落語業界のデジタル・トランスフォーメーションへ~立川こしらのGW落語フェスティバル
それはひとつのツイートで始まった。
鬼才・立川こしらについて
立川こしら。
立川志らくの「元・一番弟子」(いろいろあっていまは三番目)であり、家元・立川談志の孫弟子として初めて真打になった落語家である。
根っからのゲーマーで、Webサイト・映像・デザイン制作などの会社を運営していたこともありデジタル関連にめっぽう強く、落語会の決済にEdyを初めて持ち込んだのも、クラウドファンディングで初めて落語会を開いたのも、彼である。
Insgress落語でGoogle(当時)のイベントに出演しIngress落語を披露したこともある。フジロックに出た初の落語家でもある。
日本各地はもちろん世界各地で落語会を開催しているが、その目的は各国でゲットできるポケモンだという。
仮想通貨にも詳しく、自前の通貨を発行している。
何よりすごいのは「家がない」こと。
着物などの荷物はトランクサービスに預けて、最小限にまとめた荷物をしょっての旅ぐらし。下着などはAmazonに開いた自分のショップから購入して次の宿に届けてもらう「タンスがアマゾン」。とにかくモノを持たない。
手掛ける落語は古典落語を徹底的に弄り倒した改作が多く、他では聴けない唯一無二の世界観が、とにかくまあ笑える(なにしろ人力車が空を飛ぶのだ)。ラジオパーソナリティのキャリアが長いせいかフリートークが得意で、独演会『こしらの集い』では、落語だけでなく、1時間に渡る漫談が凄まじく面白い。
ひとことで言っちゃうと、デジタルで武装した、現代落語界の鬼才だ。
投げ銭連動大喜利を開始
その立川こしらが、この度の「コロナ禍・落語家総失業状態」のなかで、動いた。
まず仕掛けたのが、大喜利。
後輩の落語家たちを誘い、ZOOMで大喜利番組を定期配信。お題を出して面白いことを言う、笑点のあれです。
ZOOMの機能をうまく使って、喋っている出演者の顔がアップになるのが面白い。
たまにズレたりして、ますます面白い。
番組は投げ銭システムのpringと連動して、面白いことを言った出演者に対して、視聴者がご祝儀を出すことができる。投げ銭はそれぞれの出演者に直接振り込まれる。
さらにBASEで構築した通販サイトでグッズを買ったり、投げ銭したりできる。
マネタイズが常に意識されているのが頼もしい。もう一ヶ月以上、毎日23時から放送されている。
双方向型ZOOM生配信独演会
続いて開催したのは7日間連続の独演会(4/7~4/13)。
これがまた凄い。
なんとネット経由で客の笑い声を拾って、自分の落語とミックスして配信したのだ。
そもそも落語とは客との双方向コミュニケーションにより成り立つ芸能で、落語家は客のリアクションを手がかりにして噺を進めていく事が多い。
ところがいままでの無観客生配信ではそれができなかった。ウケているのかわからない状態で落語をやるのはなかなか苦しいことなのだ。
そこで、こんな席を設置した。
限定特別Z席
リアルな客席にいる臨場感を味わえます。こちらの席は閲覧側のマイクをONにしてもらいますので、普段客席にいる時と同じマナーでの参加をお願いします。※開演前の時間を使ってマイクの簡易チェックを行います
これ、ネットによる観客参加型生配信だ。
ZOOMはもともと会議のシステムなので、客のマイクをONにしてもらえれば、リアルの落語会のように拍手や笑い声を貰うことができる。これを落語音声とミックスして配信すれば、多くの観客が「面白い!」という感情を共有することもできるようになる。配信がどんどんリアルの落語会に近づいてくる。
チャットやニコニコ動画の字幕など、観客側の反応をリアルタイム共有する仕組みはかなり前から存在していたが、音声を取り込むというのはどう考えても画期的だ。
ただ観客は寄席ではなく自宅にいるわけで、一つ間違えると「髪の毛がマイクを触る音」「スナック菓子を食べる音」などのノイズを拾ってしまうことになるので、事前にマイクチェックを実施するという工夫をしている。
5/7にまたやるみたいです。
ノウハウを同業者にシェア
こうして急速にネット配信のノウハウを蓄積した立川こしらは、今度は他の落語家を巻き込みだす。
スマホは持っているけど、まるっきりIT音痴な後輩芸人を集めて、配信・通販・決済に関するノウハウを伝授し、その様子をコンテンツとして配信してしまう。こしら曰く「ネットは過程を楽しむもの」。確かに。
こうして落語家個人の通販サイトが次々と立ち上がった。
更に先輩の登龍亭獅籠を巻き込んで似顔絵を実演販売。
また、配信に関する相談が来るようになったので、二ツ目に昇進したばかりの弟子・立川かしめに配信技術を伝授し、こちらも大活躍。
フェス開催へ!ワンオペで奮闘する立川こしら
そして冒頭のツイートだ。
自腹10万円+多大な労力を投入した、大型企画の提案だ。
これに反応した芸人が次々と手を上げ、フェス3日分のスケジュールが出来上がった。
リハの様子もコンテンツとして配信するのがこしら流。これがまた面白い。
3日間23番組を通じて、こしらはたった一人で全体の進行とオペレーションを担当。
出演者はそれぞれの自宅からZOOMなどで動画・音声データを送り、こしらの操作するOBSを通じてYouTube Liveなどに配信された。
もちろんトラブルは数々あったものの、自ら司会や対談相手として出演しながら、全員がそれぞれの自宅にいる出演者をきっちりコントロールし、3日間の配信を成し遂げた。これはもう究極のワンオペ放送局だ。
番組はどれも面白かったけど、なかでも画期的だったのは若手落語家アイドルユニット「ちょちょら組」の「四人落語」。ZOOMで1画面に集まった四人がそれぞれにセリフを割って、1つの落語を演じている。
繰り返すけど、四人はそれぞれの自宅にいるんですよ。
その展開と意義~小さな経済のデジタル・トランスフォーメーション
「この企画については、俺はただ枠を用意しただけ」とこしらは言う。
しかし落語家を集めてこんな「枠」を用意できるのは、どう考えても、立川こしらをおいて他にいない。
やろうと思えば、一人でもここまでできる。
複数の遠隔地(=落語家それぞれの自宅)からの生配信を、ワンオペで3日間やりきることで、立川こしらはしっかりと証明してしまった。
(ま、やっぱり二人はいたほうがいいとは思うけど)
同時視聴数こそ最高でも4桁台にとどまったようで、こちらの記事で紹介した企画(ABEMA寄席21万人)に比べると、地味に見える。
しかしこうして落語会が未曾有の大ピンチに見舞われるなかで、この『GW落語Fes』が開催された意義は非常に大きいのではないか。
このオンラインイベントが実現してみせた「お手軽な生配信」や「投げ銭」「ECショップ開設」などの手法は、いままでライブでの収入に依存していた大半の落語家たちに、新たな収益源と「落語家としての生き方」を提供するかもしれない。
コロナ騒ぎがなんとか沈静化し、再び落語会が開催できるようになったとき、同時に生配信を実施すれば、投げ銭やチケットにより視聴者からお金をもらうことができるかもしれない。
画質が悪かったり音が切れたりしても、そこはファンだ。芸人が頑張っている限りは大目に見てくれる。
ファンの方としても、生配信があれば、たとえば病気療養中で落語会に足を運べない人でも、DVDなどでは味わえない「いま語られている」落語会のライブ感を楽しめるようになる。ついでに手ぬぐいの1本も売れるかもしれない。
さらにファンがSNSで感想をシェアすれば、新たなファンの獲得にもつながるだろう。
もちろん、どれも簡単なことではないが、今回のフェスで「やってできないことではない」ことは証明された。
ネット経由でファンからの支援を受けて、とりあえず自分が食える分だけの「小さな経済」を、落語家が自らの手でくるくる回していけるようになれば、落語家は、諦めることなく落語を続けることができる。ひいては落語という芸能も、まだなんとか生きのびることができるのではないか。
一門や団体にこだわることなく、やる気のある芸人であればどんどん巻き込んでいくオープンな姿勢と、強烈なスピード感、そして落語家らしいシャレの効いた実験精神により「落語業界のデジタル・トランスフォーメーション」を推進する落語家、立川こしら。
今後も、ぜひご注目いただきたい。
『GW落語Fes』の様子はこちらで追体験可能。
僕のおすすめはこちら。
まあ、まずはお楽しみください。
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