受験生は暗黙の了解に騙されてはいけない

暗黙の了解を作ったもの

武漢コロナウイルスの影響で、
首都圏の電車は、
1つおきに座席に座り始めることが暗黙の了解になっています。
しかしちょっと郊外になると、
空いている時には両側→真ん中という状態がよく見られます。
真ん中に座ると、
隣の人との間に2人分あくわけなので
次にどこに座っても隣接するわけで、
しばらくはムダな空間を、
遠目に見ながら立っている人が多くなっていきます 。
時間帯や地域でも変わってくるのでしょうが、
地域社会での暗黙の了解というルールが、
意識するわけでもなく出来上がっていて、
それに知らず知らず人は従っています。
それに従っていない人を見ると、
自分勝手な奴めと、
許せなくなってイラついたり、
排除しようという気持ちになるのですね。
そのルールは大抵は、
誰が決めたというわけでもなく出来上がっていくものではあるけれど、
本能的に生きる知恵として出来上がったものが多いのだけれど、
それを利用して拍車をかけるものがあったり、
意図的に作られているものもあったりするので、
時に気をつけないといけません。
何も考えていないと、
そんな意図的に仕組まれた暗黙の了解にまで、
絡みとられて振り回されるようになってしまうのです。
そして、
それが都合がよいと思うものに加担することになっていきます。
このような場合、
その暗黙の了解は本来必要のないものです。
なのに、
自分たちにとって都合がよいと思う力によって作られる「暗黙の了解のようなもの」が、
人間社会にはたくさんあります。
何も「考え」ていないと、
自分で自分の首を絞めることになっていきます。
今の時期、
多くの受験生や、
多くの受験生の親たちが、
受験業界や、
自分たちを守りたいと思う勢力が作った、
「暗黙の了解的なもの」に振り回されています。
何のために大学に行くのか?
誰のために勉強するのか?
基準を他人や外側の世界という変なところに置くので、
本来悩むべきところではないところで悩み、
感情のぶつけ合いで家族が軋み、
心を病んでしまったり、
中高の延長として就職予備校のような、
楽しくない学生の日々を送り羽目になり、
自分が楽しかったり得意だったりすることで社会貢献するという「仕事」にめぐり会えなくなってしまうのです。
この年代、
迷ったら慌てなくていいのです。
人生は親のためでは無いのです。
もちろん感謝は必要です。
けれど、
親は子供にそれをもって縛ってはいけません。
受験生は、
まわりに流されてはいけません。
得意なことや好きなことは、
みんな違います。
「学び」たいことは何か。
自分を見つめて、
どんな自分も受けとめる勇気も持って、
明るい未来を歩むために成長できる時期を、
大事に使いましょう。

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