物語。第一章では常にデータを取得されていることで、背後霊に見張られているような気がして精神を病んでいく男が描かれている。

この話を読んで、『サトラレ』の映画を見たときのことを思い出した。「もし、自分の思考が誰かに読まれていたら……」と想像すると怖くなって、しばらく、なにを考えてもそのあとに「なーんてね」とまったく違うことを考えたりしていた。

いま思うと子どもらしいかわいい発想だけど、行動情報からある程度の思考は推測できるだろうから、現在のネット社会は「サトラレ」に近づいているのではないか。以前「ほしいな」と思っていた車の広告がTwitterに出るようになったときは(たぶん検索したんだろうけど)、ちょっとゾッとした。この「アガスティアリゾート」の世界が決して「フィクション」ではなくなりつつあると思うと、この主人公の男の恐怖が身に迫ってくる。

▼『ファーストラヴ』島本理生(文藝春秋)

父親を殺した容疑で逮捕された少女と、その事件を題材にノンフィクションを書くことになった臨床心理士。少女への面会や取材を重ねる中で、真犯人が現れて……という展開のミステリーかと思ったら、違った。

この臨床心理士自身も、実は父親との確執を抱えている。誰かの傷と向き合うことは、自分の傷とも向き合うこと。謎を解き明かす探偵役が、頭脳明晰・冷静沈着な完璧人間ではないからこそ、解けるものもある。これは、痛みに向き合い、痛みを解(ほど)こうともがくミステリーだ。

島本理生さんの作品は昔からずっと読んできていて、何度も芥川賞候補になったあと「純文学からの卒業」を宣言したときは、少し切なくなった。かと思ったら、すぐにこの作品で直木賞を受賞して、「ほんとにかっこいい!!!」と感動した。純文もエンタメもどちらも書いてきた島本さんにしか書けないミステリーだと思う。

▼『うわさのズッコケ株式会社』作/那須正幹 絵/前川かずお(ポプラ社)

子供のころ好きだった本を聞かれたら、ズッコケはまちがいなくベスト5にランクインする。小学生当時に刊行されていたものは、ぜんぶ読んでいたと思う。もちろんこの本も。今回、課題図書に選定されていたことで、久しぶりに読み返してみた。

いま読むと「株式会社」が本格的だったことに驚く。ものを仕入れて、利益を乗せて売る、という商売をするだけでなく、株券を発行して資本を集め、株主に配当金を還元している。「株券なんてめんどくせーよ」とすっ飛ばしてもいいところだが、大人の真似をしてこういうのをつくるのが楽しかったんだよな、と思い出す。

ビジョンを掲げて人を動かす、困ったときは人に頼る、運も掴む。そして、退くときはすっぱり退く。そんな彼らの潔さがカッコよくて、プライドが邪魔して人に頼れなかったり、すぐに決断できない自分が恥ずかしくなる。いつだって児童文学は、初心を思いださせてくれるなぁ。

▼『人生を狂わす名著50』三宅香帆(ライツ社)

三宅さんは、本の魅力を伝える天才だと思う。読みもせずに、『図書館戦争』を「ラノベでしょ?」と敬遠してきたわたしの頭を、バチコーンと引っ叩いてきた。ごめんなさい、わたしは阿呆です。

ここでは50の作品と、それらを読んだあとにおすすめする「次の本」が3タイトルずつ紹介されている。つまり200タイトル。これだけの本を読んでいることもすごいけれど、それらの魅力をきちんと言語化して、しかも人を読みたい気持ちにさせるなんて、天才の所業。いや、ちがう。1冊1冊に、ほんとに真摯に向き合っている方なんだと思う。三宅さんの本と向き合う熱量は「まえがきにかえて」につまっているので、ぜひここも読み飛ばさないでほしい。

この本を読んだことで、次に読みたい本が爆増した。『高慢と偏見』『細雪』『愛の生活・森のメリジューヌ』『図書館戦争』『オリガ・モリソヴナの反語法』『スティル・ライフ』『人間の大地』『愛という病』『思いわずらうことなく愉しく生きよ』『眠れる美女』『移動祝祭日』『やさしい訴え』『美しい星』『悪童日記』『妊娠小説』『人間の建設』『ことばを生み出す三角宇宙』『ぼおるぺん古事記』『氷点』『約束された場所で』『自由からの逃走』『恋する伊勢物語』──。2021年も、時間が足りない!!!

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「#読書の秋2020」をやったことで、自分も普段なら手に取らないようなあたらしい本との出会いがたくさんあった。ある程度本を読むようになると、好きな作家もたくさんできてくるし、書店でのジャケ買いの感度も上がるので、「ハズレない」確率が高くなる。でもその分、自分の感性にひっかからないものとの出会いが狭まってしまうというデメリットもある。だから、人にオススメされた本はできる限り買うようにしている。

だれかの読書感想が、だれかの読書体験につながる。そんな連鎖をたくさん起こしたくてはじめたこの企画だけど、自分自身がその連鎖に巻き込まれて幸せな経験ができた。読書って、たのしいね。

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