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問われているもの_240815

2024.08.15.Thu.

言うまでもなく、終戦記念日で戦後79年。

おそらくタイミングを合わせてだろうが、今まさに、朝ドラ「虎に翼」では戦後が描かれていて、
それが大きな苦しみを伴った日々であったことを突きつける。

*  *  *

さて、数日前にこんなテレビ番組を見た。
生の声で戦地の記憶・特攻の記憶が語られていた。映像の強み・テレビの強みだと思う。 

大学生の頃、我々は「最後の世代」だと言われいて、
それは戦争体験者から直接話を聴ける最後の世代なのだということ。

今の子どもたちだって、ギリ同じ時代を生きてはいるけれど、(聞くではなく)聴くことができるのは、我々世代がリアルに最後だよね、ということ。

そんな中で、戦中・戦後を生きた黒柳徹子さんと40代の櫻井翔さんが対談する構図の中で、
現役世代と言われる人たちがどう語り継ぐかというところにフォーカスが当たっている番組は、

まさに「今」の我々に「一緒に考えようよ」という余白を残しつつ背中を押してくれる。

印象的だったのは、番組中に出てきた俳優さんの「表現者の義務だ」という言葉。

孤高を貫きがちな、あるいは自分の世界を広げていくことを生業とするものが、その仕事の中でどう社会と関わるのかということだと思う。

そして、その俳優さんが映画作りの中で尋ねた
「今の戦争」としての「ウクライナ」。

ウクライナの子どもたちに夢を聞いてみると、男女関係なくほとんどが「兵士」。そうじゃない子も「兵士にケーキを作ってあげたいからパティシエ」。

心が苦しくなるけれど、それが彼らの〈当たり前〉。

その〈当たり前〉を作っているのは誰か。

その〈当たり前〉が私たちの〈当たり前〉と違うのはなぜか。

*  *  *

問われているのは「平和とは何か」という抽象的な問いではなく、

「どうすれば争いをなくせるか」という緊迫かつ具体的な問いなのではないかと、

簡単には出ぬ答えを求めて頭の中がぐるぐるしている今日この頃である。


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