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『ろうそくの炎がささやく言葉』管啓次郎・野崎歓 編〈勁草書房〉①

内容紹介

言葉はそれ自体としては無力だが、慰めにも、勇気の根源にもなる。ろうそくの小さな炎のもとで朗読して楽しめる詩や短編を集めた、31人の書き手によるアンソロジー。「東日本大震災」復興支援チャリティ書籍。
朗読のよろこび、東北にささげる言葉の花束。31人の書き手による詩と短編のアンソロジー。
       ──「BOOK」データベースより──.


ろうそくがともされた 十 谷川俊太郎

ろうそくがともされて
ここがうみのむこうのくにになった
まっしろいとらをつれて
じょおうがかいだんをおりてくる

ろうそくのほのお
それはせかいをうつしだす
せかいをそうぞうするほのお
たましいのほのお

片方の靴 十 新井高子

────消せないさ
    存在のおくの、正直なほそい光は
    海もまた、
    巨きな瞳だから、

世界はひとつの巨大な瞳
瞳はわたしを見て
わたしは瞳を見る
どちらの瞳も
同じ光を見ている

ヨウカイだもの 十 中村和恵

この世を歩いてみると実際、数多くのヨウカイがいる
 ニンゲンになることはたいがい あきらめているらしい
それでも理解されることを期待して、よろこばれそうなことをしてしまう
あるいは悲しくなって、暴れてしまう
きみもヨウカイなら わかるよね

ニンゲンに振り回されるヨウカイたち
分かり合えるはずなんてないのに
分かり合うことを望んでしまう
どうしようもない道化
でも それもわるくはない

ワタナベさん 十 中村和恵

戦争も、原発が地震のずっと前からやばいのも、上司も賄賂も年金消えたのも、天災だとおもってないかなワタナベさん。おまえのしょうがないはしょうがねえのかほんとにワタナベ。ワタナベよ! ワタナベさん!

 なんとか言え! ちゃんと本音を言ってくれよ! ワタナベさん!

白い闇のほうへ 十 岬多可子

吐かれた息 流された涙が
白い闇を あたためる
ほつほつと 筆の先の色がにじむように
小さな炎は点され
やがて まじりあって 大きくかがやく
そのときまで そこに とどまっていればいい

闇は 吐く息によって膨張する
宇宙はひろがり続ける
そのすべてを感じられる瞬間が
いつかくるから
私たちは ただ その時を待てばいい

帰りたい理由 十 鄭 暎惠

「帰りたい」と泣いている人がいます。
帰りたい先は、今まで住んできた自宅ですか。
生まれ育った故郷ですか。
信じて生きていられた時間ですか。
かつて一番大切に思えた人との関係ですか。……。

帰りたい場所。そんなもの、人は無数に持っているはずだ。
人は数多の故郷を持っている。数多の故郷に心を縛られている。
「帰りたい」と涙を流すとき、人の心は、故郷とともにある。それでいいではないか。……。

引用について

 紹介できていないものもありますが、部分的に取り出すのが難しかったことが理由であり、全編が読み手の感情を揺さぶってくる、素晴らしい出来の文章となっているので、是非とも手に取っていただきたい一冊です──。


           〈続〉

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