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『クチュクチュバーン/吉村萬壱』②【1948字】

1)『クチュクチュバーン』②


【P-74】[l-3]絶叫が木霊している。もう反吐が出るほど見てきた殺し合いの光景が、ここでも展開していた。人々は愛し合い、憎み合い、殺し合っていた。それだけの光景。
「何て退屈な眺めなんだ」

 そんなこんなで、よくわからないまま終了。人生と同じですね────。



2)『人間離れ』

【P-82】[l-1]「ブフォ! ブフォッ!」とポンプのように黄緑色の液体噴き上がる。
 「ああ……、殺られる……」
 美紀子の顔、真っ青になった。
 「スッカンスッカンスッカンスッカンスッカンスッカン」
 何て音なの!

 謎の生命体“緑”……その存在は謎であり、謎のエネルギーに満ちており……とにかく畏ろしい。

【P-86】[l-9]美紀子は殆どゴキブリを食べない。生理的にどうしても受け付けなかった。そんな物を食べなくても、生きてはいけた。多少の危険を覚悟すれば、緑の肉も藍色の肉も充分食べることが可能だ。

 どうやら謎の生命体“藍色”もいるらしく、多少の危険を覚悟すれば食べることができるらしい……。

【P-99】[l-3]「くくくくくっ……」
「ひょっひょっひょっひょっ……」
「ぶはっ!」
「かっははははははははっ!」
 とうとう沈黙と忍耐のタガが外れてしまい、人々は忽ち発作的な哄笑に捕らわれ、それは制御不可能なまでに沸騰した。皆あらん限りの力で笑いまくった。誰もが一瞬にして絶対の自由を得たような錯覚に陥り、脳が無限大になったような快楽を感じた。

 抑圧あってのカタルシス、死の危険あっての生の悦び。

【P-121】[l-3]ここにいるすべての人間の頭を砕くことしか考えられなくなり、酒に酔ったような浮遊感覚に酩酊しながらボコボコと殴り続けた。熱病に脳をやられている人々は、モグラ叩きのようにフラフラと彼の前に頭を差し出してくる。「こんな簡単なことはないぞ!」と思い、入れ墨男は言い知れぬ全能感に満たされた。一切の迷いは消えた。

 社会が、常識が、己の理性が絶対的タブーとして扱っていた行為は、それが絶対的であればあるほどに、それを成し遂げたあとの快感は増す。その快感は、己を全能と思い込ませるほどだ。

【P-143】[l-3]その瞬間、目の前に人間の群れが飛び込んできた。大股開きをした裸の人々がぎっしりと路上に居並び、虚ろな表情で直腸を引っ張り出しながら道路を埋め尽くしている。〈中略〉その時、「一人で粋がってんじゃねぇよぉぉぉー」というゾッとするほど弱々しい声を聞いたような気がした。次の瞬間、彼らの上を何十匹もの緑が物凄いスピードで一斉に駆け抜け、噴水のような血飛沫がザーッと何メートルも噴き上がった。

 人は自分たちを取り囲む社会秩序を踏み越えし者を妬み、時に自分の身を犠牲にしてまで、その超越者の足を引っ張ろうとする。人間のうちに潜む薄汚いバケモノは、そんなくだらないことを目的として、異常な情熱を垣間見せるものなのだ。


3)まとめ

 異様なバケモノの姿を描写の中心とすることにより、人間心理に潜む異常性を浮き彫りにしていく構造は、『ゾンビ/ジョージ・A・ロメロ』と似たものが感じられた。異常な肉体を持つバケモノを中心に描いてはいるものの、あくまでも主軸は人間の心の内奥に潜む異常性についてだ。──それは、外界の異常性に共鳴するように、段々と表に立ち現れてくる。バケモノを目の前にした時、人間世界の秩序に対して感じていた恐怖は、相対的に弱まる。より大きな恐怖を前にして、それ以下の恐怖、タブーはもはやタブーではなくなる。混沌が広がれば広がるほどに、理性的タブーの領域は切り開かれていく。

 言うまでもなく、人間は誰しも心のうちに混沌を抱えている。混沌とは理由なき衝動。──人間は本来、意味などなくとも動きと変化を求めるようにできているのであり、先行する理由なき行為に対して解釈を行い、なんとかそれを秩序づけようと虚しい努力を続ける一個の機関に過ぎないのだ。
 秩序と情動。この矛盾こそが人間の原動力であり、その差異こそが人間の快感だ。強力すぎる秩序は、同じだけ強大な解放の意志を育み、強力な情動は、同じだけ強大な抑圧の力を生み出す。悲しみあっての喜び、絶望あっての希望、死あっての生なのだ。

 すべてを飲み込まんとする秩序。すべてを飲み込まんとする情動。その二つが合わさった混沌。すべてを飲み込まんとする混沌、それが世界、それが人間の心だ。混沌に対する恐怖を打ち消すためには、混沌から生み出されるすべてのものを喜んで享受するほかない。どんな肉片にも、躊躇いなく喰らいつくゴキブリのように────。


                〈完〉

        ────Thank You For Reading────.


 

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