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身近なテーマでエスノグラフィーを実践してみる
こんにちは。今回のテーマは「エスノグラフィー」です。
最近はこの単語を見聞きする機会も昔よりずいぶん増えて、耳なじみのある方、見慣れた方も多いのではないでしょうか。
一方で、具体的に何を指すのか、何をするのかが曖昧なまま、言葉だけ知っているという方もおられると思います。
試しにGoogleで「エスノグラフィー 」と入れてみると、こんな感じです。
「書き方」「とは」「マーケティング」「本」…と続きます。
実践の方法を探したり、具体に迫ったり、マーケティングへの生かし方を考えたり、そもそもまずは概要を理解したいと思ったり。
そんな人々の行動が垣間見えてきました。
この記事では、身近なテーマでのエスノグラフィー実践を主題にして、プロセス、実際の行動や発生するタスク、思考の流れを記録していきたいと思います。
私の記録は決してエスノグラフィーのすべてではないのですが、手段としてのエスノグラフィーの面白さ、ものごと同士の関係性やインサイトを見出すことの楽しさを通じて、エスノグラフィーの有益性を伝えられると幸いです。
(ちなみになぜ私がエスノグラフィーに愛着を持っているかと言いますと、大学・大学院で文化人類学、社会学を専攻し、エスノグラフィーにどっぷり浸かった学生時代だったからです。まわりまわって、UXリサーチという就職当時にはなかった仕事が生まれた現在、好きだったこの手法を使った仕事をできる奇跡が起こり、エスノグラフフィー様様だと思っている次第です。)
イントロはこのくらいにして、そろそろ本題へ入りましょう。
このnoteのアジェンダはこんな感じです。
1. 【概要】エスノグラフィーとは?
2. 【現在の用途】いつ、どんな時に使われるのか
3. 【基本スキル】「観察する」と「解釈する」について
=== 今回はここまで ===
4. 【実践】通勤中、行動観察をやってみる
4.1【実践1】中心テーマの確認
4.2【実践2】観察からの情報収集
4.3【実践3】収集した情報の考察
5. 【まとめ】エスノグラフィーとは
前半はいわゆる座学、後半がフィールドワークとその内容まとめになります。
1. 【概要】エスノグラフィーとは?
直訳すると、民族誌、民族誌学。
もともとは、人類学者が異国の集落や民族集団に入り込んで生活を共にする中で、その集団の実態や特性を詳細に言語化して書き出すという、人類学が得意としてきたフィールドワーク(現場での観察による情報収集)の手法です。
元祖エスノグラファーとしてよく名前が上がるのが、クロード・レヴィ=ストロース。
彼の代表的著作『悲しき熱帯』(川田順三訳。別に室淳介訳で『悲しき南回帰線』もあります。)は、ブラジルの少数民族を訪ねる紀行文のていをなしていますが、文化人類学の中ではバイブルと言える1冊です。
丹念な観察と、それをそのまま書き留め、書き留めたものを考察へと結びつけていく流れ(レヴィ=ストロースの場合はそれが構造主義にまで発展していきましたが)は、今でも変わらないエスノグラフィーの大きなプロセスです。
では、先の「エスノグラフィー 」の検索時にも出てきた「マーケティング」のように、なぜ今、学問とは直接関係のないところでもエスノグラフィーが注目されているのでしょう。
そこには、「VUCAの時代」と言われるように、私たちを取り巻く環境について私たち自身が予測困難に陥っている背景が大きな影響を与えています。
例えば普段の暮らしに照らして考えてみても、UberやAirbnbなどに代表されるシェアリングエコノミーや、NetflixやSpotifyといったサブスクリプションサービスなど、数年前には考えられなかった形式のサービスが急速に拡大し、既存業界は大きく変化しました。
プロダクトやサービスは「プロダクト」「サービス」単体ではもう人々の支持を集められなくなっています。
求められているのは、人がどういった状況や意向でそれを利用したり、どんな思いで使い続けているのかといった、人と「プロダクト」「サービス」がある環境、人と「プロダクト」「サービス」をつなぐ文脈を理解しながらのものづくりなのです。
UberやNetflixといったサービスの急拡大は、彼らが常に人を中心に据えて観察する新しいものづくりを先んじて、かつ徹底したことに他なりません。
そして彼らの成功がUser Experience、つまりUX重視の高まりをいい意味で助長したと私は考えています。
少し話が長くなりましたが、前述したような世の中の変化と、それに伴うものづくりの変化、UX重視の潮流に、観察から考察を導き出すエスノグラフィーという手段はうまくはまりました。
目の前にいる人々の「今」の観察と考察を通じて次の一手を見つけるという活動は、予測困難な世の中におけるひとつの道標となっているのです。
1のおさらいポイントです。
・エスノグラフィーのプロセスは、観察→記録→考察。
・UX重視の潮流と、人を観察して考察するという活動がフィット。
2. 【現在の用途】いつ、どんな時に使われるのか
ものづくりの場でエスノグラフィーが力を発揮するのは、ざっくりまとめると以下の2つの目的に集約されます。
・プロダクトやサービスの利用される環境を知る
・プロダクトやサービスに関わる人々を知る
ただ、この2つは不可分です。
環境だけわかっても、そこに関与する人々を理解しなければ現在のものづくりでは生き残っていけません。逆も然りです。
では、上記のような場面とは具体的にどんな時でしょうか。
例えば、あなたが所属するプロジェクトチームで、とある倉庫の備品管理ソリューションを開発することになったと仮定しましょう。
あなたはデザイナーとして参画、他にもPMやSEがいます。提案時には、クライアントからのRFPを読み込み、最適だと思うソリューションを皆で描きましたが、実は倉庫の住所や面積など公開されている情報以外、実態はよくわかりません。
「このソリューションを使う業務に直接関わる人は100名と聞いているが、彼らが業務上関わる人は何名くらいいるのだろう?」
「100名はこれ以外に別のシステムを使っているのだろうか?」
「このソリューションを使う業務と使わない業務に充てる時間は各々どのくらいだろう?」
「既存ソリューションへの不満は、RFPに書いている以外にあるだろうか?」
「管理する備品はどういうところに保管されているのだろう?」
考えれば考えるほど疑問がわいてきます。
そこで、あなたはプロジェクトメンバーとクライアントへ倉庫の見学を申し出ました。知りたいポイントとしては、以下の4つです。
・倉庫内におけるソリューションの使われ方(場所、場面、人)
・業務内でのソリューションの使われ方(業務、場面、人)
・既存ソリューションの使われ方(業務、場面、人)
・ソリューションに直接/間接的に関与する人々のオフラインでの活動(場所、場面、人)
このように、働く環境や専門性の高い業務など、自身がさほど明るくない部分がプロダクト/サービスに大きく関わる場合、実際に使われている現場へ出かけて、普段の状況を観察させてもらうことは大きなインプットとなります。
これは、デザイナーだけではなくエンジニアにとっても同じです。
特にデジタルサービスやシステムに関して、使う人はオフラインでの業務や活動の一環としてデジタルサービスやシステムを利用しており、彼らの行動の全体を見渡した上でデジタルの最適化や支援範囲を考える必要があります。
その結果、例えば情報設計の際に、情報露出の強弱や優先度判断として活かされたり、そもそもメインデバイスをPCではなくタブレットに変えようという、インターフェースの決めにもつながります。
また、働く場の室温や機材の音、匂い、従業員同士の物理的な距離感など、その場でしか体感できない要素は、使う人が働く環境に対する心情的な理解につながります。
ものづくり側の人間として、使う人の心情に関する引き出しを多く持つことは、体温を感じさせるアウトプットの源です。
もうひとつ、生活様式が異なる分野の人々が使うものを考える時など、自身の文化・生活様式にはない文脈や背景を理解する際にも、エスノグラフィーは効果を発揮します。
例えば韓国のサムスンの例を挙げると、インドで発売した冷蔵庫は鍵付きでした。当時のインドでは富裕層宅にのみ冷蔵庫があり、その自宅には使用人をはじめ多くの人が出入りしていたことから、鍵のかかる冷蔵庫のニーズがあったようです。
サムスンはインドで様々な人のライフスタイル調査を実施してこの結果に至ったそうで、これまでに冷蔵庫を販売していた国々とは異なる生活様式の観察から得た気づきを、うまく製品へ反映させた例になっています。
2.のおさらいポイントです。
・プロダクトやサービスの利用される環境を知る
・プロダクトやサービスに関わる人々を知る
環境と人々との関わりを知る時に、エスノグラフィーは有効です。
例えばこんな時、ぜひエスノグラフィーの利用を検討してみてください。
・働く環境や専門性の高い業務など、自身がさほど明るくない部分がプロダクト/サービスに大きく関わる場合
・自身の文化・生活様式にはない文脈や背景を理解することで、プロダクト/サービスがよりよくなる場合
3. 【基本スキル】「観察する」と「解釈する」について
1.で、エスノグラフィーのプロセスは、観察→記録→考察だと書きました。あえて重要度の順位をつけるとしたら、最初の「観察」が最も重要だと私は考えているのですが、実は一番難しくもあります。
ただ、観察のスキルは誰しもがベースを持っているので安心してください。数十秒の簡単なトレーニングを日々繰り返せば、あなたのベースは自然と伸びていきます。
ではさっそくですが、この文章を読んでいるあなたにぜひ「観察」を体験してもらいたいので、まずは下の写真を10秒ほど見て、気づいたことを箇条書きでメモしてみてください。
どうでしょう。
読みかけの本やノートPC、メモ、鉛筆、飲みかけのコーヒーなど多くの物が雑然と載っている机の上のようですね。実はここに落とし穴があります。
「読みかけ」「雑然」「飲みかけ」は、実は観察には当たらないのです。この写真を「観察」した結果得られる情報は、例えば以下のようになります。
・開いている本がある
・本には紙のようなものが挟まっている
・丸められた紙が複数ある
・黄色いメモの上に赤い鉛筆が載っている
・文書の上にコーヒーの入ったマグカップが載っている
ひっかけ問題みたいなことを言っていますが、観察とは「解釈を交えずに目の前のものを見る」ことなのです。
例えば先ほどの「読みかけ」ですが、しおりのようなものが挟まっているからと、気を利かせて「読みかけ」と判断したいところですが、ただ開いただけかもしれません。
「飲みかけ」のコーヒーも同様に、量が少なくなっているから既に飲んでいると推測した結果ですが、この量で淹れたての可能性だってあるのです。
プロファイラーとしては優秀かもしれませんが、観察者としては、前後の文脈を考慮して解釈せず、まずはそこにあるものを見るということが優先されるのです。
「雑然」も同様です。
この状態を雑然と捉えるか快適と捉えるかは人それぞれです。個人の解釈を持ち込まず、複数の物が存在していることを淡々と見ていくことが、観察としては重要なポイントです。
(個人的にはこの写真だと、「机の上」も何だか怪しいなと思ってしまいますがーーもしこの写真を引きで見た時に、実は机だと思っていた黒い背景が岩だったりしないのかなどーー、それはまた天邪鬼すぎる話なので割愛します)
私たちは日常生活の様々なタイミングで、無意識あるいは意識的に解釈を交えながら過ごしています。
先ほどの写真のような状況を見た時の解釈は、無意識の域に入ります。
意識的というのは、例えば同僚が普段より表情が暗いなと思った時に、最近の彼の仕事周りのことを思い出して「あぁあの案件でミスったからかも」と想像する一連の流れです。
その解釈の結果、ランチに誘って励ましたところ実は全然違うことで悩んでいた、というオチもあったりしますが、少し時間をかけて他の情報と見たものとを突合して結論を出すことが、意識的な解釈です。
無意識/意識的に解釈のフレームを設定せず、単なるレンズとしての目で見ることが「観察」に求められるスキルであること、体験を通じて何となく理解できましたでしょうか?
「観察」と「解釈」の違いを理解できると、観察スキルは大きく前進します。あとは、普段目に入るもの、耳に入る音、感じる匂い、味、手触りなど、五感を通じて得る情報について、「観察」と「解釈」の両面からインプットすることで、観察範囲が拡張できたり、スピード感が磨かれていきますので、ぜひご自身の日常生活からこのトレーニングを取り入れてみてください。
3.のおさらいポイントです。
・単なるレンズとしての目で見ることが「観察」スキル
・観察のスキルは日常生活のトレーニングで伸ばせます
今回はここまでとなります!!!
また次回!!!
参考文献リスト
木浦幹雄『デザインリサーチの教科書』BNN,2020
樽本徹也『UXリサーチの道具箱』オーム社, 2018
レヴィ=ストロース(著)川田順造(訳)『悲しき熱帯』中央公論新社, 2001
ロイック・ヴァカン(著)田中研之輔、倉島哲、石岡丈昇(共訳)『ボディ&ソウル:ある社会学者のボクシング・エスノグラフィー』新曜社,2013
ジェイムズ・クリフォード、ジョージ・マーカス(著・編集)春日直樹、和邇悦子、足羽與志子、橋本和也、多和田裕司、西川麦子(共訳)『文化を書く(文化人類学叢書)』紀伊國屋書店, 1996
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